3、お誕生日、おめでとう!(前)
「お、お嬢様っ!」
「ですからっ! おやめ下さいと申し上げております! おやめ下さい! 聞いていらっしゃいますか?! もし?! もし!!」
大階段の踊り場に私が姿を見せると、侍女のミミュウが半泣きでこちらを振り仰いだ。
階下――一階の玄関口前では、ぱっと見ちょっと理解不能な光景が広がっていた。
ケティの護衛隊の皆さんと、侍女頭のオルガに、ミミュウ。ケティは居ない。別隊を引き連れて帰ったみたいだ。
玄関入った所に絨毯が敷かれていて、その上に長方形のでっかい木箱が二つ。
それを護衛隊の皆さんが蜂のように素早く解体していき、その間をオルガが「おやめ下さい! おやめ下さい!」と九官鳥のように飛び回り、ミミュウは半べそかきながらおろおろおたおたと捨てられた子犬のようだ。
……なんぞこれー。
踊り場にぼーっと突っ立って眼下に謎の狂乱を眺めていると、他の隊士に手早く指示を与えていた、黒に近い濃青の頭が振り返った。
おお、見返りイケメン。
イケメンは、長い脚を駆使してスタターっと大階段を登りきると
「失礼」
一言断って、そのまま私を抱え上げた。
近くで見てもイケメンまじイケメン。
「お前たち、運び出せ!」
「おやめ下さい!!」
オルガのMK5的な怒声に隊士さん達の掛け声が重なる。彼らは木箱の中に厳重に保管されていたのであろう、布に包まれた長方形の何かを取り囲み持ち上げると、声を掛け合いながらのっしのっしと階段を登って来る。
「スターク! スターク!」
その掛け声はやめて頂きたい。
「グリーヴ! グリーヴ!」
それはもっとやめて頂きたい!!
何人かは青い顔に汗をかいていた。気持ちは分かる。幾ら掛け声だとは言え、令嬢二人の名前を呼び捨てにするなど不敬もいいところであり、手打ちにされてもおかしくない。どうみてもケティの差し金です本当にry
……彼女の護衛隊って本当に過酷な職業だなあ……。
しみじみ世の無常に感じ入っていた私の耳朶をつんざくような絶叫が撃ち抜く。
「キイイイイイイーーー!!! おやめ下さいと申し上げておるでしょうがああああ!!」
ぶっとい血管何本かぶち切ったらしいオルガが前掛けの上から胸を掻き毟り、――背後から倒れた。
「お、オルガさんー!!」
……“キイイイイ”って言う人初めて見たわー。
「ミミュウ、こちらは気にしないでいいから。オルガを介抱してあげて」
イケメンの腕の中から声を掛ければ、それまでおろおろと首を巡らせていた彼女は、はっと背筋を正し「畏まりました」と腰を折る。
うんうん、相変わらずうちの使用人は優秀だなあ。それは侍女頭オルガの仕込みが良いということなんだけど、いかんせん彼女は少し神経質すぎて、心配になる。胃とか大丈夫だろうか……。
家族含め、うちの中でオルガは一番シャカリキなので、どうか体は大事にして貰いたい。
せっかく美しい女性なのだし、怒った顔ばかりじゃ勿体無いもんね。
今度お父様にオルガの休暇を打診してみよう、そうしよう。
うんうん、と頷く私を横抱きにしたまま、イケメンは断りもなく屋敷内を闊歩する。
ちょうど、他の隊士の皆さんが私の部屋から出てきたところだった。
おーい人の部屋に勝手に出入りするなー。
オルガがあれだけ怒り狂って止めた理由も分かる。嫁入り前のお嬢様の部屋にたいして親しくもない男どもが押し入ろうってんだから、不祥事どころの騒ぎではない。
オルガ、あんたは頑張った、頑張ったよ……。
護衛隊の皆さんも無礼千万は重々承知だろうが、悲しいかな、彼らにとっては
スターク様のご命令>>>>>越えられない壁>>>>>その他
だからねー。
面を伏せこちらが過ぎるのを待っている彼らに、すれ違い様ちらりと目を遣れば、無表情の者あり、真っ赤になっている者あり、……ぼたぼたと脂汗を流す者あり。
……ケティの護衛隊、可哀想すぎる……。
脚の長さを見せ付けるかの如く部屋を横断し、青頭のイケメンはバルコニーの前でやっと私を床に降ろしてくれた。
「主からの贈り物で御座います」
ふわ、とレースのカーテンが、一瞬、風に膨らんで、そして大きく翻った。
たくさんのキャンドルがバルコニーを取り囲んでいた。
ゆらゆらと頼りなげに揺れる灯火は、柔らかく儚く、宵闇の内に安息の繭を編んでいる。
妖精夜のような幻想色に染まる世界の中に、それは存在していた。
枠組みは、年月の深みを感じさせるこげ茶色の樫。
座面は全てベルベットで覆われ、それはグリーヴの祝福を受けたかのごとき常緑で染め抜かれていた。
――どう見ても、王室御用達製最高級サンベッドです、本当にありがとうございました……。
「アンバーさん」
「はい」
私は、背後で静かに言葉を待つ人――スターク・フルツ・キュスト・ティエティシエ直属護衛二番隊隊長へ、ゆっくりと向き直った。
「持って帰って下さい」
「お断りします」
………………。
「持って帰ってくだ」
「お断りします」
「持っ」
「お断りします」
ぐわー! NO THANKYUのAAと同じポーズはやめろー!! いくらイケメンでも腹が立つわっ!!
「……あの、私これ要らないんですけど」
ケティの気持ちは嬉しいし、この乙女チックメルヒェンな世界を頑張って作り上げた二番隊の皆さんには申し訳ないんですけど、むつくけきイケメン野郎どもがチマチマとキャンドルを並べるのを想像したらとても生ヌル楽しい気持ちにはなるんですけれども、これ一脚で幾らだろうとか考えると心臓が痛いと言うか、管理が大変そうだしシミとかつくったらケティ絶対怒りそうだし、オルガがこれを知ったら“で、殿下からの御下賜品っ!!”ってまた卒倒しそうだし、だいたいこんなん置いたらますますケティが居つくじゃないですかとか諸々言いたいことを飲み込んでイケメンをじっと見上げる。
イケメンは青灰色の瞳を悲しげに伏せた。
「おお、お可哀想な殿下。ご尊友のためにと、それは嬉しそうに計画されてらっしゃいましたのに……」
いや、多分あなた達がちいちゃくなって乙女チックが止まらない光景を想像してニヤニヤしたり、オルガとのひと騒動を予想してニヤニヤしたりしてただけだと思いますが……そして私への贈り物は恐らくついでだと思いますが……。
「でしたら、私の代わりにアンバーさんが」
「結構です」
だからそのNO THANKYUポーズはやめろ!! ドヤ顔が腹立つっ!
「残念ですが、そのように熱く見つめられましても、俺の格好良さは微塵も減らないんです……」
何言ってんだあんたは! ああもうさすがケティのお遊び担当二番隊の隊長だよ! 疲れることこの上ない!
「……分かりました。殿下の特別のご配慮、浅薄な身に染み渡りました。厚く御礼申し上げます」
俺って罪な男ですね、などと馬鹿なことを呟いていた馬鹿は、その言葉を聞いて「おーい撤収すんぞー」と扉の向こうへ声を掛けた。
「お見送りします……」
幾らはた迷惑な野郎どもでも猫のように追っ払うわけにはいかない。
“殿下”の護衛隊でもあるし、また悪いことに彼らの何人かはうちより家格が高い。王族の姫君と直に接する役どころだから当たり前だけど、彼らは全員貴族だし、それ相応のお家の坊ちゃん方なのだ。
一番隊(隊長が堅物生真面目で面白い)と違い、全て十代の青年で構成されていることからしても、実は、ケティのお婿さん候補選抜のための隊なのではと、私なんかは疑っている。
玄関前には、既に彼らが整列し私達の到着を待っていた。先ほど広げられていた絨毯や木箱は綺麗に片付けられ、まるでさっきの騒動が嘘のよう。
扉を挟んで二列に並んだ青年達の顔をまじまじ眺めれば、やはりタイプは違えどどれもイケメンで、二番隊=婿候補疑惑はますます深まるばかりだ。
ふと、その見目麗しく揃った雁首の一つに、初めて見る顔が交じっているのに気が付いた。新人さんだろうか?
幼さの残る可愛らしい顔は真っ赤で、だらだらと汗をかいている。
熱でもあるんだろうか……大丈夫かな。
「どうかしましたか?」
「あの方、体調が思わしくないのでしょうか? お顔が真っ赤ですが……」
アンバーは一つ頷くとしかつめらしく口にした。
「なるほど、グリーヴ様はああいうタイプがお好みですか」
いや言ってねえよ。
「承知致しました。ユーリ、今夜はここに残ってグリーヴ様のお相手を務めろ。ご満足頂けるよう頑張るんだぞ」
「ひぅっ!?」
声を掛けられた少年は跳び上がり、ポッポー! と頭から蒸気を噴きそうなくらい顔中を赤く染めた。あ、目がぐるぐるしてる。
私は呆れてアンバーの何食わぬ横顔を見上げた。
おい、こいつ今、自分の部下に“夜のお相手”を命じたぞ。
引くわー。めっちゃ引くわー。
そりゃ中身は三十歳だけど、対外的には十五歳の小娘である私相手に何を言っているんだこの男は。
「エリス」
「はい」
バスケットを持って後ろに控えていた良く気の付く侍女に声を掛ける。
「アンバー殿は白ワインもティレットも要らないそうよ。せっかく用意したのだからあなた達が頂きなさい」
「待って下さい待って下さい今のはあの、何て言うかその俺からのお祝いの気持ちというか? ほら、グリーヴ嬢もめでたく成人を迎えられたことだし大人のやり取りってものに徐々に慣れて行かないと」
「エリス、馬を出して。スターク殿下をお呼びして頂戴」
「うわああ! ごめんなさいごめんなさい! 悪ふざけが過ぎましたごめんなさい!」
ふ、必死だな。
皆さん食事もまだだろうし、ケティの屋敷までは馬で数時間掛かるから、こういう時はいつも軽くつまめるものを渡している。
因みにティレットというのは、パンにチーズと魚のフライを挟んだだけのホットサンドだ。ワインはこの辺りの特産品で、二番隊隊長の大好物。生産数が限られていて王都までは流通していない。
ケティの“お仕置き”がよっぽど恐ろしいのか、最終的には必死で頭を下げる隊長に私はため息をつきながらバスケットを差し出した。
「余り変なこと仰らないで下さい。妹達の耳にでも入ったら悪影響を与えます」
はい気をつけますと口だけは殊勝な男は、嬉しそうにバスケットを抱えた。
それから。号令に見事揃った一礼を披露して、スターク・フルツ・キュスト・ティエティシエ直属護衛二番隊は帰って行った。
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