第一章~俺が地球を守るんだ!~
第一章~俺が地球を守るんだ!~
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拝啓、地球に居る父さんと母さんへ。
久しぶり……に、なるのかな。ジュンハクだけど。
このメッセージが届くのには、地球が太陽の周りをあと十回も百回も回らなきゃいけないから、正直これは無駄かもしれないけど。
でも、やっぱりこういうのはちゃんとしておきたかったんだ。
父さんと母さんは言ったよね。人間の想いってやつは何処に居たって届くんだ、って。
だから俺は、きっと届く、って思いながら、今この文章を書いてる。ちゃんと届く、よね。
グリニッジ標準時刻ではもう過ぎ去った時間の事なんだろうけど、ついに明日、俺は軍人になるんだよ。軍学校、卒業したんだ。
そう。ようやく俺の夢が叶ったんだ。俺、父さんや母さんが暮らす地球を守る為に戦う事が出来るようになったんだよ。
それもこれも全部、俺を育ててくれた二人のお陰。
俺は今地球から遠く遠く離れた場所に居るからお祝いは受け取れないけど、せめてこの感謝の気持ちだけは伝えたいんだ。
ありがとう。
その代わりって言ったらなんだけど、俺、絶対地球を守ってみせるよ。
父さんと母さんは、地球で平和に暮らしててね。それじゃ。敬具
「……ふぅっ。こんなもんかな」
四角く区切られた金属の部屋の中に響く、カタカタというタイピング音。少年が手を止めると、その音も聞こえなくなった。
文章を二度三度見返してから、送信ボタンを押す。宛て先は両親。所在地は地球。彼からすれば、それは遥か彼方の星の名前だった。
少年の名は『ジュンハク=アストロハーツ』。十五歳の少年にして、明日から軍属の身になる事が決まる軍学校生。
所属は太陽系連合防衛軍。最高峰の力と名誉を掲げる太陽系唯一無二の軍隊だ。
その軍に所属する太陽系防衛用超弩級戦艦『ファイネリオン』。
彼は今その巨大戦艦に比べれば余りにも小さな居住ブロックの、更に小さな学園の、更に小さな学生寮の一室に居る。
キッチンとバスルームが一つにパソコン机が一つ納まる程度の部屋が一つという標準的なワンルームの部屋だ。
ちなみに内装はごく普通の和室である。これはジュンハクの趣味だ。
「太陽系連合防衛軍所属、ジュンハク=アストロハーツであります!……なんてな」
彼は鏡に映った自分を見て、姿勢を正して敬礼を行ってみた。
太陽系連合防衛軍。彼は幼い頃からこの存在に憧れていた。大きくなったら自分も地球を守るんだ、と。
テレビや漫画で見たヒーローの影響もあったかもしれない。
しかしそれ以上に彼、ジュンハクには溢れ出んばかりの使命感に満ち満ちていた。正義感、と言い換えても差し支えないだろう。
彼はその持ち前の正義感と軍学校での成績を評価され、たった今その軍学校を卒業する事を許された。
あと数時間もすれば離れる事になる寮の自室に感慨を覚えながら、彼は両親にその旨をメールで報告した。
彼のメールにあった通り、そのメールが直接両親の元に届く事は無い。
何故なら彼は地球からも太陽系からも遠く離れた外宇宙に居るからである。
辺りには大小様々な天体が存在するが、誰もその星々の名前を知らない。
というよりは、正式な名称が存在しないのだ。
何故ならジュンハクの今居るこの空間は、人類が未だ観測した事の無い程遠く離れた宇宙であるからだ。
そこにある恒星も、それを内包する銀河系ですらも、広大で巨大な宇宙にしてみれば針の穴より小さなものなのだ。
地球の夜空を見上げてみても、彼らの居る場所は誰にも見えないだろう。それ程の深遠に、彼、ジュンハクは居る。
「さ、ってと。一応、寮母のおばさん達にも挨拶すっか」
荷物の整理や掃除を後回しにして、彼はいったん自室を後にする。
「長らくお世話になったこの学園も、今日でお別れか」
そんな事を呟きながら、ジュンハクは軍学校の『外』に出る。
天井には青い空と白い雲。スクリーンに映った虚像であると知っていても、その光景は眩しく見えた。
これが宇宙を航行する戦艦の内部である事を忘れる程、人工の空は清々しく見えている。
「そういや、ブラウの奴はどうしてんのかな……」
ぽつりと呟くジュンハク。
家財道具の運搬を専門の業者に任せてから、彼は自分が今まで所属していた学園の正門に立った。
長い年月が過ぎたにも拘らず二十一世紀の建造物と大して変わらない面構えで、ジュンハクを見送っている。
懐かしさはあまり感じない。それよりも、あともう少しで太陽系連合防衛軍に配属される事の方が待ち遠しい。
だからジュンハクは早々に正門に背を向け、一般市民用の居住ブロックから軍司令部を目指して歩き始めた。
「……?」
その途中、ジュンハクは背中の辺りに視線のようなものを感じた。
すぐに振り返るが、そこには何も居ない。気の所為か、と適当に結論付けて、彼は軍部へと向かった。
「うふふ。そう、そうなの。貴方も私達と同じ『重力子』なのね」
学園の時計塔に、一人の少女が立っている事にも気が付かず。