第二章~6~
6
「ご苦労様。でもわざわざ報告しに来てくれなくても良かったのに」
戦闘終了の旨を伝える為、ジュンハクはパイロットの第二詰め所にやってきていた。
彼のすぐ目の前には、軍服を正しく着こなした、ジュンハクよりも三つ四つ程年上の少女。
すらりと伸びた背が印象的な彼女は、今日赴任したばかりの機動兵器隊長シュトリーペ=ロナだった。
戦闘結果についてはゲイルローダーから自動的にレポートが送信される仕組みになっている。
なので、本来ならばジュンハクはここ第二詰め所に立ち寄る必要が無かったのだが……。
彼女はジュンハクに真っ直ぐ向き合って、彼の目を真っ直ぐに捉えてジュンハクに問い掛ける。
「……と、どうやらそれだけではないみたいね。何なら、あなたの悩み事を言い当ててみましょうか?」
年上の女性だからなのだろうか、悪戯っぽく笑ってみせるシュトリーペ。
よしてくれ、というニュアンスのジェスチャーを行って、ジュンハクはそれを跳ね除ける。
「じゃあ、あなたの口から直接聞かせてもらいましょうか。何があったの?」
彼女の問い掛けに、ジュンハクはすぐには反応できなかった。暫く押し黙った後、溜まっていた言葉を吐き出す。
「俺、最低な事言っちまった」
誰に、とは問わなくても、シュトリーペには予想が付いていた。
「何て言ったの?」
この疑問に、またジュンハクは黙り込む。その沈黙には詰め所の受付である女性も耳をそばだてていた。
やがて意を決したように、ジュンハクは言い放つ。
「死神と一緒に出撃してたら命が足りない、って、……言ったんだ」
台詞を言い終えると同時、ジュンハクは拳を硬く締めた。怒りの矛先は、自分に向いている。
そうしなければ、自分にはこんな相談をする資格は無い。そう判断したからだ。
ジュンハクの言葉に対して、シュトリーペはわざとらしく、あからさまな溜め息をついた。
「ヴァルツが怒るのは当然ね」
「だけど、俺は」
「言い訳なんて通用しないわよ。あなたも一人の人間なら、自分の言葉には必ず責任を持つ事。つい口走った事だとか、心にも無い事だとか、そういう言葉で誤魔化せるなら人間苦労しないわ」
シュトリーペの言っている事は真理だった。ヒトが言葉を用いる以上、それは仕方の無い事だ。
ジュンハクはその言葉をしっかりと受け止める。受け止めた上で、次のステップに進んだ。
「違うんだ。俺はただ、あいつに謝りたいだけなんだ」
「だったら謝れば良いじゃない」
「……なんて言えば良いのかわからない」
「何を言えば良いのか、それを考えるのがあなたの義務よ」
シュトリーペはあくまで、ジュンハクが自ら答えに辿り着く事を促そうとしている。
元より覚悟をしていた筈のジュンハクだったが、彼はここでもう一度黙り込んでしまう。
シュトリーペは再び分かり易い溜め息をついて言う。
「それに、謝って許して貰えるとは限らないわよ。その場合、あなたの行いは只の自己満足にしかならない。それだけに止まらず、余計に彼女の事を傷つける可能性だってある」
ジュンハクは理想的な、それ故に完全とは言い難い解答を示した。
「もう傷付けない。今度は絶対に」
余りにも真っ直ぐなジュンハクの言葉に、シュトリーペは目を丸くする事しか出来なかった。
「……あはははは!」
暫くの沈黙を挟んでから、シュトリーペは周りの目も気にせず笑い転げ始めた。
ジュンハクはむすっとした表情になって文句を垂れる。
「……笑うなよな、人が真面目な話してんのに」
「ご、ごめんなさい!そういう意味じゃないのよ!ただ、細かい所があの人に似てるんだなあ、って」
あの人?そういえば昨日も同じような台詞を聞いたが、それが何を指しているのかジュンハクには分からなかった。
「……ふふ。本当は黙っておこうと思ったんだけど、そういう事なら話しても良いかしらね」
「え?」
シュトリーペはまた悪戯っぽく笑うと、意表を突かれたジュンハクの顔を真っ直ぐに見据えて言う。
「さっきの戦闘の後、ヴァルツ中尉が私の所に来たの。あなたの事で話がある、って。彼女、何を言ったと思う?」
その問いへの正解を、ジュンハクは思いつく事が出来なかった。答えを求めて、ジュンハクは問う。
「……なんて言ったんだ?」
「『アストロハーツ少尉に謝らなければいけない』ってね」
「……え?」
意表を突かれ、更に予想外の解答を提示されて、ジュンハクの中の時間が止まる。
――ヴァルツが俺に謝りたい?ジュンハクは訳が分からなくなった。謝るのは自分の方だ、とばかり思っていたからだ。
ぽかんとした表情のままただ突っ立っているジュンハクの、その反応を楽しみながらシュトリーペは言う。
「『パートナーに対して酷い事を言ってしまった。何か良い言葉は無いか』と言っていたわ。『あなたを死なせたくない』ともね」
何を言っているのだろうか。暴言を吐いたのはジュンハクの方だ。
ジュンハクは、目の前の少女の言葉の意味を取り違えたのではないか、と自分の記憶を探る。
思わずシュトリーペを凝視してしまうジュンハク。彼女は一瞬だけその視線に顔を引きつらせた後で彼に語り掛ける。
「もう傷付けない。その意思があなたにあって、その思いが本物だと信じるなら、取るべき行動は一つ。そう思わない?」
「……ありがとう隊長!俺、今からヴァルツの所に行ってくる!」
それだけ告げると、ジュンハクはすぐさま詰め所の出口へ向かって駆け出した。
受付の女性が声を上げて彼の行動に驚いた事も気に留めず、ジュンハクは一直線に走り始めた。
「ふふ。本当に、あの人そっくりだわ、あの子」
何か懐かしいものを見る目で、シュトリーペはその様子を見守っていた。
と、今まで傍観しているだけだった受付の女性がシュトリーペに話し掛ける。
「守秘義務違反ですよ、隊長。今の情報が重要機密だったら、軍法会議ものです」
と言った受付の女性の言葉は硬いが、表情は柔らかかった。どこか楽しげであるようにも感じられる。
シュトリーペはおっと、とでも言いたげに口元を隠すと、またにこやかな顔でジュンハクの向かった場所を見やる。