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人生楽してたのしむ転生のススメ  作者: U
プロローグ
3/24

やがて忘れるはなし(後)

 

 

 

 

 

 

 「つまり、“帳尻合わせ”ということですか?」

 

 そうです、と白い女の人は頷いた。

 彼女の説明によれば、私は事故に巻き込まれて死んだ。その事故も、私が死んだこと自体も、“男”の采配ではないらしい。それは起こるべくして起こり、私には死ぬ可能性も生きる可能性もあった。

 男の仕事は、事故を許される限りの範囲で最小に留め、その後の再起を促すこと。

 でも、失敗した。

 それは予定通りの規模さえ超えて大きくなり、生存の可能性が高かったたくさんの人が亡くなった。

 

 これは、まさしく男が犯したミスの埋め合わせだと。

 

 女の人は口にする。

 

 「私がこれを拒否した場合は?」

 「彼を(くず)します」

 

 曰く、今回の“仕事”は“彼”がもう一段上へ登るための“試し”であった。有り得べからざる失敗だと。代償は、彼の魂。“償い”の対象が、一人でもこれを拒否すれば、男の魂は数多の草にもならぬ、まさしく“(あくた)”となって堕ち霧散する。それは輪廻の輪から外れるということでもある。

 

 何だか腑に落ちないような気がして、自然と眉根が寄った。

 

 「私以外の他の方が拒否しても?」

 「はい。彼は“終わり”ます」

 

 「終わる?! 誰が終わるか! 俺は終わらんぞ!! 終わってたまるか! お前のような塵虫に」

 

 女の人がそちらに視線をやると、ぴたりと呪詛が止まる。眼孔から血の涙が流れ白い頬の上を伝っていった。

 

 「……全員ですよね?」

 「はい」

 「すごい数の方が、……亡くなったんでしょう? 全員が“異世界への転生”なんて承諾するとは思えませんが」

 「全ての方ではありません」

 

 資格が必要なのです、と女の人は少し寂しそうに微笑んだ。

 首を傾げた私に彼女は続ける。

 

 「資格を満たしていない方は通常の輪廻に乗って頂きます。記憶を消し、同じ世界で、再び生まれ直す……」

 「私がそのルートに乗れない――乗らないのは何故なんでしょうか」

 

 「別の世界への生まれ直しを可能とするには、条件があります」

 

 私が頷くのを待ってから女の人は口を開いた。

 

 「何度も転生を経験されていること、人への転生を複数回経験されていること、この二点です」

 

 

 

 …………えーと。

 

 「つまり私は、既に同じ世界で何度も転生を繰り返していると?」

 

 女の人は小さく首肯した。

 

 「因みに何回目ですか?」

 「六回目です」

 「ろっかいぃい?!」

 

 ずいぶん頑張ったな私!

 

 「……えーと、ついでですが、人間は何回目ですか?」

 「二回目となります」

 

 ああ、そう言えば私小さい頃、やたら賢かったような覚えがあるんだよなあ……。誰に教わったわけでも無いのに色々知ってたり、妙に辛抱強かったり……そうか、前の一回があったからか……。

 

 「草木を除き命ある者は皆、生を終えた後、問われることになります。それまでの生と、そしてこれからの生を。貴女もそうして、ここにいらっしゃるのですよ」

 

 顔を上げる。目の前に立つ人の白い顔は、安らかだった。先ほどまで僅かにあった悲しみも寂しさも、そこにはない。

 

 「……色々聞いてもいいですか?」

 

 女の人は静かに頷いた。生まれ直した後は、きっと忘れてしまうだろうけれど、それでも良ければ、と。

 

 「私の一回目は……私は、最初は何として生まれてきたんでしょう」

 

 「バッタです」

 

 バッタアアァア?!

 

 そういや私確かに反復横跳びとかめっちゃ得意だった! ジャンプは任せて! あと緑の野菜も大好きでした!!

 

 「草原に小さなショウリョウバッタの一匹として生を受けた貴女は、数々の苦難を乗り越え、無事成虫に達しましたが……」

 

 やべえ。驚愕の事実に慄いている間にお姉さんの“タダフミ(バッタ)生語り”が続いている。

 

 「高く跳び過ぎて蜘蛛の巣に引っ掛かり、命を落としました」

 

 その瞬間、ぞわっと鳥肌が立ったのが自分でも分かった。魂の奥底から黒々とした恐怖が立ち昇り全身を絡め取る。

 ……ああ、そうだ。私、虫全般大丈夫なのに、何でか蜘蛛だけは昔から苦手だったんだよ……!! これか、これだったのか!

 

 「貴女の命を奪った蜘蛛は、運悪く強風に煽られ川へと落下し、魚の餌となりました」

 

 軽く顎を引き柔らかい眼差しをこちらに向けたまま、お姉さんは続ける。

 

 「それを聞いた貴女は、次の生に川魚を選びました」

 

 さ、さすがバッタ頭……あんまりなにも考えてないっぽい……「アタイ サカナ ナル」みたいな感じだったんだろうなあ……

 

 「いえ、大変理知的で紳士的な方でしたよ」

 

 理知的なバッタ!? 何それ! って言うか雄?! いや今心読んだよねお姉さん! つか担当したのアンタかい!!

 

 私の(口に出しては追いつかない)怒涛の脳内ツッコミを読み取ったか、お姉さんはふんわりと微笑んだ。

 

 「貴女には、今まで何度かお会いしています」

 

 びっくりして目をぱちぱちと瞬かせても、目の前の人の、懐かしげに、愛おしげに私を映す瞳は変わらなかった。

 

 「……さて、山中の小さな沢に魚として生まれた貴女は、賢さで身を助け、成長するに従って大きな川へと餌場を移していきます」

 

 色々複雑ではあるけれど滅多に無い機会だ。口は挟まず、彼女の話に耳を傾ける。

 

 「順調に魚生を全うするかと思われたのですが、貴女が棲家にしていた河川で幾つものダムが作られ、最終的に貴女は河口付近まで追いやられてしまいました」

 

 白い部屋に、彼女の声だけが降り積もってゆく。

 

 「河口付近では、海からの海水と淡水が入り混じります。貴女は賢い魚でしたが、淡水魚です。海水の中では生きていけない……海水の入り込まない場所を探している時に頭上の注意が疎かになったようです。海鳥に捕獲され、空へ……」

 

 なかなかドラマティックな生を送っていたんだなあ……。

 思わず遠い目をしてしまったが致し方あるまい。

 

 「あわや海鳥の嘴に引き裂かれ命費えるかと思われた貴女ですが、そこへ別の海鳥が獲物――貴女目当てに襲い掛かり、二羽は空中で激しく揉み合いました。最期の力を振り絞り、海鳥の鉤爪から逃れることの適った貴女でしたが、そこは空の上。儚くも海中に落下した貴女は、そのまま命を落としたのです――」

 

 あーあーあー。私の海嫌いはそれでか!

 泳ぐのもプールも川も大好きだけど、海だけはどうしても好きになれなかった。小さい頃は足をつけるのでさえ嫌だったもんな……。

 

 ふと、頭の端に引っかかることがあり、挙手して訊いてみる。

 

 「あのー……。私、昔から海苔が、特に岩海苔がダイッッ嫌いなんですけど、それって……」

 

 目の錯覚かもしれないが、お姉さんはどこか重々しく頷き、唇を開いた。

 

 「川魚であった貴女の直接の死因は、海水への落下でありません」

 

 えー……何か嫌な予感がするんですけれども……。

 

 「海に落ちる直前、貴女は岩に叩きつけられました。それが直接の死因です。

  その岩には海苔が自生しており、叩きつけられた瞬間に、衝撃で貴女の口の中に入ったようですね」

 「ということはつまり……」

 

 お姉さんは、今度ははっきりと重く頷き――

 

 「貴女にとって岩海苔とは、“死の味”なのでしょう」

 

 ………………ギャーーー!! そりゃ食っちゃー吐き食っちゃー吐きするわけだわー!! ちくしょうオカンめ! 何食べさせてくれとんじゃあああ!!!

 

 

 しばらくの間、味蕾と脳内を駆け巡った“死の味”に七転八倒していた私をじっと待ち、やがて落ち着いた頃にお姉さんが尋ねてくる。

 

 「もっと聞きますか? 貴女が繰り返した生は全て記録にあります」

 

 ぜえぜえと一人勝手に疲労を溜め込んだ私は首を振った。

 もういいや、うん。何かだいたい分かった。

 

 よいしょ、と、ソファーの肘掛にお尻を下ろす。

 

 「……私、一生懸命生きたんだね」

 「はい、貴女はどの時も、精一杯」

 

 応える声は、優しい。

 

 「でも聞いた限りじゃ私まともな死に方してないなー。 寿命を迎えて大往生ってのが全くないじゃん……」

 

 いや、そもそも自然界で大往生なんて有り得ないのか……

 意味の無い思考を垂れ流す頭に、ふっとそれはよぎった。

 

 ――それとも、私はそういう星回りなんだろうか。

 

 じっとこちらを見つめる、白い眼。目があえば、それは初めて伏せられた。

 何よりも雄弁な、その。

 確りと合わさった瞼が、明確な答えだった。

 

 「あ――はは、そうか、そっか……」

 

 力無い笑い声が落ちて、後には、痛いくらいの静寂が満ちる。

 

 「……私の、前の、さ……私になる前の人は、……どうだったの?」

 「――若くして亡くなりました」

 「若いって……今の私より?」

 「はい。――まだ、」

 

 十代でした、という声が、何故か波紋を広げるように胸の中にわんわん響く。

 

 

 

 ……そりゃ、きついよ。

 

 

 

 「――異世界に転生したら、今度は最期まで生きられるのかな?」

 「それは、……分かりません」

 「じゃあ、同じ世界への転生は?」

 「それも、……分かりません」

 

 お姉さんの瞳は、また悲しみに白く翳っている。

 

 生まれても長くは生きられず死んでしまう私は、いったい生まれる意味があるんだろうか?

 

 おぼろげな視界の隅で、白い芋虫が蠢いている。男が身動ぎするたび、血涙の川がぴちゃぴちゃと飛沫を上げていた。

 

 「そう言えば、あいつは“何回目”なの?」

 「人として生まれ、今は二回目です」

 「まだ二回目?!」

 「生の回数に貴賎はありません」

 

 そりゃそうだな、と芋虫に向き直る。

 

 「……回数はともかくとして、ああいう性格のものに務まる仕事なの?」

 「本人が強く希望したということもありますし……何より」

 

 言葉を切ったお姉さんの顔を真っ直ぐ見つめた。

 

 「彼を戻せば、多数の生を無為にすると視えていましたから」

 

 お姉さんの視線一つで、それは本物の芋虫になった。自分が流した血涙の池を啜っている。

 

 「……でも、結局たくさん死んだじゃん」

 

 苦みを佩いた白い瞳を見て、私は愕然とした。

 あれでも、少なかったと言うのか。

 

 命って――私達が生きるということはどういうことなんだろう……。

 ぼんやりと白い瞳の奥の自分を眺める。

 

 「……転生自体を拒否した場合は? 虫にも動物にも、人間にも転生したくないって言ったら……やっぱり私も“終わる”の?」

 「いいえ。そのような場合は、衆多ある草木に転生して頂くことになります」

 「植物」

 「はい」

 

 一瞬、お姉さんの眼差しが哀しみを乗せたように見えたのは、きっと気のせいだろう。

 

 「植物には意思も記憶もなく……世界に根を下ろし、他の魂を育む礎となります」

 「いいね、そういうの。素敵だな」

 

 思わず笑顔が零れて、そんな私にお姉さんは言葉を重ねる。

 

 「草木だけではありません。虫も、人も、世界にある全ては、他の命の支えとなり、支えられているのです」

 

 沈黙が落ちた。

 

 耳朶を刺し痛みを及ぼすほどの静寂が心地よくて、組み合わせた掌の中に視線を落とす。

 

 

 

 私は――――。

 

 

 

 * * * * * *

 

 

 

 どれくらい経っただろう。

 私が自分の内側と向き合っている間、お姉さんは一言も漏らさずただ黙って辛抱強く、私の心が決まるのを待っていてくれた。

 

 「……うん、よし、決めた」

 

 感情の欠片も排した温度の無い顔を、お姉さんはこちらに向ける。

 

 「貴女がどのような選択をしても、それが貴女の幸せに繋がるよう、祈っています」

 

 抑揚の無いその声は、私には何故かとても多弁に聞こえて。

 微笑んで、答える。

 

 



 

 「異世界に、転生します」

 

 

 

 


 

どうしてこうなった。<バッタ

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