第二章~4~
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ジュンハクと、彼に牽引されてきたパイロット達が格納庫に到着した。
が、引き連れてきたパイロット達の存在はどうやら無駄に終わったらしい。
配属されたばかりでパートナーとなるパイロットがまだ決定していないのだ。
超弩級戦艦ファイネリオンの主要戦闘機ゲイルローダーは、超弩級の名に恥じぬ高いスペックを誇っている。
火力、機動力は元より装甲の厚さや索敵性能、操縦性から緊急時におけるパイロットの生存確率まで、全てが高い水準にある。
その為、この戦闘機は一つの小隊に必要な機体の数が極端に少なくて済むという利点を手に入れた。
たったの二機で、この機体は戦闘において他の航空・航宙機を圧倒するだけの力を保有している。
しかし逆を取れば、そこまで高性能に改良された機体であっても単独での戦闘行為は危険なのだ。
他の戦闘機で他の編成を繰り返し繰り返し実験を重ね、最も戦術的に有効な編成が、ゲイルローダー二機による一組の小隊。
この辺りが技術的な限界点であり、また搭乗するパイロットにとっても最適なラインなのだ、と軍学校の指導者は説いていた。
(他のパイロット達は動けない。俺がやるしかないってか)
そんな中、昨日の段階でパートナーが決定していたジュンハクだけが例外的に今回の作戦への参加が許された。
拳を胸に当て、自分が他の人間を守るんだ、と胸の内で決心するジュンハク。
手早くパイロットスーツに着替え、ヘルメットを被る。エアーが漏れ出ていないかの確認は、忘れていた。
今はそれどころではないと判断し、急ぎゲイルローダーに乗り込み、通信回線を開く。
「ヴァルツ、……中尉!もう準備出来てるか!?」
呼び捨てにしそうになったところでなんとか階級を間に合わせ、確認を取ろうとするジュンハク。応答は即座に返ってきた。
「当たり前でしょ。あなたの方こそどうなの?」
「俺ももう終わってる!いつでも出撃出来るぞ」
各種兵装、スラスターやセンサーの調子がオールグリーンである事を確認するジュンハク。
操縦桿を手に取る。パイロットスーツの中の手を濡らす、緊張の汗。背筋を冷たいものが通り抜ける。
(ああ、もしかしてビビッてんのか?)
つい先程交わした会話が脳内で勝手に再生される。ぎり、と奥歯を噛み締める音。
実際、その言葉は半分程度当たっていた。ジュンハクはそれを認めたくなくて、必死に抵抗する。
操縦桿を握る手に更なる力を送り込む。その力みが彼の心を奮い立たせた、のかどうかは分からない。
『敵機の更なる接近を確認!本艦は只今を持って第一種戦闘配備に移行する!』
繰り返す、という言葉の後に同じ文章がもう一度読み上げられる。
――第一種戦闘配備。つまり、それは一人の兵士として戦場に出撃する事が決定した証。
物々しい雰囲気と共に、メカニックと思しき人工知能搭載型のマシンが慌しく走り回る。
戦場。喉の奥がひりつく。戦場。手の震えが収まらない。戦場。悪魔に魂を差し出す感覚。
(ビビってるんじゃない、武者震いしてるんだよ!)
それら全てを拭い去ろうと、ジュンハクは心の中で自分に喝を入れる。視界が少しだけクリアになったように感じられた。
『ゲイルローダーをカタパルトにセット。一分後より順次出撃してください!』
オペレーターの女性の声。その声で、ジュンハクの神経が更に鋭く尖る。後一分。心の用意をするには不十分な時間。
格納庫の床面が開き、そこからベルトコンベアが顔を覗かせる。機体が固定され、次に前方の壁面が割れていく。
そこには出撃の際に初期加速を行う為のカタパルトが存在していた。それはジュンハクを戦へと駆り立てる装置。
オペレーターの指示通り、カタパルトにゲイルローダー本体がセットされる。
ジュンハクは前方の壁を凝視する。この隔壁の向こうには、宇宙空間が、戦場が広がっている。
そこはジュンハクにとって未知の領域。何が起こるか予測出来ないし、安全が保障されている訳でもない。しかし。
『アストロハーツ少尉』
「……ん?」
『死なないでね』
ヴァルツ=ルナライト中尉のその呟きが、ジュンハクの心にもう一度闘志を湧き上がらせた。
今度こそ確実に、操縦桿を握るジュンハクの手の震えが収まった。
(何を怖がる必要がある。俺は自分の使命を果たしに行くんじゃねえか。こんな事でがたがた言ってんじゃねえよ!)
モニターに表示される『READY?』の文字。ジュンハクは迷い無くコンソールのキーを叩く。
(守るんだよ、皆が暮らすこの艦を、仲間を!)
ここに、少年の戦いが幕を開けた。
「……ぐぅぅっ!!」
ゲイルローダーに接続したカタパルトが、コックピットのモニターに『GOODLUCK』と示した。
だがジュンハクにそれを視認する余裕は無かった。電磁式のカタパルトによって、機体が急加速を迫られたからである。
全身を襲う強力なG。強烈な圧迫感に、思わず吐き気が込み上がる。なんとか押し戻した。
「はぁっ、はぁっ……!」
初期加速を終えて機体が安定航行に入る。それと同時、パイロットスーツの胸部に当たる部位が点滅した。
スーツに備わった生命維持装置の一つだ。ジュンハクの脈拍が変化した事をセンサーが感知したらしい。
すぐさま、精神安定剤の役目を担う薬液がジュンハクの頸部に塗布される。
『ゲイルローダーの航行速度が半端じゃないのは知ってたでしょ。この程度で動揺しないで』
通信機から聞こえてくる、ヴァルツの冷たい声。
「へっ。上等上等……っ!」
その声に僅かばかりの活力を貰って、ジュンハクはなんとか重たい頭をもたげ、目の前の出来事に集中する。
「――、」
彼の視界を、宇宙という領域が支配する。
真っ黒の空間に浮かぶ無数の星々。その間を埋め尽くす、またも真っ黒の空間。そしてまた、星、星、星。
あまりにも広大で、あまりにも雄大な景色。目に映るのは様々な色の光と単色の闇。
この世界を創造した者を神と呼ぶのならば、まさしく神の造り出した夢幻の絵画。これ以上の言葉は存在しない。
少なくとも、実際に宇宙に出た事の無いものにとっては。
「これが……宇宙」
ジュンハクは思わず呟いていた。
今まで何度か宇宙空間を垣間見る機会はあったものの、実際に宇宙空間に放り出されたのはこれが初めてだ。
その感動は言葉では到底言い表せないし、ジュンハクにはそれだけの余裕が無かった。
『いつまでぼーっとしてるつもり?もう戦闘は始まっているわよ!』
ヴァルツの声で再び視界が色彩を取り戻す。目の前のモニターの隅に表示される広域レーダーに映る、無数の敵影。そう、敵影である。
ジュンハクは再確認する。ここが戦場で、自分は一人の兵士なのだ、と。
(そうだ、何をぼーっとしてやがる。目の前の敵を倒すのが俺の任務じゃないか!)
頭を振って雑念を振り払う。パイロットスーツの空調機能をいじって、冷たい風を送る。思考をよりシャープなものに切り替える。
ジュンハクはゲイルローダーのエンジンを吹かして、まだ見ぬ敵を探し航行速度を上げる。レーダーが示す敵影まで一直線に、だ。
その動きを察知したヴァルツが、新入りの無謀な行動を見て叫ぶ。
『ちょっと、飛ばし過ぎよ!少しは考えて行動しなさい!』
「うおおおぉぉぉぉぉ!!」
制止を求めるヴァルツの声を無視して、ジュンハクはただ雄叫びを上げる。
高い機動力を誇るゲイルローダーが一気に加速する。
しかし、両翼に備えられたスラスターは殆ど炎を燃え上がらせない。
高機動戦闘機ゲイルローダーの推進システムは、ロケットエンジンのみに頼っている訳ではない。
ゲイルローダーは超弩級戦艦ファイネリオンから発せられる磁気嵐に乗って移動しているのだ。
技術は遥か彼方の時間から数段も数十段も進歩しているが、基本の原理はリニアモーターカーと同じだ。
(『道』は良い感じに伸びてる!これなら敵まで一直線だぜ!)
その磁気嵐をセンサーによって捕捉し、光学的な処理を踏まえてモニターに『道』として表示する。
パイロットはその道に自らの機体を乗せて宇宙空間を移動するのだ。
また、戦闘機がその磁気嵐を通り抜ける力を利用して、ゲイルローダー本体の電力事情もいっぺんに解決されている。
これにより、ファイネリオンの周囲であればほぼ無限に作戦時間を引き伸ばす事に成功している。
だが。
「――!?」
がくん、といういきなりの衝撃。加速状態にあったジュンハクの身体が前方につんのめる。
シートベルトに圧迫されて咳き込むが、今重要なのはそこではなかった。
機体のスピードが目に見えて低下していた。先程の加速時と比較すれば、それは停止しているようにも見える程だ。
まさか、と思い全天式のモニターを身体毎捻って見渡す。
気が付けば、ファイネリオンの示す『道』から大きく外れてしまっていた。
そこでジュンハクはもう一度、まさか、と我が目を疑った。
先程まで真っ直ぐ伸びていた筈の磁気嵐が、突然姿を変えていたのだ。
磁気嵐が指し示す道はいつの間にか蛇行していて、ジュンハクはその蛇の身体と身体の間に紛れ込んでしまっていた。
「くっ、だったらもう一度道に乗り直せば!」
ジュンハクは第二の動力として存在しているロケットエンジンを起動させる。
翼のスラスターが初めて炎を吐き出して、今までとは異なる挙動で機体を動かし始める。
「うっ、うわあぁぁああぁ!?」
思わず叫び声をあげるジュンハク。ロケットエンジンによる飛行は、これが初めてという訳ではない。
初めの内は何度も何度も磁気嵐の道から外れて、よく教官に注意されていたものだった。
しかしシミュレーターに慣れた、いや、過ぎた所為でいつしかジュンハクはロケットエンジンによる航行法を忘れてしまっていた。
それに付け加えて、急にエンジンを起動させた事による強力なGが彼の身体を揺さぶる。今度は横方向の力だった。
「あの馬鹿!ちっとも乗りこなせてないじゃない!」
ゲイルローダーのコックピットの中で、ヴァルツが呆れ混じりの声をあげる。
彼女の言葉通り、ジュンハクの行動は馬鹿と罵られても仕方が無かった。
思わず、今まで死んでいった過去のパートナーの、その死に際の記憶が蘇る。
――死なせる訳にはいかない。私が守らないと。
と同時、瞬時に脳裏を走り抜ける言葉の数々。それが行動に変わるまで数瞬の時間も要らなかった。
「落ち着きなさい、アストロハーツ少尉!機体の安定を保つ事に全力を集中するのよ!」
ヴァルツが呼び掛けるが、通信機の向こうからは叫び声しか返ってこない。
――このままではまずい。出鱈目な方向に進もうとしているジュンハク機。敵との遭遇まであとほんの僅か。
否。気が付けば、ジュンハクの視界は既に黒に染められていた。
「――ッ!?」
初めジュンハクはその黒を宇宙の黒であると認識していたが、すぐにそれが間違いだと気付いた。
それは異界の色。少なくともそれは、この宇宙に存在する色ではない。何故か、ジュンハクはそう思った。
そしてその次の瞬間には、黒は実体を持ってこの宇宙に出現した。
更に次の瞬間、その黒は顎を大きく開き、黒色の牙を剥いていた。何をしようとしているのかなど、考えるまでもない。
(く、喰われる――っ!)
ジュンハクは思わず目を瞑った。色々な感情が脳裏を駆け抜けていくが、ジュンハクにそれを捉える余地は無い。
それと同時、ヴァルツはゲイルローダーを最高速度まで加速させた。
――死なせる訳にはいかない!
想いは行動に変わって、即座に彼女の身体を動かす。ジュンハク機と彼の目前に存在する敵との距離は無いに等しい。
この状態で敵を撃墜しようとすれば、ジュンハク機にも被害が及ぶだろう。それでも。
(やるしかない。私はもう、目の前で誰かが死ぬ所なんて見たくないのよ!)
それでもヴァルツは窮地のジュンハクを救う手段として、敵機の撃墜を選んだ。
どう足掻いても、一度道を外れてしまったゲイルローダーが正常に飛行出来るとは考えられない。
撃たなければ、また彼女は同じ事を繰り返すのだろう。ヴァルツの思考回路に流れ込む過去の映像。
どれも全て覚えている。忘れるものか。彼女は強く念じる。
操縦桿を握りなおす。己の腕を信じて、敵機のみを撃墜しようとする。
手が震えるのを無理矢理に押さえつけ、ターゲットをロックした。
(お願い、当たって!)
少女の願いは、思わぬ形で実現する事となった。
「『あれ』はもう使えるのかね?」
巨大戦艦ファイネリオン内部の広大なスペースに、声が響き渡る。何度も何度も反響する声。
それもその筈、この空間には遮蔽物となる物体が存在していないのだ。ただのだだっ広い空間に、人が立っている。
照明の類が全く配置されていない。宇宙の黒とはまた異質な、閉塞した色。
黒の空間に浮かぶ人影は、何処に居るとも知れぬ相手に対して問い掛ける。応答はすぐに返ってきた。
「システム自体は生きていますが、まだ実用段階には程遠いでしょうな」
その答えは予想の範囲内だったのか、暗闇を漂う人影はそうか、と一言だけ呟いた。
「しかし、いささか性急過ぎはしませんか。せめて『彼』の力を見極めてからでも遅くはないのでは」
問い掛けられた事に対して、暗闇の人影は、ははは!と甲高い笑い声をあげた。
声そのものは若い、というよりは幼い少年のものであったが、その声は何処か得体の知れない重圧が存在していた。
「確かに、私に与えられた時間は無限だ。しかし、私以外の人間、人類には時間が無いのだよ。彼がこの宇宙に現れた時から、既にパンドラの箱は開かれている。ならば、一刻も早く希望を掴みたいとは思わんかね?」
同感です、と短く応えて、それから何処に居るとも知れぬ人物は暗闇から立ち去った。
暗闇に一人取り残された人影は大きく両腕を広げると、すぐさまその腕を縮めて黒の空間を抱き締める。
「私が待ち焦がれた千年。千年待ってようやく、この好機に恵まれたんだ。これを逃そうものならバチが当たる。
ああ、待ち遠しい。待ち遠しいなあ。『彼』の思い描いた宇宙とは、どんなものなのかなあ!」
その言葉を最後に、何処へとも知れず、人影は消え去った。
(生き、てる?)
自らの瞼が造り出した暗闇から抜け出したジュンハクは、周囲の様子を探る。
直前の記憶によれば確か、自分の目の前には正体不明の黒い敵が迫ってきていて、攻撃を受けようとしていた筈だ。
そこで直感的に、自分を助けてくれたのはヴァルツなのだ、と感づいた。無線機の向こうに居る彼女に話し掛ける。
「ヴァ……、中尉!すまん、助かった!」
『……私じゃないわ』
「へ?」
予想外の答えに、ジュンハクは気の抜けた声を零す。じゃあ、誰が、と考えようとした瞬間、通信機からまた声が聞こえた。
『ゲイルローダーの磁気センサーをよく見てみなさい』
磁気センサー?ジュンハクは言われるがままにモニターに目を移す。彼が目をまん丸にして驚いたのはその直後だった。
「な、なんだよこれっ!?」
磁気センサーからの情報を映し出す画面が、甲高いアラート音を全力で掻き鳴らし続けていた。
異常を察知したジュンハクは慌てて、センサーから溢れ出る情報をモニターに表示させた。
彼は、自分の機体に何のエラーが出ているのかなどといった情報を整理しなかった。
それよりももっと分かり易い変化が現れていたからである。
「……な、なんだよこの磁気嵐!濃度も範囲も滅茶苦茶じゃないか!」
モニターに表示されているのは、『DANGER』の文字。
ゲイルローダーに危険が迫っている事を知らせるメッセージだが、それよりもジュンハクは目の前の光景に驚いていた。
可視光線に変換された磁気嵐が、想像を遥かに上回る強力なそれに成り変わっていたのだ。
彼の目の前に展開される、強烈な磁気嵐。乱流と表現するべきか、濁流と表現するべきか、兎に角圧倒的なまでの存在感を誇る力。
その力が今彼らの居る戦闘エリア全体を覆い尽くし、あろう事かゲイルローダーそのものを飲み込もうとしている。
気が付けば、通信機は殆ど使い物にならなくなっていた。
辛うじてヴァルツとの通信は繋がっているようだが、他の隊との連絡は全く取れない状況にある。
エリアから敵機が消え失せた事も十分奇妙であるが、何より目の前に広がる磁気嵐が目下一番の珍事であるといえよう。
『落ち着きなさい。これはファイネリオンに搭載された兵器よ』
「兵器?」
『そう。ファイネリオンが特別なのは知ってるでしょ。艦内部には軍事施設だけでなく民間人の居住ブロックまで存在する。
それらの設備を稼動させるには、膨大な量の電力が必要なの。当然、発電機からは強烈な電磁場が形成される。
今のは、その電磁場を収束し指向性を高める事によって敵機を迎撃する為の兵器だったのよ』
彼女は自分の言葉を頭の中で分かり易く補足する。この電磁場は敵に対するバリアのような物なのだ。
更にこのバリアは、最大でファイネリオンの周囲約八十キロ圏内をすっぽりと覆い尽くす程にまで拡張する事が出来る。
その際にはゲイルローダーに被害が及ばないよう、機体自体がセイフティモードに入り電磁波を遮断する。
今回は広範囲をカバーする為ではなく、敵の迎撃という攻撃的な目的で使用されたようだ。
「……そ、そんな物があったのか」
『本当に何も知らなかったの?呆れた。それでよく軍学校を卒業出来たわね』
そこまで考え終わってからヴァルツは溜め息混じりに、本当に呆れた様子で言った。
明らかに人を馬鹿にした言葉。普段のジュンハクであれば即座に反撃している所なのだろうが……。
「……そんな」
だが、今の彼にそんな余裕は無かった。操縦桿を握っていた手から力が抜け、中途半端に宙に放り出される。
『ちょっと、どうしたのよ?』
(この艦を、守ってるのは、この艦、なんだよ)
ジュンハクは唐突に理解した。レヴ=ロミナスの言っていた事は事実だった。守るべきものに守られている矛盾。
「……俺が守るって決めたのに……!」
ジュンハクはその矛盾が悔しかった。それは何かを『守る』という強い使命感を持つ故の感情。
守りたかったものを守れなかった、と表現すれば、虚無感や無力感に少しだけ似ている。
『何を言っているのか分からないんだけど、とりあえずモニター見なさいよ。帰艦命令が出ているわ』
言われて初めて、ジュンハクはモニターに表示された文章を見つける。画面には『RETURN』とあった。
『ぐずぐずしていると置いて行かれるわよ。星間航行中でないとはいえ、ファイネリオンはとんでもないスピードが出るんだから』
「……、」
ジュンハクからの返事は無い。その理由がいまいち理解出来なかったヴァルツは、コンソールをかたかたと叩く。
途端、ジュンハク機がパイロットの意志とは関係無しに運動を始めた。
機首をほぼ半回転させたかと思うと、そのままの方向へスラスターを噴かす。
『オートパイロットモードにしたわ。とりあえず、悩みがあるなら艦に戻ってから悩みなさいよね』
二機で一つのチームを編成するゲイルローダーには、そんな機能も備わっている。
チームでの戦闘が醍醐味であり優先事項であるゲイルローダー。
当然、片方の機体がトラブルを起こしたりパイロットに異変が訪れた場合その戦闘能力は半分以下にまで低下する。
そんな場合は一度ファイネリオンに帰艦する事が最優先ではあるのだが、その途中敵の追撃を受けないとは限らない。
従って、片方の機体が戦闘を行う時は、もう一方の機体が無事な回路を使用してサポートを行う、という戦法が可能だ。
今回で言うならば、沈黙状態に陥ったジュンハクを、パイロットに何らかの異変が起きた、というケースに当てはめている。
ともあれ、ジュンハクは己の内の苦悩を抱えたまま、本来とは違う意味での無言の帰還を行う事となった。