第一章~6~
6
「すまん、グリューネ……またお前に助けられた」
「良いって事さ」
ジュンハクとグリューネの二人はパイロットの詰め所を離れて、軍司令部居住ブロックの近くにある休憩所のベンチに座っていた。
四角く切り取られた空間の壁には海。勿論本物の海ではない。スクリーンに映し出された虚像だ。リラックス効果を狙ったものだろう。
二人の隣には省スペース、省エネルギーを徹底したデザインのものに移り変わった、飲料の自動販売機がいくつか並んでいる。
ジュンハクは遥か大昔から存在する炭酸入りのジュースを、グリューネはコーヒーを飲んでいた。しばしの間。
「俺、絶対あいつらみたいにはならねえ」
その沈黙を破ったのはジュンハクのつぶやきだった。グリューネは黙ってそれを聞いている。
「俺が地球を守るんだ。あいつらなんかには任せておけねえ。俺が守るんだ」
そう言って、ジュンハクは缶の中の液体を一気に飲み干した。炭酸の気泡が喉を通ってむせ返る。
グリューネはそんな彼を横目にコーヒーを啜りながら言う。
「立派な使命感だと思うよ」
気泡が全部抜け切るよりも早く、ジュンハクはベンチから立ち上がった。
「……グリューネ。俺、ちょっと訓練所に行ってくる。少しでもパイロットとしてのスキルを身につけたいんだ」
「それが良いね。場所は分かるかい?」
「大丈夫だ。……詰め所の前を通らなきゃ行けない事以外は、な」
それだけ言い残すと、ジュンハクはさっき歩いてきた道を折り返した。目的地を確認してから、一気に駆け出す。
誰かにぶつかるかもしれないという危険性も考えずに、全力で走る。
「わっ!」
そしてその危険は現実のものとなった。自分よりも一回り程小さな身体がジュンハクによって突き飛ばされ、地面に倒れる。
「あいたた……。あ、あれ?ジュン?」
そこに転がっていたのはジュンハクの親友でありルームメイトでもあり同僚でもあるブラウだった。
彼は突然の出来事に呆然とした表情を浮かべていたが、やがてジュンハクの顔を認識すると、勢い良く立ち上がって言う。
「ちょっと!気をつけてよね!少しゲームで負けが込んでたからってこれは無いでしょ!」
「……、」
「全くコレだからジュンは!……ジュン?どうかしたの?」
「――お前も」
ジュンハクの様子がおかしい事に気が付いたブラウは怪訝そうな顔でジュンハクを見る。
そんなブラウを見ていたのか見ていないのか、ともかくジュンハクは自分の言いたい事だけを告げた。
「え?」
「お前も、ゲームなんかするくらいだったらもっと働けよ」
「はあ?何それ?ゲーム大好きのジュンからは考えられない台詞なんだけど。何かあったの?」
ブラウの問い掛けに対して、ジュンハクはいまいち噛み合わない言葉で返す。
そしてジュンハクはあまり唇を動かさないまま、小さな声でポツリと呟く。
「――俺が地球を守るんだ」
「え?今、なんて?」
ブラウがもう一度質問してみるが、ジュンハクは何の反応も示さない。そして彼はぶつかった相手の事など気に留めなかった。
なんでもない、と誰にともなく告げて、それからすぐにもう一度走り始めるジュンハク。
「……おーい。話が見えないんだけど」
ぽつんと取り残されたブラウただ一人が、軍司令部のとある十字路に佇んでいた。