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第二章~8~




 目の前に現れる『HELLO』の文字。ゲイルローダーが起動した。

『もう一度確認するわね。私達ゲイルローダーのパイロットに与えられた主な任務はファイネリオンの防衛』

 ジュンハク機のコックピットに、ヴァルツの声が響く。その声に先程までの動揺は見られない。

 どうやら、仕事に入ると切り替えが利くタイプらしい。彼女は従来どおりのはきはきとした口調でジュンハクに語り掛ける。

『ファイネリオンの電磁波兵器は幾つかのステップを踏まないと使用できない。艦内部の発電機をほぼ全てフル稼働させるのだから、それは当然ね。そして攻撃範囲にも限界がある。公式なスペックでは半径八十キロ圏内をすっぽり覆い尽くせるらしいのだけれど。それはゲイルローダーの「道」を用意する必要が無ければ、の話なの。実際には出撃しているゲイルローダーの磁気嵐が干渉して、そこまでの広範囲はカバー出来ない。だから私達は、極力ファイネリオンが電磁波兵器を使用しなくて済むように作戦を遂行する必要がある』

「要は、その兵器を使う必要が無いくらいに俺達が活躍すれば良いんだろ?」

 ざっくばらんに言ってのけるジュンハクに、通信機の向こうのヴァルツはあからさまな溜め息をつく。

『あんたねえ……もう少し考えてから物を言いなさいよ』

 なんだと、という言葉がジュンハクの口から漏れ出る前にヴァルツは話を続けた。

『さっきの戦闘で学習しなかったの?確かにゲイルローダーの行動力は無限に近い。だけどそれはファイネリオンが発する磁気嵐のサポートを受けた状態での事。ゲイルローダー単体での戦闘能力だけでは、勝利する事は出来ない』

(この艦を、守ってるのは、この艦、なんだよ)

 つい昨日の事を思い出すジュンハク。頭を振って言葉を拭い去る。

『だけどそのゲイルローダーの戦闘能力を飛躍的に向上させる方法がある』

 ジュンハクには、ヴァルツの言わんとしている事が分かっていた。

「二機一組でのチーム戦、か」

『そういう事。ゲイルローダーの性能を限界まで引き出す為には、パイロット同士の連携が必要不可欠なの』

 ヴァルツの言葉の直後、ジュンハク機のモニターには訓練用ミッションと、それを攻略する為の作戦プランが表示された。

 作戦プランはヴァルツが作成したものだ。

 ミッションに出現する敵の分布やその行動パターンを予測した上で、様々な情報が提示されている。

 こちらが出撃してから何分経過すれば敵と遭遇するのか、何分以内に仕留めなければならないのか。

 緻密な計算を元に一秒一秒を細かく区切るようにして定められた作戦プラン。

 作戦は一つだけではない。

 表示される情報の数が多過ぎて、ジュンハクは一瞬混乱しそうになる。同時に、彼はヴァルツの思慮深さに感心した。

 戦場に出るという事は生半可な事ではない。ヴァルツから送られてきた情報が暗に語る。

 混乱を振り払って、ジュンハクは目の前に提示される情報に目を通していく。

 こちらと敵とが正面から遭遇するパターン、敵がファイネリオン目掛けて攻撃するパターン。

 そのパターンに合わせての多種多様な対策行動が、ヴァルツの作戦プランには盛り込まれていた。

(これ全部自分で作ったのか?……すげえ)

『作戦内容は把握出来たわね?じゃあ、訓練のQの二十八を選択して。作戦プランAを採用するわ』

 作戦プランA。操縦技術の優れたヴァルツ機が敵機の撃墜、ジュンハク機がそのサポートを務めるという内容だ。

 それだけ聞けばとてもシンプルな内容だといえるが、実際に動き回る側がしなければいけない事は多い。

 ジュンハクはヴァルツ機の通る『道』を用意しなければならない。道の制御方法は複雑だ。

 オートモードも存在するが、それだとどうしても柔軟性が損なわれる。

 オートモードはどうしてもサポートが出来ない時以外は使用するな、とヴァルツは言っていた。

 実際、先程の戦闘ではジュンハクは道の制御をオートモードに頼っていた。結果があのザマだ。苦味を思い出すジュンハク。

「了解だ」

 短く告げて、ジュンハクはコンソールを叩く。戦闘パターンを選択して、ジュンハクは軽く息を吐く。

 モニターには『READY?』の文字。頭の中で作戦内容を反芻する。同時、緊張がジュンハクに纏わり付く。

 瞼を閉じて、もう一度息を吐く。今度は少し長めだ。それから数秒経過してようやく、ジュンハクは画面を睨みつける。

『「ミッションスタート」』

 今まで格納庫の風景を映し出していたガラスが、今度は宇宙を描き出す。限りなく本物に近い、偽物の宇宙。

『初めの内はあまり艦から離れず、道をしっかりとその目で見ていて』

「わ、分かった」

 言いながら、ジュンハクは思わず足元のペダルを踏みそうになる。気が逸っている証拠に気が付いて、足を離す。

 敵機を早く撃墜しようと焦る心をどうにか静め、ヴァルツの指示通り艦の傍から動かずに、周囲の道を把握する事に専念する。

 今の所大した変化は無い。所々穴の開いた道であるが、それでも十分平坦であるといえよう。

 少なくとも先程の実戦でジュンハクがはまったような、致命的な欠陥は見当たらない。

『敵が近付いてきたわ。道の変化を見極めて』

 数分間哨戒行動を取った後で、通信機から声。敵?ジュンハクはモニターの端にあるレーダーを見る。

 敵機との距離はまだ遠く離れている。たとえ音速に近い速度で飛行しても暫く敵の姿など見えないだろう。

 確かにゲイルローダーの機動力ならば音速を突破する事は容易い。

 しかしそれだけの速度を出すという事は敵機目掛けて突撃を仕掛けるようなものである。

 彼女の性格を考えればそんな行動を取るとは思えない。

 だからジュンハクはヴァルツの指示通り、ゲイルローダーの前方に伸びる道に意識を集中する。

 時折視界に入ってくるレーダーを見る。敵機はまだ遠い。

『来たわ!』

 だがヴァルツは声を大にして警告する。何事かと驚いたジュンハクは、慌てて『道』の状況を確認する。

「――っ!?」

 そこで彼の顔はもう一度驚愕の色に染まった。

 今まで平坦だった筈の道が、蛇行して、穴を穿たれて、極端な悪路へと姿を変える。

 一体何が起きたのか。理解が及ばないジュンハク。そうこうしている内にも道はどんどん荒れていく。

「ジャミングよ」

 ヴァルツ機のコックピットには、一見しただけでは理解できない様々な情報が提示されている。

 彼女はその全てを把握し、また持ち前の直感を頼りにそれらの情報を武器へと変えていく。

 断続的に姿を変えていく目の前の道を見失わないように、ヴァルツは細心の注意を払って飛行する。

 数秒前まで道が用意されていた宇宙空間が、突如として落とし穴に変わった。

 ヴァルツはその罠を巧みに避けていく。磁気嵐の流れを正確に把握して、次の道を確保する。

『こちらの放つ磁気嵐に敵が干渉しているの。道が突然消えたりするのはその所為』

「そ、そういう事だったのか……」

 通信機の向こうから、ヴァルツの声。どうりで上手く立ち回れない訳だ、とジュンハクは素直に納得する。

『他にも色々レクチャーする事はあるけど、それは後で教えるわ。今はまず、このミッションをクリアする事。良いわね?』

 ヴァルツ機から送信される多種多様な情報の数々。あまりの物量に一瞬目が回りそうになるが、なんとか飲み込んだ。

「――了解っ!!」

 そして威勢の良い掛け声。

 やりたい事が決まっていて、やるべき事が明確になっている。心地良い感覚だった。向上心が湧き上がる。

 その向上心を最大限に活用して、ジュンハクは次々に直感でしか得られない情報――戦場の空気を感じ取っていく。

 そうして、ジュンハクとヴァルツのミッションが始まった。


「上手い!良い感じに道が伸びてるわよ!」

 二人の息がぴったり合って、お互いが思い通りに動ける瞬間。


「わ、悪ぃ!よそ見してた!」

 逆に呼吸が乱れて、お互いに足を引っ張り合う瞬間。


 そんな瞬間を何度も何度も重ねていく。訓練が始まってから、かなりの時間が経過していた。飲まず食わずの状態で、だ。

 それでも二人のモチベーションは減衰する事を知らず、逆に時を重ねれば重ねる程に力を増していった。

 気が付けば『Q』の二十八で始まったミッションは、最終段階目前の『V』にまで達していた。

 ヴァルツの的確な戦術プランもさる事ながら、それにしっかりと追従するジュンハクの技量。

 初めの内は自分の機体を道に乗せる事すらまともに出来なかったジュンハクは、今や他人に道を用意出来る程になっていた。

 ヴァルツの方にしても、本人も気が付いていないが、明らかに熟練度が上がっている。

 ゲイルローダーは二機で一組。チーム戦においてこそ、その真価は発揮される。

 当たり前の知識としてただ記憶していただけの情報が、確かな存在感を持って現れ始めた。

 だからだろう。

 見当違いの方向からの攻撃を回避できたのは。

「――ッ!?」

 パートナーの他にはAIしか存在していない筈の空間に、突如として異物が現れた。

 ほとんど本能的な感情に従い、ヴァルツは操縦桿を思い切り倒す。磁気嵐の道から外れそうになるが、そこはジュンハクがカバーした。

 翼すれすれの所を、レーザーが通り抜けていく。

 そのレーザーには見覚えが、というより、その光はそのままゲイルローダーの放つ光線そのものだった。

 つまりは、そういう事だ。

「レヴ=ロミナス!」

 ジュンハクは攻撃の飛んできた方向を見て、その先に居るであろう相手の名を叫ぶ。

 案の定、その先にはゲイルローダーの姿。ヴァルツのものではないという事は明白だった。

『ちっ、避けやがったか』

 通信機から、ジュンハクが睨みつける機体のパイロットと思しき男の声が聞こえてきた。

 ジュンハクよりも年上ではあるようだが、ジュンハクが予想していた人物の声とは違った。

「レヴ=ロミナス……じゃない?」

『隊長じゃなきゃ、お呼びじゃないってか?』

 声はすぐに返ってきた。レヴの事を隊長と呼んでいる辺り、彼の取り巻きの一人なのだろう。

 レヴ=ロミナスであろうとなかろうとお呼びでない、というのはジュンハクとヴァルツ共通の見解だった。

「また俺達の邪魔をしに来たのかよ!揃いも揃って暇な奴らだな!」

 叫びながら、飛んできたミサイルをフレアで撃ち落す。

 同時、ジュンハクは自分の周囲に磁気嵐を誘導する。ヴァルツの行動範囲にも気を配る。

『暇なのはお前らも同じだろ。こんな所でごっこ遊びしてるなんてよ』

「遊びじゃねえよ!お前こそ何しにきやがった?!」

『どけよ。用があるのはそっちの女の方だ。なあ、死神女?』

「……っ」

 下卑た口調でヴァルツの事を死神と呼ぶ男に対して、ジュンハクは感情を剥き出しにする。

「上等だ!売られた喧嘩、買ってやろうじゃねえか!てめえらのボスごとまとめてぶっ飛ばしてやるよ!」

『隊長の手をわずらわせるまでもねえ、俺一人で十分だ!ここで引導渡してやるよ!死神女ぁ!!』

 言って、男はゲイルローダーに搭載された武装を展開する。

 まるでショットガンのように、無数のレーザーがゲイルローダーの機首から発射される。

 まともに命中すれば、撃墜もしくは大破は免れられないだろう。

『……何っ!?』

 しかし、そんな危険な攻撃の中、ジュンハクとヴァルツは危なげなくそれを回避していった。

 まるでレーザーの軌道が見えているかのようだ。当然、発射された後のレーザーを見切る事は不可能に近い。

 その不可能に近い挙動を二人は難なくこなしていく。

 理由など考えるまでも無い。先程までの訓練が、確実に二人を成長させていたというだけの話だ。

『くそっ、当たれ、当たれよおい!』

 男の声に多量の焦りが混じり合う。どうしようもない程焦るが、当たらない攻撃をがむしゃらに繰り返すだけで成果は上がらない。

 ――こうなったら、接近して至近距離から確実に撃ち抜く。男はそう考えた。

 今磁気嵐が伸びている方向目掛けて一直線に加速する。ヴァルツの機体が目前に迫る。

 ――当たる。男はそう確信して操縦桿の上にあるスイッチに手を掛ける。そこで。

「――っ!?」

 がくん。月並みな衝撃が、男の機体を襲った。

 何事かと思って周囲を見渡すが、モニターに移るのはなんて事の無い、偽物の宇宙だった。

 そう。磁気嵐の存在しない、真っ黒の宇宙だ。

「しまっ――!?」

 男は慌てて操縦桿を引き戻す。だが、遅い。気が付けば、目の前にはジュンハクの駆るゲイルローダーが。

 目を丸くして驚いた次の瞬間、男の目の前には『MISSIONFAILED』の文字。

「負け……た?」

 操縦桿から離れた手が、行き場を失う。

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