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不死の女神  作者: 大麒麟
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序章 猪神社

 時刻は日が下がり、空がオレンジ色に染まり始めた頃。

 猪市(いのししし)という“し”が三つ並んだ呼びにくい名前を持つ、結構規模の大きな都市のど真ん中。一人の部活帰りの学生が、いつもの通りに通学路を歩いていた。


 身長は160cm前後。あまり整っていない黒い短髪で、目は鋭くつり上がっており、初見の人にはヤンキーぽくて怖い印象を与える容姿である。

 服装は夏物の白いセーラー服と紺色のミニスカートで、右手に鞄、背中には竹刀を入れた袋を背負っている。恐らく剣道部の者だろう。


 その少女はいつもの通りに、帰り道を歩いていると、いつもと違ったあまりに意外な者に遭遇していた。


「……ウリ坊?」


 そう言葉を漏らした少女の目線の先には、道の真ん中にじっと座っている、一匹のイノシシがいた。

 身体はとても小さく、背中には白い縞模様が縦に走っている。まだ子供のイノシシだ。


 この存在に少女は頭に大きく疑問符を浮かべた。いくらこの街の名が猪市でも、緑の少ないこの街の真ん中で、野生のイノシシと遭遇するなどまず有り得ない。もしかしたらペットが逃げ出したのだろうか?

 そう思った少女は、即座に携帯電話を抜き、そのイノシシの姿を写真に撮ろうとした。こういう珍事は、何かに残しておけば良いことがあるかもしれない。例えばどこかのスクープ番組に投稿するなど。


 だがこちらの行動に反応したのか、そのイノシシが向こう側の道へ、逃げるように走り出した。


「あっ! ちょっと待てよ!」


 反射的に少女はその猪を追いかけていく。何故だかよく判らないうちに、イノシシと少女の追いかけっこが始まってしまった。


 イノシシは小さいながらもかなりの早足で逃げていく。少女の方も日頃の運動の成果か、それに何とかついていった。

 何人かの通行人が、これに動揺して慌てて道を開けていた。


 やがてイノシシは街の中のある神社の境内に逃げ込んだ。街の中で、一箇所だけ木々が生えているので、その場所がよく判る。

 少女もまた、その神社の中に入った。


(いない……)


 木々の影で少し暗くなった空間の中に、イノシシの姿は無かった。見失ってしまったようだ。


「はあ……」


 少女は深い溜息を吐く。見失って残念というのもある。それ以上に、いくら珍しいとはいえ、たかがイノシシを追いかけるのに、ここまで一生懸命になった虚しさも混じっている。

 本当に何故ここまでムキになったのだろう?


 全力疾走で疲れた少女は、社殿の前の階段に腰をかけた。


「そういえばこんなところもあったな」


 少女は神社の敷地を、ぐるりと見回した。前にも下校中に菓子屋に立ち寄った時も、この神社を見たことがある。だが中に入ったのは今日が初めてだ。

 内部は広すぎず狭すぎず、ごく普通の神社の敷地内だ。周囲を木々に囲まれ、石を積んで作られた道。木造の社殿に、隣にある小さな社務所。


 看板を見ると、この神社は『猪神社』と呼ぶらしい。


(ここの市と同じ名前だ)


 これはかなり意外だった。社殿を形作る木材はかなり真新しく、これは近年に作られた神社だと思っていた。それにこの市と同じ由来の名前がついているのだ。

 もしかしたらこの社殿は再建で、実際はかなり歴史のある神社なのかもしれない。


(もしかしたら何かの縁かも)


 少女は目の前に置かれた、大きな賽銭箱に目を向けた。そして何を思ったのか、立ち上がり、カバンの中の財布から1円玉を取り出した。


「ほい」


 少女はその1円玉を賽銭箱の中に投げ入れた。そして適当に手を叩いて、お祈りを始める。


「どうか今よりもっと強くなれますように……」


 願いはそれだった。最近部活で成績が悪くなってきている故の、平凡な願いだった。自分で言ってて、少女は自分をあざける。


(何てな。大して努力もしてないくせに神頼みだなんて。もし神様がいたとしても、こんな願い叶えてくれるわけないし……)


 実のところ心の底から、そう願っているわけではない。剣道は元々、昔古本屋で立ち読みした、不殺剣士の少年漫画を見て突発的に始めたのだ。

 本人は漫画やアニメにかなり影響されやすい性格である。いま行っていることも、少し前にアニメで見たお参りシーンを思い出して、少しやってみたかっただけだ。だが……


『よろしい。その願い叶えてやろう!』


「へえっ!?」


 突然頭の中に響いてきた声に、少女は仰天した。その声は自分よりずっと幼い印象を受ける女性の声だった。


「誰だ!?」


 慌てて周囲を見渡す。だが神社の内部には、自分以外誰もいない。

 少女は社殿のほうに目を向けると、いつのまにか閉められていた扉が開かれていた。そして社殿の奥から放たれる、緑色の巨大な光が目に入る。


「UFO?」


 その光は宙に浮く、太陽のような球体に見えた。そしてそれが一直線にこちらに突っ込んでくる。


「!!??」


 その光の球体は、自分の胸に激突した。だがそれに対する痛みは一切ない。球体は雫のように、あっとうまにかき消えてしまった。訳も判らないままに、少女の意識はそこで一旦途絶える。







「……ううん」


 深い眠りから徐々に意識を取り戻し始めた少女は、全身から肌寒い風を感じていた。


(何だよこれ? もしかしたらクーラーかけっぱなしにして寝ちゃった? いくら最近暑いからって……)


 そう思考しながら目を開けた少女の視界にあったのは、見慣れた自分の部屋ではなかった。

 目に入ったのは、長い河川が横断する緑色の森の地図だった。いや地図ではない。あれは本物の森だ。

 足元に目を向けると、目に入ったのは自分のベッドでもなければ、地面の土でもない。そこは白い雲が僅かにかかった、どこまでも青い空の海だった。


「おいおいこれって……」


 少女は徐々に覚醒していく意識の中、自分の状況を次第に理解していった。


(落ちてる! 落ちてるよこれ! 遥か上空から地面に向けて真っ逆さまに!)


 少女は物凄い速度で、予備装備なしのスカイダイビングをやらされていたのだ。肌寒い風は、落下による風圧であった。

 何故こんなことになったのか? 周囲には自分を落とした飛行機の姿はない。


「……ああ、どうしようこれ?」


 絶体絶命の危機の中、少女は意外と冷静だった。単に事象が突発過ぎて、現実についていけないだけかもしれないが。

 試しに手足をバタバタと動かして、水中で泳ぐような動作をしてみせる。だが当然こんな行為に意味を成さない。蛇足だが、状況関係なく彼女はカナヅチである。


 落下速度はどんどん上がっていく。少女は弾丸のように高速で落下していく。地面はどんどん近づいてくる。森の中に流れる河川が視界に大きく映っていた。

 落下地点はおそらく、河の岸の岩場だろう。


(ああ、もう駄目だ。おさらば……)


 その思考を最後に、少女は無数の石が敷き詰められた地面に接触した。


 グシャッ!


 あまり気分の良くない音が、広い石の岸辺に響いた。


 音の聞こえた地点には、かつて人間の少女であった、赤い液体と破片が散らばっている。テレビ番組ならば、絶対にモザイクをかけなければならない、あまりに酷い光景であった。




 渡辺 紺(わたなべ こん) 16歳 猪市立高等学校一年 剣道部所属。異世界来訪直後に、上空千八百メートルから落下し、転落死。


 この日、一つの若い命が無残に散ってしまった。


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