第二章~2~
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「――宣誓!我々はこれよりこの軍服に袖を通し」
新入隊員代表の青年が、声を張り上げるようにして文章を読み上げる。
入隊式の会場はファイネリオン内部の居住ブロックにある広場で執り行われていた。
広場、といってもそこは超弩級戦艦ファイネリオン。頭に超弩級の名がつくほど広大な敷地を利用している。
式典に参加している人数は、ゆうに一万人を超えているだろう。
内、新入隊員はその一割にも満たない。四割程が現役の軍人。残りは軍部との関わりが強い企業の人間やら隊員の知人だった。
それら大勢の人間が集まる式の中にジュンハクは居た。
しかし、初めて軍服に袖を通した昨日のような気分ではない。
彼は心ここにあらずといった様子で、厳粛なムードで執り行われる式の様子を見ている。
(大丈夫だ。何も心配は要らない。俺は間違った道になんか進んでない)
まるで、というよりそのまま自分に言い聞かせるようにして心の中で念じるジュンハク。
そんな事を考えている間にも式は進行する。新入隊員代表が最後の口上を述べた。
次は現職軍人からの返礼。
軍部の実態を知ったジュンハクからすれば白々しいにも程がある、砕けた言い方をすればお堅い、規律の話。
きっと腐敗の温床に住まう彼らにとっては、如何に笑いを堪えるかという事が肝となる話であろう。
ジュンハクは彼らを囲む形で立ち並んでいる現職の軍人達に目を向ける。
そこにはつい先日第一詰め所で遭遇した男達も出席していた。
ジュンハクにとっては後になってから知った話だが、怠惰の海に沈んだ彼らも流石にこの手の儀式には参加せざるを得なかったようだ。
中にはヴァルツの事を死神女と呼んだ男の姿もあった。ジュンハクはそれを見つけて歯噛みする。
(俺はあいつらとは違う)
頭の中で浮かぶ昨日の出来事を反芻する。拳が自然に硬く握られた。
(守るべきものを持つ者と持たない者の違いを教えてやる。今に見てろ。俺は必ず、皆を守ってみせる)
目の前で行われた新入隊員のそれとは違う、ジュンハク独自の誓約。締めた拳を一度開き、もう一度握る。
「次に、機動兵器隊長交代の儀を行う」
その声で、ジュンハクの頭が切り替わった。どういう訳か、やけにはっきりと聞こえる声だった。
壇上に設けられた椅子から立ち上がる一人の男。今まで気が付かなかったが、そこには見覚えのある、忘れようの無い顔の男が居た。
レヴ=ロミナス。階級は中佐。今は無精髭を剃り落とし、軍服をしっかりと着こなしていた。先日の彼とはまるで別人である。
そして今この瞬間まで、機動兵器隊長の座に胡坐を掻いていた男、というのがジュンハクの脳で精製され蓄積された情報である。
敵対心すら感じさせる目つきで現・機動兵器隊長を睨みつけるジュンハク。
睨まれた本人がそれに気付く気配が無いのも、当然といえば当然だろう。
彼の目は次代の機動兵器隊長である人物の顔を捉えていた。ジュンハクより二、三歳程年上の少女。
名前は確かシュトリーペと言ったか。そこまで考えた辺りで、儀式は終了した。
腕時計を確認する。一瞬の出来事のように感じたが、実際にはそれなりの時間が経過していた。
この儀式の後には現、新含む他の隊員との対面式が予定されていた。対面式はこの公園とは別の場所、軍司令部で行われるらしい。
周囲の新入隊員達が足並みを揃えて、式の会場となった公園を後にする。
ジュンハクは清々しい青空を見上げる。スクリーンに投影された映像であり、人為的に操作された天候である。
それが分かっていても清々しいと感じられるのは、単に技術が進歩しているだけ、という訳ではないようだ。
(あのおっさんはもう隊長でもなんでもないんだ。シュトリーペ隊長なら、なんとかしてくれる)