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第一章~3~



「到着したよ。ここが艦長室だ」

 その後共通の知人であるブラウの話をしたりしながら二人は艦長室を目指し、十五分程掛けて目的地に辿り着いた。

 目の前には、少々大きめで立派なドアが存在していた。

「助かった!俺一人だと絶対迷ってた所だ、ありがとう!」

 先程の十五分の間にすっかり打ち解けたのか、ジュンハクの話し方からはすっかり硬さが消えていた。

 グリューネもその方が話し易いのだろう。彼は気さくな感じでジュンハクと会話をしていた。

「どういたしまして。また帰り道で迷ったら僕に連絡をくれ、すぐ助けに行くから」

 グリューネはポケットから携帯電話を取り出す。アドレスは既に交換した後だ。

「ああ!グリューネ、じゃあまたな!」

 先程ジュンハクがブラウという人物の知り合いであるという事が分かった時と同様、人差し指を天井に向けるグリューネ。

 結局そのポーズの意味は分からなかったが、今のジュンハクにはそれで十分だった。

 良い人に出会えたもんだ。これから始まる新しい生活の好スタートを切れたような気がした。

 そう思いながら艦長室のドアに触れる。ピッ、という生体認証の音がしてから、ドアが開かれる。

「ジュンハク=アストロハーツであります!ご挨拶にあが」

 ドアを開けると、そこには壁があった。視界が塞がれるのを感じるジュンハク。何事かと思い、頭上を見やる。

「――!?」

 そこにあったのは壁ではなかった。しかし壁のように大きくて重厚な存在が目の前に立っていた。

 口をパクパクと開閉して驚くジュンハクは声も出せない。数秒後にようやくそれが壁ではないのだと分かる。

「……、」

 しかしそれにしても圧倒的なプレッシャーを感じる。身長は二メートルを超え、木の幹のような太く逞しい胴体を持っている。

 四肢も胴体に見合った力強さを見せ付けており、更に顔には雄々しくその存在を誇示する髭。そして鋭い眼光。

 それを見たジュンハクは目の前に熊が立っているのだと判断した。

 それが誤解であるという事に気が付いたのは、男が右目に巻いている黒の眼帯を発見した時だった。

 ジュンハクは直感する。きっとこの荒々しく猛々しい男こそが、このファイネリオンの艦長なのだ、と。

(うわあ、まるで絵に描いたような『艦長』だ!カッコいいーーーっ!!)

「失礼致しました、艦長!明日付けで配属となります、ジュンハク=アストロハーツであります!」

 子供らしい素直な感想を抱きながら、ジュンハクはびし!と敬礼する。

「……、」

 しかし、艦長と思しき目の前の人物はそれに対して何のリアクションも起こさない。

 ……あれ。俺何か拙い事したっけ?ジュンハクは徐々に青ざめていき、やがて目の前の人物に恐怖感を抱くようになる。

「あ、あの……自分の顔に、……何か?」

「……、」

 だらだらと脂汗が滴り落ちる。拙い。このままでは、喰われる――!

「む!」

「ひっ……!!」

 男の目がぐわ!と見開かれる。思わず瞼を閉じたジュンハクは一瞬、死を覚悟する。

 ああブラウは今頃如何してるかな兄さんのグリューネとは仲良いのかなとか、まるで走馬灯のような映像が流れる。

「艦長。先程呼び出した新人が到着しましたぞ」

 二メートルの巨体から放たれる野太い声。そこでジュンハクは、会話のベクトルが自分に向いていない事に気が付く。

 目の前の人間が誰かを指して艦長と呼んだという事は、目の前に居る人間以外にも艦長が居て?

 思考が混乱する。しかしそれも一瞬の出来事。恐る恐る瞼を開けると、目の前からは艦長と思しき人間が離れていた。

 ジュンハクはオープンになった視界から情報を収集する。

 やたらと広大な空間は白の壁と赤い絨毯に彩られていて、面積の大きい壁面には歴代の艦長と思われる様々な人物の肖像画。

 何万という人間のトップに立つ艦長に相応しく立派な部屋だなあいやそうではなくて、などと色々な事を考えるジュンハク。

「待っていたよ、ジュンハク=アストロハーツ」

 そんな事を考えていると、不意に子供の声がした。目の前に居る巨漢が発する声、ではない。

 ジュンハクは声の主を探す。すると、今まで背を向けていた回転椅子がくるりとこちらを向いた。

「ようこそ。太陽系連合防衛軍所属超弩級戦艦ファイネリオンの艦長室へ」

 その椅子には小柄な男が座っていた。十五歳のジュンハクと比べてもまだ小さい。

 というよりは、そもそもの年齢がジュンハクよりも幼いように見えた。十歳前後の少年、に見える。

「え?あれ?ええっと……艦長?」

 疑問符を浮かべながら、ジュンハクは近くに居る艦長?に問い掛ける。

 するとジュンハクの隣に立つ大柄な男は苦笑い交じりにこう言った。

「私は副長だ。艦長は、そちらの椅子に座っておられる」

「……は?」

 どう見ても自分より年下にしか見えない小柄な男を見て、ジュンハクは一瞬自分の本音を吐き出しそうになる。

 しかしその瞬間どういう訳か、椅子に座る小柄な男の目が光った、ように見えた。

「うむ。僕がこの超弩級戦艦ファイネリオンの艦長だ。ジュンハク君だったね。ちょっとこっちに来なさい」

 男は極めてにこやかな、子供らしい無邪気な笑顔でそう言った。はあ、と大人しく言う事を聞いてジュンハクは少年に近付く。

「君、彼を見てくれ。彼の姿をどう思う?」

 台詞を放つと同時先程までの笑顔が一転、なんだかとってもいやらしいというか悪趣味な表情に切り替わる。

 心なしか、今彼の目が光ったように見えた。

 先程とは別の原因によって生命の危機を感じるジュンハク。何故だろう、という疑問よりも恐怖の方が勝っている。

 彼、というのはジュンハクの隣の副長の事だろう。二メートルを超える巨体を、ジュンハクはありのままに表現しようとする。

「え、えっと、……すごく、お」

「艦長。毎度の事ながら、部下に示しのつかない行動はお控え下さい」

 だが、間一髪という所で副長が止めに入った。彼が居なければ、確実に宇宙の法則が書き変わっていた事だろう。

 それに対して艦長と呼ばれる男は頬を膨らませる。子供らしいというよりそのまま子供の仕草である。

「ぶー。相変わらず副長はおカタいなあ。そう思わんかね?」

「は、はあ……」

 と言われても何が何だかさっぱりなジュンハクは曖昧な生返事をする事しか出来ない。

「君はもっとサブカルチャーに対して寛容になるべきだと思うよ、全く」

「おや、心外ですな。私は素人相手に本気を出すのはどうかと言っただけですよ」

「は、え?素人?」

 会話についていけないジュンハクは左右の人間を見比べる。

 と、大柄な方の男がぽん、と手を叩く。何かを思いついたのだろうか。

「然らばこの通り……。少年よ!」

「は、はい!」

 副長に呼ばれて背筋を正すジュンハク。これから何かが始まるのか?という期待感のようなものが走り抜ける。

「ずばり!艦長の姿を見て何か一言コメントを付け加えるが良い!」

 きらり!!今度は間違いなく艦長の目が光った。とてつもない不信感を覚えるジュンハクだが、とりあえず今は副長に従う事にする。

「ええっと……ちい、さい?」

「――だぁーーれが豆粒ドチビじゃぁぁぁぁぁい!!!!」

「――げぶらばぁっ!!??」

 その瞬間。艦長のアッパーカットがジュンハクの下顎に突き刺さった。

 漫画よろしくジュンハクの身体が宙を舞う。くるくると回転した後で、ジュンハクはマットに沈んだ。

「成る程、こういう繋ぎ方もありか!」

 拳を握りきらきらと目を輝かせて副長を見る艦長。副長は親指を立てて語る。

「その通りで御座います。初めはこういったソフトな手でまず相手の心を掴む事が必要でしてな」

「なんだ副長。君もなんだかんだで話の分かる奴じゃあないか」

「なんだかんだで付き合い長いですからな」

「「はっはっは」」

「――『はっはっは』じゃねぇぇぇぇぇ!!」

 艦長と副長が談笑していると、マットに倒れ去った筈のジュンハクがテンカウントよりも早く立ち上がった。

「え、ちょ、ボクシングものとかノットインサービスなんですけど」

「艦長、ここはやはり足元から虹を延ばすべきですぞ」

 相変わらず要領の掴めない会話をする二人である。そんな二人に業を煮やしたか、ジュンハクはありのままの感情をぶつける。

「何訳分かんねえ話をしてやがる!!さっさと話を進めろよ!!」

「……おお」

「案外ワイルドな話し方するんだねえ君は」

 彼の語勢の強さに一瞬目を丸くして驚いた二人であったが、次の瞬間にはそれは笑いに変わっていた。

「それがどうしたってんだ!アンタらそれでも軍人かよ!?」

 ジュンハクの言葉の直後その笑いは苦笑いに転換する。二人の顔が、真剣な表情を作り出す。

「へえ。上官に対してそんな言葉遣いをするなんて、『アンタはそれでも軍人かい』?」

「……っ!!」

 しまった。ジュンハクは重要な事を忘れていた。ここは軍部であり、ここにいる人間は軍人なのだ。

 思わず反発してしまったが、それが一体どれ程馬鹿げた行為なのか、理解した瞬間には全てが遅かった。

 何も言葉を発する事が出来ないまま、嫌な沈黙が続く。

「……く」

「……?」

 しかしその沈黙は案外あっさりと破られた。艦長の少年は一度机に顔を伏せると。

「あっはっはっはっは!!」

 いきなり大声で笑い始めた。隣に立つ副長も初めは堪えていたようだが、すぐに限界がやってきて噴き出した。

 ジュンハクはただ呆然とその様を見ているだけしか出来なかった。何が起こっているのか、全く理解が及ばない。

 艦長はその後も暫く無邪気で純粋な笑い声を辺りに撒き散らしていたが、やがて目じりに涙を浮かべてこう言った。

「いやあ、すまないすまない。ちょっと君をからかっただけだよ……くっくっく」

「……はあ?」

「見ての通り、ここは『こういう』軍隊なんだ」

 何が『見ての通り』なのか何故ここが『こういう』軍隊なのか、やはりジュンハクには分からない。

 ジュンハクは少しだけ体裁を取り繕って尋ねる。

「……意味が分かりかねますが」

「良いって良いって、普通に話してくれたら。堅苦しいのは無しにしようよ」

「……???」

 ジュンハクの頭上の疑問符はなかなか解消されない。

「だからさ、ここには上がどうとか下がどうとかは無いんだよ」

「はあ!?」

 ジュンハクは声を荒げて先程まで頭上にあった疑問符を真正面に展開する。

 そこで艦長は椅子から立ち上がり、にこやかな表情でジュンハクにこう告げる。

「改めましてよろしく、ジュンハク=アストロハーツ君!ようこそ、宇宙一自由な戦艦『ファイネリオン』へ!」

 まるでテーマパークのピエロよろしく腕を大きく広げて、歓迎の意を示す艦長。

 それを見たジュンハクは最初ぽかんという表情をしていたが、やがて糸の切れた操り人形のように全身の力が抜けていくのを感じた彼は一度頭をだらりと下げる。その直後。

「は、……ははははは!!」

 先程の二人と同じように、大声で笑い始めた。豪快に口を開いて、腹を抱えて笑った。

 笑いは伝播し、ようやく収まったばかりの二人までもが再び笑顔になった。

「了解致しました、艦長殿!ジュンハク=アストロハーツ、これより気軽に話させてもらうぜ!」

 敬礼と共に威勢の良い声でそう宣言してみせるジュンハク。艦長と副長は敬礼を交えつつ、にこやかな表情でそれを受け入れた。

 両者が敬礼の為の腕を下ろすと、艦長は何やら本来の職務であるのか机に置かれた書類に目を通しながら言う。

「いやはや君は面白いねえ。軍人としての生真面目さと子供らしい直情的なところがあって、さ」

「おいおい。見た目明らかに俺よりも年下に見えるあんたに子供らしいとか言われても、な」

 彼の言葉の通り、艦長の外見はジュンハクよりも幼い。何故そんな姿をしているのか、疑問を抱かない方が不自然だろう。

「これでも実年齢は君より遥かに上なんだけどね。まあ、若作りの甲斐があったってものだよ」

「ええっ!?っていうか、若作りとかいう言葉じゃ片付けられないんじゃないのか、いくらなんでもその若さは」

「あらゆる意味で常軌を逸した戦艦ファイネリオンの、更に常軌を逸した艦長であるからな」

 そこで艦長は目をきらりと輝かせて何処からともなく取り出したまるでブーメランのようなサングラスを取り出すと。

「当たり前だ。俺を誰だと思ってやがる!」

「……は?『俺』?」

「艦長。一人称変わっておりますぞ。というか唐突過ぎます。

そしていくら気に入っているとはいえいくらなんでもそれは熱伝導率に誤差がありまして」

「副長。相変わらず君はなんでもかんでもオブラートに包みたがるねえ」

 そして相変わらず話の流れについていけないジュンハクは、サングラスを服の中にしまう艦長をただ見ているのみ。

 熱伝導率って何?この二人は何の話をしている?など色々疑問点はあったが深くは関わらない事にした。

「さてさてジュンハク君。これにて我々との対面式は終了という訳だが、最後にどうしても聞いておきたい事がある」

「なんだよ、急に改まって。俺に何か」

「君に」

 そう言った艦長の言葉は真剣で、真っ直ぐで、遊びの無い声だった。ジュンハクは面食らうが、艦長はそれを気にせず続ける。

「君に覚悟はあるか。守る覚悟が。守り抜く覚悟が」

 ここまでくれば、それは何を守る覚悟なのか、なんていう事はジュンハクにだって分かっていた。

 彼は気持ち背筋を伸ばして、艦長の目をしっかりと捉えて、宣誓する。

「当然です。自分はその為にここまでやってきました。必ず守り抜いてみせます」

「なら」

 艦長はそこで短く言葉を区切る。ジュンハクの眉が微かに曲がる。

「全てを捨てる覚悟はあるか。今あるものも、昨日拾ったものも、明日掴むであろうものも。全てを捨てる覚悟はあるか?」

 いつの間にか、艦長の言葉には重みとある種の力を感じるようになっていた。

 これは恐らく比喩表現ではない。ジュンハクは実際に音の波からの力を受け取り、そしてそこに存在する質量を感じ取っていた。

 物質同士はお互いに引かれあうという法則。彼の頭の中をそんな情報が流れていく。

「答えろ、ジュンハク=アストロハーツ。君に覚悟はあるか?」

 一音一音毎に、ジュンハクの中の何かが吸引、或いは吸収されていく。

 なんだこれは、どうしてこんな不可思議な力が発生しているんだ。考えるが、模範解答が見当たらない。

 今やジュンハクは目の前の男が発する言葉の意味よりも、そこに存在する力と質量の事ばかりが気になっていた。

「アポロ。超重力をそんな風に使っては駄目」

 そしてジュンハクはラグランジュポイントに辿り着いた。にわかに身体が平衡を取り戻す。

 謎の力に囚われていた彼はそこでようやく地に足が着いた感触を覚える。

「なんだ、イリデセンス。また超重力に引かれてやってきたのかい?」

 艦長は自分の視界の隅に映る人影に対して尋ねた。アポロ、というのが艦長の名前なのだろうか。

 そして少女の声。アポロ、艦長は彼女を『イリデセンス』と呼んだ。不思議な名前だ、ジュンハクの耳で何度も木霊する声。

 それにも増して存在感を放つ言葉を聞き取ったような気がしたが、まだ地上に戻って間も無いジュンハクにはそれが認識出来なかった。

「強い力を感じたの。今までのどの力よりも、強くて大きい力を」

 イリデセンスと呼ばれた少女が部屋の入り口から歩いてくる。

「そうか、君も太鼓判を押すんだね」

「アポロは感じないの?」

「感じる、感じているよ。ジュンハク君はとても面白い子だと、そう思っている」

 ジュンハクは自分の名を呼ばれた事でようやく我に返った。視界をクリアにする。目の前にはイリデセンスという少女が立っていた。

 彼女の服装は女性用の軍服なのだが、所々にひらひらしたフリルを装着している。

 基本的に軍服を改造する事は禁止されているのだが、それよりも先に、ジュンハクは彼女の左胸部分にあるものを発見した。

「……特務執行官の、バッジ?!」

 特務執行官。軍に属しながら階級に囚われず、また所属にも関係無しに様々な、独自の任務を遂行する資格を持つ者。

 軍学校で習った知識をそのまま脳から引っ張り出したジュンハク。そんな彼に、少女は唐突に近付いてきた。

「……ふ~ん」

 彼女はそのままジュンハクの顔を間近で眺め始めた。熱い視線がジュンハクの顔全体に注がれる。

「お、俺がどうかしたのか……?」

「めっ」

「あいたっ!」

 堪えきれなくなったジュンハクは言葉による意思の疎通を行おうとするが、その直後に額を人差し指で弾かれた。

 まるで子供をたしなめる、というよりはそのままその通りの形でジュンハクをいさめる。

「私は特務執行官なのよ?そんな言葉遣いは、めっ」

「いや、んな事言われたってそこの二人が……」

「めっ」

「痛って!!」

 艦長と副長の二人を指差したジュンハクは二発目のデコピンをお見舞いされる羽目になった。何故だろう、とても痛い。

「言い訳は、めっ」

 なんだろう。この自由軍隊とやらは個人個人が自由を主張するあまり、自由という言葉の意味を履き違えている気がする。

 なんて考えるジュンハクであったがとりあえずでも良いから態度を直さないともっと痛い事になりそうな気がしたので、一応謝る。

「……失礼致しました、特務執行官殿。以後、このような事が無いよう留意いたします」

 ジュンハクの言葉を聞いた特務執行官は、

「――ッ!?」

「はい良く出来ました!お姉さん花丸あげちゃいます」

 にっこり笑顔で唐突に頭を撫で始めた。少女は身長差を埋める為に背伸びをして無理矢理ジュンハクの頭を撫でにかかる。

 その仕草がまた可愛かったりああ暖かい手だなあ柔らかそうだなあとかまた色々な雑念が彼の頭を駆け巡る。

 特務執行官の少女が頭を撫でていたのは一瞬だったが、ジュンハクが惚けていた時間は更に長かった。

「私の名前はイリデセンス。太陽系連合防衛軍ファイネリオン所属の特務執行官でありますです!」

 形式ばっているのかいないのか良く分からない口調で自己紹介を行う少女、イリデセンス。

 対するジュンハクは未だに口をぱくぱくと開閉させながら何処か遠い所を見ていた。

 その様を眺める艦長、アポロはくすくすと笑いながら。

「イリデセンス。彼はジュンハク=アストロハーツという名前だ。正式な配属は明日からになる。よろしく頼むよ?」

「ええ。『知っているわ』」

 にこやかな表情はそのままにイリデセンスは言う。

「面白い子なのね。お姉さん、ちょっと期待しちゃうかも」

 それだけ告げると、イリデセンスは出口へ向かって歩き出した。仕事に戻るつもりなのだろうか。

 そして彼女は振り返らないまま、艦長に向かってこう言った。

「これで、私達の計画が始まるのね」

 アポロは黙して語らず、只安寧を欠いた表情を浮かべるのみであった。その言葉に、その顔に、一体何の意味があると言うのか。

 自動ドアが音も無く開き、そして艦長室には部屋の主である艦長、副長、そしてジュンハクの三人が残された。

「ジュンハク君。いつまでそうしてボーっとしてるつもりだい?」

「……はっ、はい!?」

 自分が今まで何をしていたのか全く覚えが無かったジュンハクは、いきなり名前を呼ばれて小さく跳び上がる。 

 アポロはやれやれといったニュアンスを込めて腕を開き両手の掌を天井に向ける。

「先が思いやられるねえ。まあ、若いのは良い事なんだけどさ」

「ですから貴方の方が一回り若く見えている訳でして」

 艦長と副長がいつものやり取りを行っていると、ジュンハクの携帯電話が鳴動を始めた。飾り気の無い淡白な着信音だった。

「なんだか味気無いねえ。僕が持ってる曲を分けてやろうか?僕のオススメのフレーズは」

「艦長。前途ある若者を冥府魔道に落としてはなりません」

「いやいや。これは布教活動だよ?信仰の自由は守られてしかるべきだと思うんだけどなあ。ちなみに僕のオススメは」

「禁書として登録されるおつもりでしたら全力で阻止させて頂きます」

「……どんな小さなジョークにでもツッコミをくれる優秀な部下が持てた私は幸せ者だよ」

 相変わらず二人の会話は要領を得ない。半ば呆れながら、ジュンハクはポケットから携帯を取り出しディスプレイを見る。

「……ん。引越し業者からだ」

「お。荷物の搬送が終わったのかい。じゃあここで時間を取らせるのも悪いね。さっさと自分の部屋に行きなさい」

「え?ああ……」

 すっかりくだけた口調で会話をするジュンハクとアポロ。

 とても部下と上官の会話には思えないが、どうやらこれがファイネリオン流のやり方らしい。

 ともあれ、ジュンハクは艦長室を後にして割り当てられた部屋へと向かう。

「……賽は投げられた、か」


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