表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/25

第一章~5~



 超弩級戦艦ファイネリオンはあらゆる面において超弩級である。

 宇宙船において空間という意味でのスペースというものはあればある程行動の選択肢が広がる。

 遠い過去、地球人類を宇宙へと輸送する為の手段は限られていた。

 自ら志願しての行動とはいえ、そこでは不自由な生活を強いられる。

 食料の制限、水の制限、空気の制限、そして空間の制限。

 しかし、前述した通り、ファイネリオンは全長一万メートル、全幅四千メートルを超す巨体を誇る。

 この超弩級戦艦は艦内に食糧生産プラントと浄化設備を完備する事で前三者を克服。後一者においては語るまでも無い。

 そのようにして独立した居住空間を内包するこの艦は、途轍もなく広い。

 今回はグリューネが会議中との事で彼のサポートを受けられなかった。

 よって途中何度も現在位置を確認したりしながら、ジュンハクはようやく目的地へ到着する事が出来た。

 彼が辿り着いたのは軍司令部の中の、彼が所属する事になる部署。

 つまり戦闘において実際に前線に投入される戦闘機の、そのパイロットが集う詰め所だった。

 ジュンハクは詰め所の扉の前に立つと、とりあえずそれをノックする事にした。

 こんこんこん。扉を叩く。しかし暫く待っても反応は無い。

「?」

 こんこんこん。もう一度扉を叩くが、それでも同じ事だった。

「留守、か?」

 言った後で、何言ってんだ、と思うジュンハク。詰め所が留守だなんて聞いた事が無い。

 これ以上こうしていても仕方が無いので、ジュンハクは思い切って詰め所の中に入る事にした。

「おーい、誰かいな――」

「ローーーーン!!はっはぁ!まぁーた俺の勝ちだな!」

 扉を開いた瞬間、ジュンハクの目の前には信じられない光景が広がりを見せた。

「――は?」

 まず、詰め所からは何十人もの男ががやがやと騒ぐ声がした。先程の一言はその騒音のほんの一部にしか過ぎない。

 次いで異常なまでの酒とタバコの匂いがした。一瞬でジュンハクの顔が歪む。

「えー!!また隊長の一人勝ちっすかー!?」

「だから言ったんだよ。調子良い時の隊長に叶うものなんて無えんだからよ」

「豪運……恐るべし」

 部屋の中央には何やら機械的なものが沢山取り付けられた四角いテーブル。雀卓である。卓の上には麻雀の牌が散らばっていた。

 その雀卓を囲むのは四人の男達。一人の男がテーブルに足を乗せて歓喜していて、残りの三人は三者三様に悔しがっていた。

「いやあ、勝利の美酒は美味いねえ!!」

 言って、喜びを全身で表現する一人の男は冷蔵庫から酒瓶を取り出した。そこでジュンハクは我に返る。

「……おい!何やってんだよお前ら!」

 酒瓶に口をつけようとしていた男が動きを止めて、その後ようやく部屋の入り口にいる来訪者に気が付いた。

 全員の視線がジュンハクに集中するが、彼はそんな些細な事はこの際気にしなかった。声を大にして言い放つ。

「勤務中だろうが!何遊んでんだよ!!」

 いきなりの珍客に、部屋の中は水を打ったように静まり返る。

「……あん?んだあお前は。なんでガキがこんな所にいやがる?」

 雀卓の上に足を乗っけていた男がおもむろに近付いてくる。その足取りはおぼつかない。

 無精ひげがぼさぼさに伸びた髭面に、だらしなく着崩した軍服。本来整っているべきものがみっともない姿を晒している。

 相当酒が入っているのだろうか。男が近寄った瞬間濃縮された酒の臭いに襲われたが、ジュンハクは耐えた。

「ガキじゃない、ジュンハクだ!ジュンハク=アストロハーツ!」

 ジュンハクの名乗りに対して目の前の男は初め怪訝そうな顔をしていた。

 酒が回って思考が纏まらないのか、男は何かを考えるような素振りを見せる。

「あぁん?誰だそりゃあ」

 すると、雀卓を囲んでいた人物の内の一人が口にくわえたタバコを燻らせながら言う。

「ジュンハク……。ああ、そういえばそんな名前の新入りが俺の部屋に越してきたな。お前がジュンハクか」

「おお!新入りかあ!よくやってきたな、ようこそ自由軍隊ファイネリオンへ!

まあまあまずはこっちに来いよ、今から大人の遊びって奴を教えてやるからさあ」

「ま、待てよ!俺の話はまだ……!」

「はははは!ペーペーの新入りからもカモるなんて、隊長大人気無いっすよー!」

「頑張れ新入り」

「ああ、俺が席譲るわ。だから盛大に散ってこい」

 ばんばんと勢い良く背中を叩かれてむせるジュンハク。卓を囲む椅子に座らせられそうになったところで、ジュンハクは叫ぶ。

「何やってんだ、って言ってんだよ!遊んでんじゃねえよ、仕事はどうした!」

 彼の大声で部屋の空気が一気に冷却される。再び、部屋中の人間の視線がジュンハクに集中する。

 酒瓶を持っていた男がゆらゆらと近付いてきて、至極面倒そうな口調で告げる。

「仕事~ぉ?何勘違いしてんだ坊主。真面目にやってるじゃねえか、詰め所で勤務してんだからよお」

「これが仕事?本気で言ってんのか?どう見ても遊んでるだけじゃねえか!」

「……あ~。お前あれか、さては真面目にガリ勉してここ入ったくちだな?」

「だったら何だっていうんだ?」

「あれっ、今時そんな奴マジでいたのかよ?すっげー、都市伝説に出会っちゃったよー」

「成る程。道理でここのルールを知らない訳だ」

「哀れ新入り」

「……?」

 酒瓶の男に続いて、雀卓を囲む男達は口々におかしな事を言い出す。

「おっし。じゃあ質問だ。この艦を守るのは誰の仕事だ?」

 いまいち要領を得ない質問を受けて困惑するジュンハク。

「誰って、そんなの決まってるじゃねえか。『俺達』パイロットだろ?」

「ぶっぶー!!外れも外れ、大外れだ新入り君!良いか?この艦を、守ってるのは、この艦、なんだよ」

 意図してなのか酒の影響なのか、酒瓶の男は一句一句を区切って言う。

 ジュンハクはそれを鬱陶しく思いながら、男の言葉の意味を尋ねる。

「どういう意味だよそれ。じゃあ俺達パイロットは何をすれば良いんだ?」

「だぁから言ってんじゃねえか、俺達の仕事はここに勤務する事。それ以上でもそれ以下でもねえんだよ。

さあてレクチャーは終わりだ、良いから早くこっち来いって!」

 言って、男はジュンハクをもう一度雀卓に座らせようとする。

「ちょっ、止めろって言ってんだろ!俺はパイロットになりたくてここまで……!」

「はいはい分かった分かった。後でフライトシミュレーターに乗せてやるからまず卓を囲もうぜ」

「――そこまでだ!」

 ジュンハクが強引に椅子に座らせられそうになった瞬間、開け放たれたドアから男の声が響いた。

「グリューネ!?」

 声の主はすぐに分かった。ここ数時間の間に何度もジュンハクを助けてくれた人物、グリューネ=リヒトだ。

 彼は静まり返る詰め所をかつかつと甲高い足音を鳴らしながら進み、ジュンハクの元までやってくる。

 詰め所にいた全員がその様子をただ黙ったまま眺めていた。酒瓶の男はその姿を見ると、にわかに険しい表情を形作る。

「……またてめえか、グリューネ。ファイネリオン一のガリ勉野郎が、こんな所に何の用だ?」

「言わなくても分かりきっている事でしょう。その少年を解放して下さい。彼は貴方達のようなごろつき連中とは訳が違うんです」

 ごろつき連中、という言葉に周囲の男達がぴくりと反応する。彼らがグリューネを歓迎していない事は明らかだった。

 酒瓶の男はずい、と身を乗り出すと、グリューネの額に自分の額をぶつける。

「随分偉くなったもんじゃねえか、艦長の腰巾着が。俺の階級は知ってるよな?」

「ええ、存じておりますとも。『レヴ=ロミナス』中佐殿。それが何か?」

 酒瓶の男の名前はレヴ=ロミナス、階級は中佐、という断片的な情報だけがジュンハクの頭の中にストックされる。

「上等だ。軍じゃあ階級が絶対だっていう堅っ苦しい規律をこの自由軍隊に持ち込んだてめえらしくもねえ台詞をありがとよ。

で、なんだっけ?この中佐殿に指図するってなあ、お前が一番大好きな規則に反するんじゃねえのか?」

「では系統を変えましょう。ジュンハク、上官命令だ。私の元に来なさい」

「ま、待てよグリューネ!俺はこいつらにまだ言わなきゃならねえ事が!」

「命令だ」

 突然の出来事にまごつくジュンハクであったが、グリューネはそうやって困惑するジュンハクを一睨みする。

 先程自分を助けてくれた時とは明らかに違う、刃物のように研ぎ澄まされた視線と口調にジュンハクは何か薄ら寒いものを感じた。

 しかしそれすらも一瞬の出来事で、グリューネの有無を言わさない気迫に呑まれたジュンハクは『命令』に従う事にする。

 だがその前に、とジュンハクは一度だけ振り返ると何かをつぶやく。

「……るんだ」

「あ?」

「――俺が守るんだ!この艦を、皆の住む世界を!俺が地球を守るんだ!」

 彼の背中に対して酒瓶の男、レヴは再びボトルの中の液体を口に流し込むと、ジュンハクに向かってこう言う。

「へっ。何にも知らねえガキの青臭い台詞だな。地球を守るなんて大それた事を平気で言ってのけやがる」

「……、」

「運が良かったな、お優しい上官殿に恵まれて、よお?だが覚えとけよ。

そいつは『この軍を切り捨ててでもこの軍を守る』なんて事を考えてるとんでもねえ男だ。

お前も、そいつに切り捨てられたくなけりゃとっととこっちに鞍替えするんだな、命があるうちに、よ」

「……余計なお世話だ」

 そおかい、という返答を聞くよりも早く、詰め所のドアが閉ざされた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ