第二章~5~
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「ようっ、生意気なガキ。初めての遊園地はどうだったよ?なんか面白いアトラクションはあったか?ん?」
ゲイルローダーを降りるなり、そこにはレヴ=ロミナスの姿があった。
ここはゲイルローダーの格納庫だ。金属の箱の中に、レヴの声が反響する。
どうやらここでジュンハクの帰艦を待っていたらしい。にやついた表情に、へらへらとした口調。
全部をひっくるめて反吐が出そうな状況であったが、生憎ジュンハクにその余力は残っていなかった。
彼は仕方無く、レヴの存在を無視して通り過ぎる事にする。
「ありゃ。どうした、お化け屋敷にでも間違えて入っちまったのか?」
しかしレヴはジュンハクが取り合わないのも気にせず、ジュンハクの後を追いながら一方的に言葉を投げ掛け続ける。
ジュンハクはずっと俯いたまま。そのまま格納庫の外へと出ようとした時、先程までとは少しトーンの違う声が聞こえた。
「守ろうなんて考えんじゃねえぞ」
その声が余りにも特徴的だったからだろうか、ジュンハクはその言葉で足を止める。レヴの話は続く。
「お前が守ろうとしてる物はまやかしだ。後で気付いたんじゃ遅いから、今の内に言っておいてやる。悪い事は言わねえから、パイロットなんてさっさと辞めちまえ」
「……、」
この忠告に対しても、ジュンハクは何も応えなかった。背後で、自動ドアの閉まる音。
「私からも言わせて貰うわ。早くゲイルローダーから降りなさい」
扉を閉める事で音声を遮断しようとしたジュンハクであったが、その行動は無駄に終わった。
俯いていた顔を上げ、目の前の人物に焦点を合わせる。そこにはヘルメットだけを外したパイロットスーツ姿のヴァルツが居た。
彼女は壁にもたれかかりながら腕を組んで、鋭い目つきでジュンハクの顔を睨みつけている。
「何だ、聞いてたのかよ」
「あなたでは、この先の戦闘を生き残る事は出来ない。死にたくなければパイロットを辞める事ね」
ヴァルツの言葉に、ジュンハクは辛うじて反応出来るかどうかといった、僅かばかりの気力を手に入れる。
「俺の事なら心配は要らない。次の戦闘では必ず――」
「あなたの心配なんてしていないわ。ゲイルローダーとそこに搭載されるエネルギーと弾薬を無駄遣いしないで、と言ってるの。
資源は有限なの。それに、あなたに次は無い」
ヴァルツの言葉の意味が理解できない程、ジュンハクは無知ではなかった。
しかし、彼はどうしてもその言葉に納得する事は出来なかった。だから反論する。僅かばかりの気力を削って。
「次ならあるだろ。俺はまだ生きてる。敵が現れれば、俺にもまた『次』が」
「私の方からシュトリーペ隊長に連絡しておくわ。あなたは使い物にならない、ってね」
冷たく突き放して、ヴァルツはこの場から立ち去ろうとする。
その言葉と共に、ジュンハクは頭の螺子が弾け飛ぶ音を聞いた。
「……そうだろうな。死神と一緒に出撃してたんじゃあ、命が幾つあっても足りないもんなあ!!」
ぱちん!!
ジュンハクの顔に、容赦の無い平手打ちが飛んだ。
破裂音が鼓膜を揺らし、三半規管を一時的に麻痺させ、彼の身体が大きく傾く。それらが衝撃の大きさを物語る。
冷静に考えてみれば、当たり前の反撃だ。何故こんな醜い罵り合いになったのかくらい、誰にでも分かる。
そしてこの展開を回避する事だって、簡単に出来ただろう。頭の螺子が、正常に働いていたならば。
「……、」
彼女は、一言も語らなかった。何も語らないまま、まっすぐ後ろを振り向く。彼女は今度こそジュンハクの前から姿を消した。
何故何も語らなかったのか、何故顔すら見せずに立ち去ったのか。そんな事くらい。そんな事くらい。
がん!!
彼女が立ち去った後、ジュンハクは真横の壁を思い切り殴りつけた。拳の骨が軋み、激しい痛みを発する。
「最低だ、俺」
その痛みが偽物である事は分かっていた。本物の痛みは、きっと彼女の心が。
そう遠くない日のデジャヴを味わった。苦い。ただひたすらに、苦かった。