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第一章~10~


10


 とりあえず自分の用事を済ませたジュンハクは、する事も特に無いので自分に与えられた部屋に戻る事にした。

 原因がはっきりしているものからはっきりしないものまで、兎に角様々な疲労感を味わっていたから、でもある。

 疲れていたので部屋に戻ったらもう速攻でシャワー浴びてベッドに潜り込もうと考えていた。しかし。

「待ってたよ、ジュン」

 その目論見は彼の親友であるブラウに打ち砕かれる事になる。彼は部屋の奥に設けられた居間としてのスペースで仁王立ちしていた。

 ジュンハクよりも小柄な身体であるにも拘らず、ブラウは一種の気を周囲に放出していた。恐らくそれは怒気である。

 あれ、俺、何か怒られるような事したっけ、と今日一日の行動を振り返るジュンハク。その額には一粒の冷や汗。

「ここで会ったが百年目、だね。まあ座りなよ」

 そう言ってブラウが指し示すのは畳の敷かれた居間ではなく、硬い金属の床の上だった。

 やばい。ジュンハクは長年の付き合いから得られる経験と直感からこの先の行動をシミュレートする。

 結果はすぐに弾き出された。これからブラウが取る行動の内容も、完全に予想がついていた。

 予想が出来ているにも拘らず、いや出来ているからこそ、ジュンハクは戦慄する。これは、やばい。

 指定された通りの場所に正座するジュンハク。硬くて冷たい感触が脚に負担を掛けるが今はそれどころではない。

「大体いつもいつもジュンはそうなんだよいつもいつも他人に対する配慮が足りないっていうかいつもいつもデリカシーが無いのに(中略)それでいて他人に対しては自分にも足りてないものをいつもいつも求めててさあそれってすっごく失礼な事だよねえ(中略)分かってるねえ分かってるねえ本当に分かってる分かる訳無いよねえだってジュンだもんねえ言いたかないけどジュンだもんねえ(中略)もう一回言っておこうかなジュンだもんねえどうしようも無いよねえ分かってる分かってる分かってるよジュンがそんな性格だって事(中略)ところで僕が一体どういった理由で怒ってるかは分かるかな分かるよね分かってなかったらこれと同じ話をもう一回繰り返す」

 それが彼の怒りの表れなのだろうか、ブラウは侮蔑と卑下と中傷とをたっぷり織り込んだ台詞をいっぺんに吐き出す。

 その間ジュンハクは微動だにせず彼の説教を聴いていた。少しでも姿勢を崩せばその分だけ話が延長されるからである。

「……で。何か僕に言う事があるんじゃないのかな?」

 そこでようやくジュンハクは言葉を発する権限を得た。これが毎回恒例となっている、説教の終わりの合図なのだ。

「……ごめんなさい」

「反省してる?」

「反省してます」

「本当に?」

「本当です」

「……そう。なら良いんだけど」

 と言った所で、ブラウは突っ張っていた肩や肘から力を抜いた。ふう、という空気の抜ける音。

 居間に立っていたブラウは部屋の入り口に向かって歩き出す。その途中でジュンハクはもう一度釘を刺される。

「今度からは人にぶつかったらさっきと同じ言葉をすぐに引っ張り出すように。分かった?」

「……わ、分かりました」

 そろそろ脚の痺れが限界に達してきていたジュンハクは回転の良くない舌で返す。ふう、ともう一度溜め息の音。

「あー、なんかどっと疲れた。僕は今から大浴場に行ってくるよ」

 それは俺の台詞だ、と思いながらも口には出さず、ただ黙ってこくこくと頷くジュンハク。

 自動ドアの開く音と閉じる音を聞き終えてから、ジュンハクはようやく硬直状態を解除した。

「……だーっ!あ、脚が……!!」

 彼は圧迫と冷気によって極限まで血の巡りが悪くなっていた脚を気遣う。

 あともう少し話が長かったら、脚が壊死するか精神が毒されるか或いはその両方をいっぺんに味わっていただろう。

 兎に角、命拾いした事を素直に喜んでおく事にした。

 それから当初の計画通りシャワーを浴びて、ジュンハクはベッドに潜り込む事にした。

「……ふう」

 今日一日で色々な事があった。なんだか、どっと疲れた。それでも眠気はやってこない。彼は様々な思考を頭の中で巡らせる。

 正式に軍人になる前だというのに、色々と衝撃的なイベントばかりに見舞われた。

 艦長室での出来事は彼を混乱させるのに十分過ぎる威力を持っていた。

 第一詰め所での一件は彼を大きく失望させて落胆させた。

 格納庫での騒動は、何より深く彼の心を、何よりあの少女の心を大きくえぐった。

 それに比べれば、先程の長々とした説教はまだマシな部類に入るのだろうか。

 ……そうでもないかもしれない、とジュンハクは回想する。

 これからの事が、少しだけ、それは控えめな表現かもしれない、不安になった。

(……それでも)

 ジュンハクは拳を握り締めて、胸に当てる。辛い時や自信を失いそうになった時、そんな時彼が呟くその言葉は。

「守るんだ。父さんや母さんを。俺が皆を、俺が地球を守るんだ」

 それは、今はまだ、ちっぽけな少年の誓いだった。


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