4、お誕生日、おめでとう!(後)
やれやれ。
なんだかどっと疲れた。今日はもう休みたい。振り向けば、「お夕食の準備が整っております」とエリス。相変わらず良く気が利くことだ。
気怠い足にも優しい絨毯を踏みしめて食堂へ向かう。
「姉さま!」
廊下の向こうから、銀と金の頭が駆けて来る。そのまま飛び込んで来るかと思われた二人は、直前で急停止し輝くような笑顔でこちらを見上げた。
「「おたんじょうび、おめでとうございます!」」
微笑んで礼を告げる。朝食時には、父も一緒に声を揃えて言ってくれた。
合図無しでも言葉が揃うのは、さすが双子と言ったところだろうか。
月の女神の慈愛を宿したかのような美しい銀髪の妹、フィーネリアと、黎明の息吹を写したかのような淡い金髪の弟、アストリア。どちらも可愛い、七歳違いの私のきょうだいだ。
「二人とも、どうしたの? 食堂に行くなら一緒に行きましょう」
眦を緩めたまま問えば、二人はもじもじと互いに目配せし合い、やがて競うように口にする。
「いま、お時間だいじょうぶですか?」とは遠慮がちなアストリア。
「わたしたち、姉さまにおたんじょうびのプレゼントがあります!」とは勝気なフィーネリア。
幼い丸い頬を紅潮させ、息を弾ませてキラキラした瞳で見上げて来る二人。やばい。可愛い。
一も二もなく、私は頷いていた。
いったい何をプレゼントしてくれるのか。例えそれがその辺に落ちていた小枝でも小石でも(フィーネリアが良く拾って来る)嬉しい。
わくわくと瞳を向けると、アストリアがしゃがみ込んだ。
「ん~~~!」
何やら力んで(?)いる。その周りを、フィーネリアは飛び跳ねる。妖精夜の時に踊る踊りに似てるなぁ。
「む~~~!」と力む弟。
額に汗すら浮かべ踊り回る妹。
何だか分からないけど、これだけは分かる。これは可愛い。もう一回言う。これは可愛い。
ひょっとしてあれかな、「私達の可愛さがプレゼント!」とかそういうあれかな。だったら大成功である。不肖の姉の胸は萌……感動で熱くなるよ!
カッ、とアストリアが目を見開いた。フィーネリアがその背後に回り大きく手を広げる。アストリアも同じく万歳のポーズを取り――
「「ハイッ!」」
ぽぽぽぽん、と、アストリアの金の頭に色とりどりの花が咲いた。
……え。ええーーー?! なんぞこれ!?
「リューネ姉さま、おたんじょうびプレゼントの“お花”です」
ちょっと恥ずかしそうに頭を差し出して来るアストリア。何だこの可愛い生き物。
驚きに目を見張る私へ、フィーネリアは、悪戯が成功した時のように胸を張った。
曰く、十五歳のお祝いには普通のもの(小枝や石)じゃダメだと。お姉さまが“おとな”になって“けいしょうけん”を得る日には、“とくべつななにか”が相応しい。“おとな”の女性への贈り物には、きっと“お花”がいい。それも見たこともないような珍しい花なら、特別な贈り物にはぴったりだ。けれどもアストリアは体が弱く“たからもの”探しには行けない。だったら、フィーネリアが種を集め、アストリアが咲かせればいい。
二人でそう計画し、実行に移したと。
サムシングエルス……!
何この子達、天才じゃないの。
なぜ頭に咲かせたしとかそこら辺の子ども脳の不思議は置いといて、私の胸は感動に打ち震えていた。
あの、物を壊すしかしなかった、植物を育てさせれば枯らし、花を見れば「おいしいの?」と聞いてきたフィーネリアが!
あの、いつもフィーネリアに振り回され、最後に残しておいた好物をとられては泣き、悪戯に付き合わされ叱られては泣いていたアストリアが!
「二人とも……ありがとう、本当に嬉しい。ありがとう」
浮かんだ涙を隠しながら双子を抱きしめた。
ちょっとくすぐったそうに笑う二人。鼓膜を震わせるその声は、弾むような喜びと小さな誇らしさに満ちていた。
きょうだいなんて、鬱陶しいだけだった。前世では。
今、この子達がこんなに愛しい。
それは確かに、転生して良かったと思えることの一つだった。
体を離し、ちっちゃな“誇り高き者”の顔を交互に覗き込む。
「どうやってこの素晴らしい贈り物を成し得たのか、後で姉さまに教えてね。さあ、食堂に行きましょう。お腹ペコペコでしょ?」
「「はい!」」
うん、良いお返事。
立ち上がり、双子の背を優しく押した。その瞬間、
「ゴフッ」
笑顔満面、アストリアの口から血が噴きだした。
「あ、アストリアーーー!?!?」
絨毯に沈むアストリア。
「だ、誰か、お医者、お医者をー!!」
走りだす者、駆けて来る者、てんやわんやの中、倒れ伏すアストリアを見下ろし眉尻を下げたフィーネリアは一言
「だめだったか」
ダメだったかってなにーー?! 何したのあんた達ぃぃぃ!!! 危ない実験はやめなさいってあれほど言ったでしょうがああああ!!
そうして、十五歳の誕生日は、慌ただしく過ぎていったのだった。
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