第一章~4~
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超弩級戦艦ファイネリオンはあらゆる面において超弩級である。
一万メートルを超す全長、四千メートルを超す全幅を誇る巨大な艦内部には様々な施設、設備が整っている。
戦艦として必要なシステムをこれでもかという位に詰め込んで、なおかつスペースに余裕があるのだ。
つまりこの艦は途轍もなく広い。それに伴って、軍司令部という一部署だけでも相当な空間を内包している。
特にこの施設内では機械的なデザインの通路が延々と続く所為で、慣れた者でもたまに迷子になる程だ。
という訳でジュンハクは迷子になる前に先程知り合った年上の少年、グリューネに連絡を取った。
グリューネは艦長室の近くにいたらしく、五分と経たずにジュンハクと合流。
艦長室であった出来事などを話すと、グリューネは苦笑いのような表情をしていた。
やはり、この自由軍隊においても艦長という人間は特に別らしい。
「っと。ここが君の部屋みたいだね」
他愛の無い話を暫く続けた後、二人は今日からジュンハクの住居となる部屋の前に辿り着いた。
「何度もすまんな、グリューネ」
「良いって事さ。友達の頼みなら無下には出来ないからね」
そう言って、グリューネは人差し指を天井に向けた。相変わらず、そのポーズの意味は分からない。
「さて。悪いけど、今日はやる事があるからここら辺でおいとまするよ。じゃあ、またね」
「ああ、ありがとう!」
すたすたと歩き、ジュンハクから離れていくグリューネ。ジュンハクはその背中に対して手を振った。
グリューネが通路の角を曲がっていったのを見届けてからジュンハクは背後を振り返る。
そこには、これからお世話になる自分の部屋。この部屋は四人部屋のようだ。
同居者の名前を覚えるために、ジュンハクは入り口の壁に立て掛けてある表札に目をやる。
「トライク=ローレ、ルヴェール=スモーク……えっ!?」
そこで彼は、思いも掛けなかった名前を発見する。表札の三番目には、『ブラウ=リヒト』という名前が刻まれていた。
「ブラウ!?アイツがここにいるのか!?」
いてもたってもいられなくなったジュンハクは、急いで自動ドアの生体認証システムに自分の情報を登録する。
ピッ、という動作音。住人の一人として認められたジュンハクを迎え入れて、扉が開かれる。そこには。
「あ!ジュン!」
「ブラウ!」
そこには、ジュンハクの良く知る人物が居た。ジュンハクより少し背が低めで眼鏡を掛けた少年。
少年はジュンハクの事をジュンと呼んだ。
「なんだよブラウ!お前も俺と同じ部屋だったのか!」
「そうなんだよ!いやあ、僕もびっくりしたなあ、まさかジュンとこんな形でまた会えるなんて!」
二人は互いに走り寄るとハイタッチを決めた。その後、お互いの顔を見て笑いあう。
「何ヶ月振りだっけ、こうやって直接顔合わせるのなんて?」
「卒業試験の為に猛勉強する!って決めてからだから、三ヶ月振りくらいだね」
「長かったよなあ、今でもあの日々の辛さは身に染みるぜ……。
パイロット志望の俺でもあんだけ勉強しなきゃいけなかったんだから、指揮官志望のブラウなんてもっとハードだっただろ?」
「うんうん。そりゃあもうジュンの一兆倍は苦労したね」
「ははは、何だよその倍率!半端無ぇな!」
「でも本当に良かったよ。僕の卒業証書がジュンにとっての死刑宣告にならなくて」
「い、嫌な言い方すんじゃねえよ!」
「あ、ちょっとジュンの卒業証書見せてよ!贋作かどうか鑑定するから!」
「正真正銘本物だっつの!!」
「えー?」
なんだその反応!?というジュンハクの絶叫が部屋に響いてから、彼はおっと、と口を塞いだ。
辺りを見回す。三メートルの長めの通路の両脇には二段ベッドが一つずつ設置されていた。
通路の先、部屋の奥には四畳半程の居間が確保されていた。そこには畳が敷いてある。
偶然だろうか、その様式はジュンハクの趣味に合っていた。
それらをさっと見渡してから彼は質問する。
「そういや、この部屋の他の人はどうしたんだ?」
「ああ、トライク少佐とルヴェール少佐は今仕事中だよ」
「ふうん、そうなのか」
じゃあ暫くは騒いでいても大丈夫かな、とジュンハクは適当に結論付ける。
「それよりさ、久しぶりに何かゲームでもしない?ここ最近全く手を付けてなかったから腕が鈍ってないか気になってさあ」
そう言いながら、ブラウは自分のロッカーから色々なゲーム機を取り出してきた。
携帯ゲーム機もあれば据え置き型の物もある。その数の多さもさることながら、ここでやる事に対してジュンハクは戸惑った。
「お、おいおい大丈夫なのかよ?その、なんだっけ、トライク少佐?達に見つかったらマズイんじゃねえのか?」
「大丈夫!トライク少佐もルヴェール少佐も、話の分かる人だから」
そうなのか?と一度疑問を抱くジュンハクであったが、まあ息抜きになるか、と畳の上に座る。
ブラウがちゃぶ台の上にあるリモコンのボタンを押すと、壁面が縦横に分割されて内部からモニターが現れた。
続いてゲーム機とモニターとを同期させると、真っ黒だった画面にゲームのタイトル画面が現れた。
「言っとくけど手加減はしないからね?」
「腕が鈍ってるんだろ?流す程度に軽ーくいこうぜ」
二人は不敵な笑みを浮かべる。それを合図に、白熱したバトルが始まった。
激闘は暫く続いた。お互い全ての技と技を出し合った辺りで、二人はようやくコントローラーを手放した。
「四十二勝三十一敗かあ。まあ久しぶりならこんなものかな」
「だー、指が痛ぇ……。あ、そういえばさ」
肩と手の力を抜いて、患部を冷却するジュンハク。唐突に、彼は先程出会った人物の事を思い出した。
「?」
「さっきグリューネって人に会ったぜ。お前の兄さんなんだろ?」
「……!兄、さんが?」
グリューネの名前が出た途端、ブラウの顔色が変わった。その後ブラウは所在無さ気に視線をあちこち転々とさせた。
「?……どうしたんだ、ブラウ。あ、もしかして、仲悪い、とか?」
「……そういう訳じゃないんだけど」
と、そこでブラウの携帯電話が鳴動を始めた。
「あれ。メールだ。……。ごめんジュン、緊急でブリーフィング入っちゃった。また今度ね!」
「あ、ああ……?」
それだけ言い残すと、ブラウは軍服の上着を羽織って部屋の外へと駆け出した。
部屋の中にはジュンハク一人が取り残される。熱が急に冷えて、それ程広くもない部屋が無性に広く感じる。
一人でやっても仕方ないよな、と思い、ジュンハクはモニターを壁に収納してゲーム機を片付ける。
「俺も出かけるか……」
特に行く当ては無かったが、とりあえずジュンハクは行動を開始する事にした。
これからお世話になる予定の(本来ならば上官と呼称すべき)先輩達に挨拶でもしようか、と考えて。