1、生まれ変わったそのさきは
――というわけで、私は無事、異世界へと生まれ変わりを果たした。
何歳ぐらいだったかなぁ。ものごころ付いた頃からゆっくりと、氷が溶け出すように“多田文”だった頃のことを思い出していって、それはすんなりと今の“私”、グリーヴ・フルツ・ワルトに混じり合った。
“白い人”と話したことは、ぼんやりとしか覚えていない。
私が別の世界からの転生者だということと、転生にあたってこちらが付けた条件。
それは、漏らさず守られたようだ。
私は、地方を治める領主の娘として生を受けた。
ヴァイツェン王国の端に位置するここ、ワルト地方は、王都を遠く臨み、両親はそれに不満を唱えることもない節度を弁えた人たちだ。遅くに出来た私のことをとても可愛がってくれる。
ワルト領は派手な産業は無いけど酪農が盛んで、税収もそこそこ。領主の堅実な運用で、今のところ民は飢えを知らない。
私は領地を継ぐ人間だから、政略結婚の道具になることもないし、完璧だ。
ついでに容姿も希望(?)通りだった。
地味でぱっとしない、平々凡々、十人並みの顔かたち。
年の離れた妹や弟が目の覚めるような美少女・美少年であることを鑑みると、これについては嬉しいような嬉しくないような……自分で望んだにしても少し複雑な気分だ。
一応貴族だし、平民に比べたら良い暮らしをしているからそれなりに整ってはいると思うんだけど……いまいち華がない。
年頃の娘としては致命的だわー、なんて思いながら、栗色の髪を撫で付ける。
鏡の中のからこちらを見返す代わり映えのしない面の中で、唯一私が“他人とちょっと違う”と感じるところが、目だ。
深い緑色の眼差し。
薄いグリーンじゃなくて、暗いところで見るとほとんど黒に見える緑。(つまり、結局地味ってことなんだけど。)
常緑樹の緑、五月の、命をめいっぱい注ぎ込んだ緑の色。
両親は私のこの瞳の色をとても喜んで、“エウィス・グリューネ”と呼び、私に、緑と豊穣の神“グリーヴ”の名を与えた。
ふいに、“お姉さん”のびっくりしたような顔が頭に浮かんだ。“容姿も中身も普通で良い”と告げたときの。
だってねぇ。
鏡の中に苦笑が浮かぶ。結局のところ、自分自身に特別な力を望むのは、心が若い人達なんだろうと思う。
なぜならそれは、“自分で何かを為す”つもりだということだろうから。
私には、そんなやる気はない。
向こうの世界で三十年ほどを生き、社会に出てからはハードワークをこなす日々だった。今度は誰かの尻馬に乗って、のんべんだらりと悠々自適に過ごしたいもんだ。
薄暗い部屋の中に、ゆっくりと透明な光が満ちてゆく。外を見れば、山々の間から太陽が顔を覗かせていた。
バルコニーへ立ち、澄んだ秋空を見上げる。
――今日が始まり。
早朝の冷たく薄い空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
遥か東にエトワルト山と広大な常緑樹の林を抱くワルト領。
その次代領主、私、“グリーヴ・フルツ・ワルト”は、この日めでたく十五の誕生日を迎えた。
あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!
『やっと転生したと思ったらいつのまにか五話目だった』
な…何を言ってるのかry
遅筆だとか蛇足だとかry




