第一章~2~
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「おお……これが防衛軍のユニフォームか!」
定刻通りに軍司令部へと到着したジュンハクは網膜、声紋や体内のナノマシン等の厳重なチェックを受けた。
それが終わってから上司となる士官からの命でジュンハクはロッカールームに移動、軍服に袖を通した。
のりが良く利いた新品の軍服は着るだけで気持ちが引き締まる筈、なのだが。
「言っておくが。正式な配属はまだとはいえ、その服を身に着けたこの瞬間からお前はこの軍を動かす一つの歯車となるのだ。
いつまでも学生気分でいてはいかんぞ」
「っ!は、失礼致しました!」
自分の夢が一つ叶った事で浮かれていたのだろう、ジュンハクは自分が軍人になるのだという事を失念していた。
すぐに姿勢を正して、がちがちに緊張した声色で上官に返礼する。うむ、と頷くと上官はロッカールームのドアへ向かう。
「正式に配属される前に、我らが司令官である艦長に挨拶をする事だ。軍服に着替えて貰ったのはその為でもある。
あと数分で呼び出しが掛かる。呼ばれたらすぐ艦長室に出頭するように」
いったん振り返った後、上官はジュンハクに次の指示を出した。部屋を出て行く上官を敬礼で見送るジュンハク。
上官の気配を完全に感じなくなってから、ジュンハクは敬礼の為の手を下ろし、盛大なガッツポーズを取った。
「やった、やったぞ!これで俺も……くーーーーーっ!!」
軍学校で軍人のなんたるかを学んでいたとはいえ、彼はまだ十五歳の少年。嬉しい事があれば飛び跳ねたくなるのも無理は無い。
一通り喜びを噛み締めた後、ジュンハクは自分の携帯電話にメールが届いた事に気が付いた。
携帯電話は大昔から変わらない姿を保持しているが、これは長い歴史の中で何度も何度もモデルチェンジを繰り返した後の姿だ。
薄い板状のディスプレイだけのものも過去には存在したが、ジュンハクは今でもオープン式の携帯電話を所持している。
デザインの先祖帰りというのだろうか。
最も見た目が同じでも、性能は遥か彼方まで進化しているのは当然の事ではあるが。
ともあれ、ジュンハクは先程届いたメールを開いてみる。
そこには、地図のデータが添付されていた。
彼が暮らす『家』でもあり太陽系を守る為の『艦』でもあるファイネリオン。その巨大戦艦の艦長室への道のりが描かれている。
「よーっし!まずは艦長に挨拶だ!」
ジュンハクは指し示されたポイントを目指してロッカールームから出る。と、その瞬間だった。
「うわっ」
「おっと」
ぼす、という柔らかな衝突音。人間とぶつかった、と認識した直後にはジュンハクは顔を真っ青にしてその場から飛びのいた。
「しっ、しししし失礼致しました!!あ、ああのその人が居るなんて俺いや自分全く予想していませんでしたので……っ!!」
大量の台詞を思いつく限り全部いっぺんに早口でまくしたてて謝罪の意を表明するジュンハク。
「ははは。君は面白い子だねえ」
すると、ぶつかってしまった相手は声を上げて笑い始めた。何事かと思い、顔を上げて相手の顔色を窺うジュンハク。
そこには、特にどうという事は無い、という表情の、すらりと伸びた手足が特徴的な少年が居た。
少年、といってもジュンハクより三つか四つは年上に見えるが。
「そんなにかしこまる事は無いよ。君の階級は知らないが、なあに、階級なんてあって無いようなものさ」
少年は可笑しな事を言う。厳しい上下関係によって成り立っている筈の軍隊において、階級があって無いようなもの?
「は?そ、それは一体どういう事でありましょうか?」
「直に分かるよ。このファイネリオンがどういった仕組みで動いているのか、ね」
頭の上に疑問符を浮かべるジュンハクであるが、その疑問が解消される事は無い。
呆気にとられる彼をさておいて、彼の目の前に立つ少年はこんな提案をする。
「その様子だと、新入りみたいだね。新入りは皆、初めに艦長に挨拶をするんだっていう事は知ってるよね?
だったら僕が艦長室まで案内してあげよう。どうせまだ右も左も分からないだろうからね」
「え?あ、いや!自分なら大丈夫であります、お手をわずらわせる訳には……っ!」
「気にする必要は無いよ。どうせ皆暇してる所だから」
軍人が戦艦の中で暇している、という状況がジュンハクには想像がつかなかった。
軍学校で教えられたのは軍人というものが一体どれだけ過酷な役目を担っているのかという事であった。
当然非番の時は非番なのだろうが、全員とはいかないまでも皆が暇している、というのは一体如何した事だろうか。
「紹介が遅れたね。僕はグリューネ。『グリューネ=リヒト』だ」
おもむろに、背の高い少年は自己紹介を始めた。ジュンハクは慌てて自己紹介で返そうとするが、そこで違和感に気付く。
「あ、明日付けで配属となります、ジュンハク=アストロハーツであり、……え?『リヒト』!?」
「おや。僕の名前を知っているのかな?」
ジュンハクはその違和感をそのままぶつけてみる事にした。グリューネは意外そうな声で返す。
「お、……じ、自分は軍学校時代にその名前を聞いた事がありまして」
「ああ、成る程!君は『ブラウ』の友達か!」
と、グリューネは人差し指を天井に向けた。何か意味があるのだろうか。グリューネは話を進める。
「そうかそうか。ブラウの友達だというのなら、それは僕の友達だといっても良いだろうね。よろしく頼むよ、ジュンハク君」
「え、……あ、はい!よろしくお願いします!」
す、とグリューネはジュンハクに向かって右手を差し出した。握手を求めているのだろう。ジュンハクはそれに応じる。
「うん。これで君と僕とは友達同士だ。これからはそのつもりで接してくれ」
「は、承知致しました!……あ」
がちがちの台詞に、グリューネはまた声を上げて笑い始めた。
「やっぱり君は面白いねえ。おっと。そういえば艦長から呼び出しを受けているんだったね。時間をとらせてすまない」
「あ、いえ自分は」
「気にしない気にしない。さあ、行こうか。艦長室はこっちだよ」
ジュンハクは大人しくグリューネに従う事にした。