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人生楽してたのしむ転生のススメ  作者: U
一章:ワルトの子どもたち
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2、友達はたいせつに





 「おめでとう、グリーヴ」

 

 大輪の薔薇が綻ぶ様に似た少女の笑みに、私は腰を落とした。額を伏せ、スカートの両裾を軽く持ち上げる。宮廷での正式な礼だ。

 満足気な微笑を美しい(かんばせ)に佩く彼女を残して、侍女は音もなく退室していった。

 「相変わらず、こちらの使いは躾が良いわね。こんな田舎には勿体無いんじゃない?」

 「ありがとうございます、こちらへどうぞ」

 体を起こし掌で促せば、勝手知ったる何とやらで、彼女は颯爽と私の自室を突っ切って大きく開いた扉へと向かう。

 光に吸い込まれたしなやかな背を、私もゆっくりと追った。

 

 「――本当にここは気持ちが良いわ!」

 バルコニーのへりに手をついて、ぐっと体を前傾に伸ばし彼女は心地良い秋空に笑い声を(はな)った。

 高めの位置で一つに結われた橙金の髪が、風に遊ばれてチカチカと陽光を弾いている。

 私は、既に用意されていた簡易サンベッド二つのうち片方へ体を横たえた。

 もちろんこの世界にサンベッド(海水浴場とかにあるアレね)なんて無い。肘掛けの無い幅広の長椅子にクッションをたくさん重ね、背もたれになる部分に傾斜を付けて、上から毛布を掛けただけのものだ。

 しょぼいとか言うなかれ。創意工夫と呼んでくれーい。

 

 そりゃーさー“ゆうがなきぞくせいかつ”を知る前なら私だって「それぐらい作らせろよ」って言ったかもしんないけどさー。貴族が、と言うか、工業革命による大量生産の夜明けも程遠いこの世界では、基本的に“お店に何か頼んで造る”場合ってオーダーメイドなわけよ。

 そんで“貴族様からのご用命”で、更に“全く新しいもの”を“我が工房が!”“国内初!!”いや“世界初?!”とかってテンション最高潮になった職人さん達はさぁ……生産費のこと考えずに造るわけ。そんでキラッキラした笑顔で「出来ましたー!」って持ってくるわけ。請求書も一緒によ?

 そうなの、後払いなの。うず高く積み上がった研究費・材料費その他もろもろ……キャー!! 想像するだけで髪が何本か抜ける気がする!

 

 思わず体を震わせた私の、テーブル挟んだ隣へ、その美しさに似つかわしくない荒っぽさで、少女はぼすんとお尻を落とした。脚を放る勢いついでに、部屋履きも蹴り捨てる。

 「雑ですよ」

 爪先までもが優美な二対を横目で見遣れば、返って来たのは転がるような高笑い。

 「私が悪いんじゃないのよ、ここがこんなに快いのが悪いのよ! ねえそうでしょ? “グリーヴ”?」

 「その呼び方、やめて下さい」

 愉しげに細められたルビーブラッドの瞳が、彼女の心情を雄弁に物語っている。

 「まあ、酷いわ! せっかくお友達の継承日をお祝いに来たのに……ずいぶん冷たいのね、“グリーヴ・フルツ・ワルト”? それとも、名実適う継承者にお成りあそばした貴殿には、わたくし如き若輩は無知蒙昧の輩に等しいのかしら? ねえ、それってとっても悲しいわ、“グリーヴ”。わたくし、三ヶ月後が恐ろしくってよ」

 遠く、エトワルト山を眺めながら宣告した。

 「ご安心あそばせ。スターク殿下に置かれましては、継承受諾日を迎えるまでもなく迷妄猪突なこと天上天下に明らかですわ」

 “殿下”はキャラキャラとそれは愉しそうに喉を白日のもとに晒し、細長い手足を伸ばす。

 こんなに奔放で、愉快で、心から楽しむ彼女を、いったいどれだけの人が知っているんだろうと、私はふと思った。

 

 暖かい炎の色の髪を散らし、今は傾けたグラスの果実酒を舌の上で転がす彼女の名は、スターク・フルツ・キュスト・ティエティシエ。

 “ティエティシエ”は家名、“キュスト”は王族であることを表し、私の名前にも存在する“フルツ”は、継承者であることを表している。

 つまり彼女は、ティエティシエ領の次代領主、いと貴き王族の姫君、スターク嬢その人である。

 彼女は先王陛下の妹君の御令孫で、かつ、現王陛下は先王陛下の御長女様であらせられるため、現王陛下の御姪孫であり、まごうこと無きぴっかぴかのホンマもんのサラブレッド王族で、一言でまとめるなら、『何でこんな田舎領主の娘なんかと友達やってるのか目を疑うほどにめっちゃ偉い王族』なのである。

 偉いっつっても色々あるけど、彼女(の家)の場合は、もろもろ含めて多方面で“偉い”んだけど、長くなるので割愛する。

 

 私は、ぼんやりと果実水のグラスを傾けながら、そんな彼女との出会いを思い出していた。

 

 あれは、そう。ちょうど……二年前。

 

 

 

 

 * * * * * * * * * * * * *

 

 

 

 

 その日私は、いつものようにバルコニーに簡易サンベッドを出し惰眠を貪っていた。

 

 二日前、王都で開かれた舞踏会に参戦してきたばかりの私は、心身ともにたいそう衰弱していた。昼寝により体力精神力の回復を積極的に図ることは、貴族の義務と言うか、乙女の義務と言うか、とにかく仕方の無いことだったのである。

 決して私が寝汚いからではない。

 

 陽はポカポカと温かく、眼下には牛たちが思い思いに草を食み、風に乗ってどこかから牛追いの口笛が聞こえる。

 とてものどかで、幸せの陽だまりのような、そんな時間だった。

 ――それを無残にも破り去ったのは、暴虐に曝された扉の悲鳴と甲高い、けれど透き通った声。

 

 

 「“グリーヴ・フルツ・ワルト”! 不埒者の名を呼ぶわたくしの眼前に、大人しく首を差し出しなさいッ!!」

 

 

 その時の彼女は、きっと笑っていたのだろうなあ、と今では思う。

 

 

 

 

 * * * * * * * * * * * * *

 

 ぶるり、と寒気を感じ目を開ける。いつの間にか、いつも通りうとうとしてしまったらしい。

 エトワルト山の麓に広がるタウヒの林が、オレンジ色に染まっていた。

 何とは無しにそれを眺めていると、優しいハンカチが口元をそっと拭う。

 「涎。はしたなくてよ、キリィ」

 もごもごとお礼を呟いて見上げれば、ブラッディレッドの瞳は、斜陽に包まれて淡く滲んでいた。

 

 ああ、ここにも、幸せはある……

 

 ぼうっと自分を見上げてくる、地味で、普通で、平々凡々な私に、美しく、愉快で、高貴な少女は穏やかに微笑んで――――しかめ面を作った。

 「やだ、もうそんな時間?」

 近付く蹄の音を、私の耳も捉えていた。

 「全くもう、融通が利かないったら」

 ぷりぷりと柳眉を吊り上げて体を起こした彼女は軽やかに身を翻す。

 「じゃあね、キリィ。また来るわ」

 宵の紫に一瞬散った橙金が、落ちる陽の残滓を受けてチカッと光った。

 登場から退場まで一貫して絵になるわー。

 「またね、ケティ」

 ひらひら振った掌へ綺麗な笑みを一つ向け少女は帰って行った。

 彼女が最後に見せたそれは、もう完璧に“スターク・フルツ・キュスト・ティエティシエ”の微笑だった。

 

 さすがだわー、と欠伸を噛み殺し、私も立ち上がる。

 ケティの方が私より三ヶ月だけ年下だけど、どう考えても変身(?)能力は向こうの方が上だ。

 私も見習わんとなー等とのんびり食堂へ足を向ける私の鼓膜を、突如、家人の悲鳴が震わせた。

 「どうしたのー?」

 声をかけつつちょっと早足。

 どうせまたケティが何かしたんだろうなあ、という予想は半分当たりで半分外れだった。

 

 



美少女と美青年はファンタジーの花

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