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η SILENT DAYTIME

 拳ダコだらけの手に握られた鉛筆が、微かな音を立てながらスケッチブックの上を走る。

 時に繊細に、時に大胆に鉛筆が走り、やがて紙の上に一つの像が描き出されていく。


「ん〜」


 瑠璃香は床に座り込んだまま鉛筆を握った手を突き出し、目の前の《スレイプニル・SHタイプ》の縮尺を図るが、力余って握っていた鉛筆がへし折れる。


「おっと」


 折れた事を気にせず、瑠璃香は用意しておいた自動鉛筆削りに残った鉛筆を突っ込んで新たに芯を出すと、再度スケッチに取り掛かる。

 よく見れば、周囲には同じようにして折れた鉛筆が何本か転がっており、彼女がかなりの時間この作業を続けているのを物語っていた。


「ん〜、こんなもんかな」

「どれどれ?」


 整備をしていたメカニックスタッフ達が、瑠璃香のスケッチを覗き込む。

 そこには、あらゆる角度から描かれたスレイプニル・SHタイプの緻密なスケッチが何ページにも渡ってあった。


「相変わらず、上手いな〜」

「まんま描かないで下さいね、後で面倒になるから」

「しねえよ、資料だ資料。ネーム締め切り明日の午後までだしな」

「作戦明後日っすよ…………」

「あ〜、今晩中にまとめとくか。締め切り遅れっと、おっさんうるせえし」

「連載一本きりでいつも締め切りギリギリって方が問題じゃ………」

「じゃあこっちの仕事減らしてくれ。お陰でネタには困らねえけどよ」


 折れた鉛筆はそのままに、瑠璃香が筆記用具を片付け始めた所で、瑠璃香の腕時計が通信アラームを鳴らす。


「陸か、何だ?」

『瑠璃香、至急副総帥室まで来てくれ』

「あたいはこれから仕事なんだが……」

『恐らく、お前にとって重用な事となる話だ』

「ちっ、分かったよ。人使い荒い野郎だ………」


 ぶつくさと文句を言いながら、瑠璃香はスケッチブックを片手に陸の元へと向かう。


「元・レディースランナーで現・漫画家兼エクソシストたぁね………」

「ココで一番の変り種だよな、あいつ」

「おら! くっちゃっべてる暇あったら手ぇ動かしな!」

「へ〜い」


 チーフにどやされながら、メカニックスタッフ達はスレイプニルの最終調整に取り掛かっていた。




「おう、来たぞ」

「来たか」


 横柄に部屋へと入ってきた瑠璃香に、陸は横目で見ると今目を通していたレポートを修理されたばかりのデスクの上へと置いた。


「今回の事件と過去の事件。双方の類似点の最終結論報告だ」

「そんなの、お前が目を通しときゃ済むだろ。どうせあたいじゃ読んでも忘れっぞ」

「そうでもない」


 陸はレポートをめくり、目的のページを開いて瑠璃香へと差し出す。

 そこには、一人の少女の写真が添付されていた。


「誰だこい…つ?」

「三谷・ユウリン。フェイリン・春都の妹だ」

「妹!? あいつにそんなのがいるなんて聞いた事ねえぞ!」

「離婚した父方に引き取られていたそうだ。生まれつき心臓に疾患があり、二年前の11月14日、手術を行った。成功率は五割だったそうだが、一応は成功している」

「じゃあ、あいつは妹の所に行こうとしてた、のか…………」

「恐らくはな。それは、253年前の事件とも一致している。光谷家の菩提寺にあった記録だと、真衛門の妻しずは病気を患っており、彼はその妻の元に急いで帰ろうとしていた所で行方不明になったそうだ。

ちなみに、フェイリンは三谷家の直系の子孫に当たる。ここからは推測だが、《スタンビーター》は速さで生きるタイプの妖怪だが、自分ではその速度を制御しきれず、それを制御するための技術を持った魂を捕縛、同化して自らの能力を補完すると思われる」

「ちょっと待て。それじゃあ、あいつは今でも妹の所に行こうとしてるのか!?」

「出現場所が同じ事から、その可能性は高いな。《スタンビーター》は技術を持った人間がもっともその技術を駆使する時を狙って…」


 陸の推測は、瑠璃香の拳がデスクに叩き込まれた音で中断された。

 再度デスクを破壊した事を気にも止めず、瑠璃香は壮絶な憤怒を形相をたたえていた。


「ふざけるな……二年だぞ……あいつは、二年も捕らえれてた挙句、今でも妹の所に行こうと……頑張ってるのかよ…………」

「あの状態だと、フェイリン・春都の自我が残っているかどうかはかなり疑わしい。最後の意識を半ば本能的に利用されているだけかもしれん」

「もっと悪いじゃねえか! あいつが! あんなに速かった奴がニンジン下げた馬扱いされてんのか!!」


 振り下ろされた拳が、デスクを更に原型留めなくなる寸前まで変形させる。

 力を込めすぎたのか、傷ついた拳から血を滴らせつつ、瑠璃香は俯き、伏せられた顔から歯軋りが漏れてくる。


「追い討ちを掛けるようで悪いが、三谷・ユウリンの手術は成功だったが、精神性の発作をたまに起こすらしい。別々に引き取られても姉妹の仲は良かったそうだからな」

「……また会わせてやる事は出来るか?」

「多分無理だ。完全に捕食、もしくは融合されているだろうからな。そんな変わり果てた姿を見せるつもりなら話は別だが」

「分かったよ………」


 瑠璃香は傷ついた拳を拭いもせず、陸へと背を向ける。


「今回の事件、あたいが全部カタをつける。手ぇ出すなよ」

「こっちが殴られたくないからな。任せよう」


 破壊の惨状をそのままに、瑠璃香が部屋から出て行く。

 陸はため息一つつきつつ、懐からタバコを取り出し、火を付けてそれをゆっくりとくゆらせた。




翌日 昼過ぎ


『リンファー!!』

『だめだルピス! 彼女はもう…!』

『どうにか、どうにかなんねえのか!』

『完全に融合している…………もう……』



「う〜ん………」


 教会の一室、散らかり放題に散らかっている自室で、ネーム(漫画の原案ラフ)を書いていた瑠璃香の手が止まる。


「う〜………」


 頭をかきむしり、唸りを上げた所で手にしていた鉛筆をほうり投げ、そのまま背後に倒れこむ。


「だあ〜………ご都合主義じゃ思いつかねえな………」

「まだ出来てないんですか?」


 首だけ起こして上下逆になった瑠璃香の視界に、スーツ姿がまだなじんでいない、いかにも新人そうな青年―瑠璃香の表の顔である新人少女漫画家 来栖 ルリの担当編集である浦和 潤がこちらを見ていた。


「あん? 潤平、来てたのか?」

「来てたのか、じゃないですよ。約束の時間になっても来ないから、また忘れてるんだろうと思って………」

「わり、忘れてた」

「……やっぱり」


 軽いめまいを覚えつつ、潤は瑠璃香の書きかけのラフへと手を伸ばす。


「まだ途中みたいですね」

「あ〜、煮詰まらなくてな」


 書きかけのラフに目を通していた潤が、首だけで完全にブリッジの体勢へと移行している瑠璃香を見た。

 そこで、肌寒さを覚えるような室温にもかかわらず、Tシャツの上から丈の短いガウンを羽織っただけの瑠璃香の豊かな胸の谷間がモロに視界に飛び込んできて赤面しつつ慌てて顔をそむける。


「片付いてねぇ事件だしな……」

「片付いてない? 普段そんなのネタにしないんじゃありませんでしたっけ?」

「この話だけは、どうしても描きたくてな…………」


 彼女がエクソシストだという事を編集部内で唯一知っている潤は、彼女の描く話が全て実体験を元にしているという事を思い出し、首を傾げる。


「じゃあ、この話………」

「わり、明日には片がつくから、それまで待ってくれねぇか?」

「……締め切りまであと二週間切ってるんですよ」

「落としたのは今の所一回だけだろ?」

「デビューして一年の新人が落としてる時点で問題ありですって。まあ、入院してたんじゃしょうがないですけど…………」

「あん時は敬一の野郎、模擬戦のくせに本気出しやがったからな〜。腕一本折っただけじゃねえか」

「……更に折ったりしませんでしたよね?」

「カウンターで腹に一発ぶち込んだら、あいつ血反吐吐いて倒れやがったっけ。空の奴が慌ててたな〜」

「前に素手で特殊機動隊のパワードスーツ倒した事有るって言ってませんでしたっけ?」

「ああ、あいつら顔面のフェードがヤワだからな、正面からぶっこめば簡単に割れんだよ」

「ライフル弾すら防ぐ防弾アクリルだって聞いた事が…………」

「そしたらあいつら、よってたかって襲ってくるんだもんな〜。半分は潰してやったけど」

「バイオレンスな人生送ってますね………」


 この一年で、瑠璃香の担当編集はすでに自分で三人目(内一人は再起不能)の理由を改めて思い知りながら、潤は残日数と瑠璃香の執筆速度を脳内で計算していく。


「じゃあ、明後日の昼までにまとまります?」

「OK、やっとく」


 首ブリッジの体勢から、一挙動で起き上がった瑠璃香が、いきなり着ていた物を脱ぎ始める。


「な、何を!?」


 真っ赤になりながら顔を横に向けた潤を無視して、瑠璃香は仕事机の脇に放っておいたライダースーツを手に取ってそれに着替える。


「潤平、ちょっと気晴らしに付き合え」

「あ、仕事が溜まってるんで編集部に戻らないと……」

「後でやりゃいいだろ、付き合え」

「い、いやあああぁぁーーー!!」


 泣き叫ぶ潤の襟首を引っつかみ、片手で引きずり、もう片方の手で勝手口に吊るしておいたヘルメットを二つ取ると、瑠璃香は教会の外に止めてあった自分のバイクに乗り、その後ろに強引に潤を乗せる。


「お、降ろして下さい! まだ死にたくないぃー!!」

「大げさな奴だな、前に白バイとチキンレースやったのがそんなに嫌だったか?」

「誰だって嫌ですよ、お、降ります!」

「行くぞ」


 後ろの悲鳴を無視してヘルメットを強引にかぶせ、自らもかぶると瑠璃香はバイクのエンジンを回し、いきなり猛加速で発車させる。


「わあああぁぁ!」

「ちゃんと捕まってろよ。落ちたら死ぬぞ」

「嫌だって言ったのにぃぃぃ!」


 背後から命がけでしがみつかれるのを感じつつ、瑠璃香はスロットルを捻って速度を上げる。


「トばすぜ」

「だめええぇぇ!」


 すでに法定速度を倍数で突破しているバイクは、前を行く車の間を縫うようにして通り抜け、道を疾走。

 エンジンの駆動音に風の切り裂き音、それに情けない悲鳴を響かせつつ、二人乗りのバイクは公道を突き抜けていく。


「ヒュウゥ!」

「ヒイィイィィ!」


 並んだ車の間を、スピードを一切緩めず、バランス移動だけで巧みに車体をスライドさせてすり抜け、さらに加速。


「し、信号! 赤! 真っ赤!」

「突っ込む!」


 ちょうど信号が変わり、前方の交差点の左右から進路を塞ぐように出てきた車に対し、瑠璃香は軽く車体を左右に振ってわずかな移動で隙間をすり抜け、最後の大型トラックには思いっきり車体を倒しながら前輪ブレーキを握りこんで後輪をドリフト、両足を擦り付ける寸前まで倒れたバイクは見事にトラックの下をすり抜ける。

 即座にクラッチペダルを操作してギヤを落とした瑠璃香は、アクセルを回してエンジンの回転数を上げ、惰性も利用して車体を即座に引き起こすと再度速度を上げる。


「ざっとこんな物か……」

「し、死ぬ、死んでしまう…………」


 道交法根底無視の瑠璃香のドライビングテクに、後ろの潤はすでに顔面どころか全身から血の気が引いている。


「あん?」


 ふと、瑠璃香は背後から無数の改造エンジンの音が近づいて来ているのに気づいた。

 さらにはそれにやかましいクラクションなんかも混じり始める。


「あ、あのヤバ気な方達が…………」

「みてえだな」


 派手な柄の施されたライダースーツを着た男達が駆るバイクが、瑠璃香のバイクの左右へと並んでくる。


「よお、昼間っからやってるじゃねえか。オレらと遊ばねえかい?」

「………」


 ノーヘルで声をかけてきた男に、瑠璃香は無言。


「聞こえてんだろ? ああ?」

「いい腕してるな、何者だ?」


 反対側に並んでいるバイクから、値踏みするような声でリーダーらしき男が声をかける。


「なんだ、ラックじゃねえか」

「? オレを知ってるのか?」

「見忘れたのか? あたいを」


 瑠璃香はフェイスを上げ、リーダーへと顔を向ける。

 それを見たリーダーの顔色が一瞬で変わった。


「て、てめえ《鬼夜叉》!」

「久しぶり、元気してたか?」


 瑠璃香の問いに答えず、リーダーは慌てて路肩へと寄せながら急ブレーキ、即座にバイクを反転させた。


「リーダー?」

「逃げろ! そいつは《鬼夜叉》の瑠璃香だ! 取って食われたくなければ逃げるんだ!」

「あ、あの!?」

「に、逃げろ! 殺される!」

「むしろ犯される!」


 リーダーの言葉を聞いた者達が一斉にバイクを反転、大慌てで逆方向へとバイクを全力疾走させていく。


「………なんでぇ、腰抜け連中が………」

「ああいう人達が逃げるの初めて見ましたよ………」

「ああ、あいつとは前に遊んでやった事があったからな」

「それで何であの反応なんですか………」

「ラックの野郎、喧嘩にポン刀なんて持ち出してきやがったんで、白刃取りからへし折ってついでに半、いや三分の二殺しにしてやったからな」

「…………」


 潤は日本刀よりも危険な技を持った人間の後ろに乗っている事に本能的な恐怖を覚える。


「思い出すな、あん時はあいつも一緒だったっけ。ぶん投げたラックがあいつの愛車にぶち当たって怒ってたなぁ…………」

「もうちょっとおとなしい思い出ないんですか?」

「ついでだからラックのチームから顔が可愛いのを二人ばかり持ち帰って…」

「そこから先結構です」


 なんでこんな人が少女漫画書けるんだろうか? とものすごく重大な事を潤が悩んでいる内に、バイクは街中を走り抜け、郊外の峠道を進んでいく。


「カーブ! スピード! 落とし…」

「舌かむぞ」


 峠独特の急カーブに、瑠璃香は一切スピードを落とさずに突っ込むと、急に体を倒してドリフトさせつつガードレールぎりぎりまで迫ると、スリップする寸前でグリップを取り戻して異常なまでに鋭い角度でターンするとカーブを切り抜ける。


「まだだ………あいつはもっと……」

「…………」


 瑠璃香にしがみついた状態で失神している潤を無視して、瑠璃香は己のドライビングテクを確かめるように次々とカーブをクリアしていく。

 そして、峠の頂上にある展望台まで来ると、ようやくバイクを停車させる。

 メットを脱いだ瑠璃香が、後ろで硬直してる潤のメットを取ると、うつろな目をしている潤を思いっきり揺する。


「おい起きろ潤平」

「ああ……婆ちゃん、ひ孫はまだだよ………」

「逝くな、おい」

「はっ!? 今、一昨年死んだ婆ちゃんがひ孫の命名準備を!」

「隠し子でもいンのか?」

「い、いえ身に覚えは…………じゃなくて、ここは?」

「………あいつと最後に走った場所。結局、一度も抜けずじまいだったな…………」

「………そうですか」


 あえて詳細を聞かず、潤は瑠璃香と共に眼下に広がる景色を見下ろす。

 夕刻へと変わりつつある街は、ゆっくりとその景色を紅へと染めていった。


「あれから二年、か………あたいが漫画家やってるなんて思ってないだろうな」

「まあ、確かに…………」


 過去を邂逅しながら、瑠璃香は展望台のイスに座ると懐からタバコを取り出してそれを口に咥える。

 そこで、ライターを忘れてきた事に気づいて舌打ちした。


「火、有るか?」

「持ってませんよ、それ以前に未成年で喫煙は止めた方が………」

「加減はしてるよ、呼吸器弱らせねえ程度にはな」

「ファンには見せられない姿だよな〜」

「悪かったな、イメージと違ってよ」

「あんまり素行悪いと、人気あっても切られますよ。ただでさえ最近オレ生命保険に入れって編集部内から言われて」

「前のオヤジは殺してねぇぞ?」

「なんでか編集部辞めて女性人権保護運動に協力してくるとか言って中東に行きました」

「両方潰してやったからな〜」

「前々からセクハラで問題あった人だったみたいですからね。編集を再起不能にした女性漫画家は史上初めてだったとか………」

「いきなり胸元に手突っ込んできた奴の方が悪いだろ」

「じゃあブラジャーくらい着けてくださいよ…………」


 何を言っても無駄な気がしながら、潤は瑠璃香の向かいへと座る。


「……無理はしないでくださいね。先生の漫画が読みたいファンは大勢いますから」

「そだな」


 展望台の壁にもたれかかり、瑠璃香は頭だけ後ろへと向けて気だるい顔で背後の上下逆の景色から展望台の天井へと視線を移す。


「下手したら、死ぬかもな」

「へっ!? そんなに次の仕事危険なんですか!?」

「かなりな。ぶっちゃけ、勝てる自信はねぇ」

「怖い事言わないで下さいよ………」

「じゃ、ちょっと協力してくれるか?」

「え? オレに出来る事だったら」


 にやりと笑いながら、瑠璃香は懐から中に聖水が満たされた小さなクリスタルの六角柱を取り出すと、それを放り投げて指で弾く。

 澄んだ音が響くと同時に、クリスタルはまるで吸いつけられるように展望台中央のテーブルに落ちて転がりもせずに停止する。


「あ、あれ?」

「さてと、じゃ協力してもらおうか」


 邪悪ささえ感じる笑みで、瑠璃香が潤へとにじり寄る。

 本能的に走り出そうとした潤の足を瑠璃香の足が払い、転倒する寸前に袖を取られ、落下速度を調節されつつ反転し、そのまま地面へと押し倒される。


「あの、何を?」

「なんでも協力するって今言ったじゃねえか」


 やたらと手際よくスーツを脱がせていく瑠璃香に、潤は大慌てでそれを止めようとする。


「や、止めてください! こ、こんな場所で!」

「安心しろ。結界張っといたから、外からは何が起きてるか分からねえし、入ってくる事も出来ない」

「そ、それ以前の問題です! 何でいきなり!」

「陸から聞いてないのか? 房中術とか言うらしいが、ヤった相手の生気を奪う術があってな、あたいは生まれつきそれが出来る体質なんだ」


 瑠璃香が説明しながら、嬉々として手際よく潤のYシャツのボタンを外していく。


「あの、ひょっとして協力って………」

「ヤらせろ」

「わ〜〜〜!」


 ズボンへと取りかかった瑠璃香の手を潤がなんとか剥がそうとするが、瞬時にしてボタンを外されていたスーツとシャツを腕の半ばまで下げられ、両腕を封じられる。


「ど、どこでこんな技!」

「ん? 父ちゃんから喧嘩で使えるって教わった」

「使用用途違いま、ってそ、それはダメ〜!」


 ベルトが抜き取られ、即座にそれで膝が縛られる。


「暴れるなよ、ヤりにくいだろ?」

「さも当然な声で言わないで下さいよ!」

「受けはイヤか?」

「そういう問題じゃなくて!」

「あ、そういう事か」


 何か思い当たったのか、瑠璃香はズボンのチャックにかかっていた手を止めると、妖艶な笑みを浮かべながら、自らのライダースーツのチャックに手をかける。


「あ、あの………」


 ゆっくりとチャックが下げられ、スーツの下からサラシで包まれた瑠璃香の豊満な胸が露になっていく。

 思わず潤の喉が鳴ったのを見届けると、瑠璃香はライダースーツの袖を脱ぎ、サラシも解いていく。

解けたサラシが半身だけ脱いだライダースーツと共に瑠璃香の腰に落ちる。


「そそるだろ?」

「いや……その………」


 挑発するように潤の目を覗き込みながら、胸元に揺れる古びたロザリオを瑠璃香はなぞる。

 鍛えられ、引き締まっている体と、露になっている豊満な胸に、潤の言葉が詰まる。


「何か言ったらどうだ?」

「………って、ぬ、脱がないで下さい!」

「なんだ、着たままの方いいか? この格好だとそいつはちと」

「そうじゃなく…」

「うっさい」

「!?」


 潤の口を、瑠璃香の唇がいきなり塞ぐ。

 いきなりの事に潤が混乱する中、ニコチンの匂いがする舌が口腔内に侵入し、ゆっくりと中を蹂躙していく。

 蹂躙を終えた舌が、唾液の筋を伴って口腔内から撤退する。


「る、瑠璃香さん………」

「あんまり騒ぐと、思いっきりハードな事すっぞ?」


 間近でお互いの顔を覗きながら、瑠璃香が潤に宣言する。


「その、立場上問題に………」

「女から誘ってるのに、そんな野暮言うのか?」


 再度、瑠璃香の唇が潤の口を塞ぐ。

 今度はすぐに離れると、瑠璃香は潤の瞳を正面から見据えた。


「分けて欲しいんだよ、お前の力をさ」

「………建前でしょう」

「あ、バレてた?」


 いたずらがバレたような顔をしながら、瑠璃香は潤の胸に口付け。


「でも、半分は本当だぞ?」

「とか言いながら、ズボン!」

「脱がなきゃ出来ないだろが。それとも、やっぱ着たまま?」

「それはまた今度……じゃなくて」

「じゃ、黙ってろ」


 ライダースーツを脱ぎ去り、胸のロザリオ以外一糸まとわぬ瑠璃香が潤の上に覆い被さる。


「まったく下着着けてないって、本当だったんですね………」

「だから黙ってろって」


 胸を押し付けるようにしながら、瑠璃香はまた口付け。


「何だ、準備できてるじゃないか」

「そ、それはまあ………」


 潤の下半身をまさぐりながら、視線をそらそうとする当人を無視して瑠璃香はそこへと口を寄せる。


「ふっ、あ………」

「なひゃへないほえはふな」


 思わず声を漏らす潤を無視して、瑠璃香はそこを丹念に刺激していく。

 準備が完全に整った所で、口を離すとお互いの顔を見る。


「……死なないでくださいね」

「分かってるよ」


 夜の帳が下りていく中、二人は一つに重なっていった。




翌日 アドル本部


「………遅い」

「遅いですね」

「遅いな」


 戦闘準備を完全に整えたバトルスタッフ達が、発進間近のデュポンの前で眉根を寄せていた。


「遅くても作戦の2時間前には集合って言っといたわよね?」

「ボクも聞いてます」

「あいつが守った事は一度も無いけどな」


 陸の一言に、その場にいる全員に重い沈黙が降りていく。


「通信機も持たないで、どこに雲隠れしてんのよ」

「瑠璃香さんの事ですからね〜、バイクで行ける所ってのは確かです」

「どっかで結界張りやがったのか、反応すら感知できないときている。さてどうしようか………」

「オルセン神父譲りの結界ですから、出来はトップレベルですしね」

「そもそも失踪した挙句に結界張って何やってんのよ!」

「男でも連れ込んでるんだろ、女の可能性も有るが」

「そ、そうなんですか?」


 ようやく能力使用停止が解除されて作戦に参加する事になった由花が、陸の言葉に赤面する。


「あいつはそもそもそうやって能力を高めた奴だからな。東洋、西洋それぞれに性魔術ってのはあるが、地で出来る人間は少ない。……やってみるか?」

「え?」


 由花の返答よりも早く、かつ問答無用で陸の後頭部にマリーが呼び出した風の精霊が高密度の空気の塊となって直撃する。

 不意打ちを食らった陸の巨体が大きく揺れた。


「何、馬鹿な事言ってるのかしら?」

「純粋に科学者としての興味だ。性魔術関連は協力者が誰もいなくてな」

「兄さん………」

「誰もそんなの協力する訳ないでしょ!」

「悪ぃ悪ぃ、遅れちまった」


 マリーが喚きたてる中、ようやく到着した瑠璃香がその場に現れる。


「遅いわよ! 何やってたのよ」

「ナニしてた」


 露骨すぎる瑠璃香の返答に、全員が凍りつく。


「とにかく、出撃準備を。作戦まで1時間切ってるぞ」

「了〜解。あ、空これ頼む」

「はい?」


 瑠璃香が手にしていた物を空へと渡す。

 何気に受取った空の顔が、それを見た瞬間に青くなっていく。


「あ……う〜ん………」

「潤さん!?」

「も、もう無理………」


 それが、全身から生気がまったく感じられない潤の変わり果てた姿だった。


「誰か担架を! 衰弱してます!」

「というか、萎びてるわ!」

「あうう…………」


 目の下がどす黒く変色してうわごとをつぶやいている潤に、空が慌てて応急処置の準備を始める。


「どうしたんですかその人!?」

「精気が根こそぎ奪われてます! ブドウ糖500ml!」

「……やったな」

「ん?」


 対照的にやたらと血色のいい瑠璃香が、頬をかきながら緊急搬送されていく潤を見送る。


「ちと力補充したかったから、手近にいた奴でな。二桁もった奴はあいつが初めてだったぞ」

「ほ、本当にああなるんですね………」


 由花が恐怖の視線を瑠璃香へと向けるが、陸は呆れ顔でそれを否定。


「瑠璃香の奴が特別なだけだ。何人か殺してるかもな」

「しばらくヤってなかったから、加減間違えただけだ」

「あんた、その内に連載切られるわよ…………」

「そん時は同人誌とやらにでも手ぇ出してみっか」

「いいから早く着替えてこい、ありったけの防護処置施さねばならんからな」

「へいへい………」


 その場で着ていたライダースーツを脱ぎながら更衣室を兼ねるエレベーターへと向かう瑠璃香を、ある者は赤面し、ある者は呆れ顔で見送る。


「精気を補充してきたとなると、成功率は5%程上がるか………」

「他に言う事ないの?」


 淡々と準備を進める陸を横目でマリーが睨みつける。


「男食いつぶして悪魔払いじゃ、本末転倒よ?」

「せいぜい半月不能になるくらいだとか瑠璃香の奴は言ってたぞ。精神的にはそれ以上かもしれんが」

「戦闘能力だけは無意味に高いしね。素人がたった半年でバトルスタッフ入りなんて、前代未聞だったし」

「あとはもう少し周辺の被害を抑えられれば言う事ないんだがな」

「……あんたが言う?」


 普段から相手を倒すのに手段を選ばない瑠璃香と、状況いかんでは何をしでかすか分からない陸、どっちが危険かをマリーは脳内で比較したが、核兵器と細菌兵器の危険度比較をしているような気分になってきたのでそれを中止。


(徳治さんやオルセン神父がいてくれたらな〜………)


 二年前に殉職した初代のバトルスタッフ・チーフや負傷で引退した瑠璃香の師匠の事を思いつつ、マリーが深くうなだれる。

 そこへ、着替え終わった瑠璃香が特性のメットを手に現れる。

 普段の戦闘用のバトルジャケットとは違い、全身を覆う黒地にスレイプニルと同じ赤のラインが入っているライダースーツを身を包んだ瑠璃香は、肩を回したり指を動かしてみたりして着心地をチェック。


「ちょっと厚手じゃねぇか?」

「最新型の衝撃吸収繊維と耐熱繊維を組み合わせたスーツだ。開発中の宇宙服の試作型がベースになっている。もっとも、時速600kmでコケたらどこまで耐えられるか分からんぞ」

「コケなきゃいいだろが」

「ただ走るだけならともかく、競争して下手したら戦闘突入だ。オルセン神父に製作段階から防護陣刻んでもらったが、気休めにしかならん」

「ご大層なこった」

「何言ってんのよ、他に方法が無いからじゃない」

「無いわけじゃない。瑠璃香が失敗したら、上空衛星三基から同時にハイウェイを狙撃させる。さすがに3km同時に高出力レーザーで焼けば多少は効果あるだろう」

「あの、それって肝心のハイウェイの方は………」

「大丈夫、周辺の人家に被害は出ないように細心の注意で出力計算した」

「……他は吹っ飛ぶのね」


 人的被害以外は完全に無視する陸の作戦に、マリーと由花が顔を青ざめさせる。


「そっちはそっちで面白そうだが、こっちの喧嘩が終わってからにしな」

「勝てそうか?」

「さあね」


 自信の無さをあっさりと言い放ちつつ、瑠璃香はメットを被って首を動かし、重さを確かめる。


「勝てない時は勝たなくていい、だが死ぬな」

「そいつが一番難しい注文だな」

「じゃあ死なないで勝て、オレの命令はそれだけだ」

「了〜解」

「スレイプニルの最終調整は?」

「済んでます!」


 メカニックスタッフが、調整の済ませたスレイプニルをデュポンへと運び込もうとする。


「待ちな」

「はい?」


 瑠璃香はそれを止め、スレイプニルに自ら跨るとエンジンを始動させる。

 その場でアクセルを回して少し機関を空回しさせ、その音を聞く。


「OK、いい仕上がりだ」


 ギヤを入れ、瑠璃香はスレイプニルを急発進。


「わっ!」

「きゃっ!」


 そのまま急加速したスレイプニルが一瞬にして格納用スロープを駆け上がり、スライドさせながらデュポン格納庫へと収まる。


「とっとと行こうぜ」

「空、そっちはどうだ?」

『一応処置は終わりました。衰弱が激しいだけで後は問題ありません。すぐにそっちに行きます』

「レックス、ハイウェイの状態は?」

『封鎖は完了しました。封鎖区間内のIC、PAからも全人員が撤退済み』

「空が戻り次第、出撃する。作戦開始時刻は10時19分。作戦要員は装備を最終確認」

『了解!』

「奴とは今日で縁を切るぞ、肝に銘じておけ」

「……モチロンだ」


 スレイプニルに跨ったまま、瑠璃香は強く握りこんだ両拳を打ち合わせ、決意を決めていた………





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