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人生楽してたのしむ転生のススメ  作者: U
一章:ワルトの子どもたち
22/24

17、秋(6)

 


 ガタゴト、ガタゴト、と馬車はのどかな風景の中を進む。

 同じ道を、妹弟と辿ったのはついこの間のことだ。それが余りに懐かしく感じられるのは、きっとこの空気のせいだ。


 この! 無駄に張り詰めた空気の!


 思わずため息を零すと、足元の影がビクリと震えた。そしてその――男性は、怯えも露にこちらを見上げた。

 これでいったい何度目だろう。

 馬車の「床」に直に「正座」で座っている彼へ、私は努めて柔らかい口調と表情を作りつつ声をかける。

「ねぇ……やっぱりちゃんと座席に座ったらどう? 足、辛いでしょう?」

「いえいえいえいえいえ! そそそそんな! オラみてえなもんがとっでもねえこってす、はい!」

 これである。

 馬車に乗ってからずーっとこの調子。

 先日のワル鳥地獄の釜騒動により、ワル鳥に詳しい人員の必要性について改めて感じた私は、元ワル鳥牧場のあった村にそれを求めた。

 色々準備もあるだろうからと先触れを出しておいて、今日迎えに来たわけだが。

 わざわざ自分で来たのは、ほら、まあ一応責任者だし、これから恐らく……たぶん、……いや絶対、フィーネリアが色々迷惑かけるだろうから労う意図がちょっとあっただけで、別段深い意味はなかったんだけど。

 先方は、まさか“領主のお嬢様”が直々に迎えに来るとは思ってなかったらしく、選ばれた彼――ジャンとかいうそうだが、もう恐縮しきり。

 まず馬車に同乗するところからの固辞が始まって、やっと乗ってくれたかと思ったら、今度は「こげな上等な布っこの上に尻下ろせねえず! 汚れっちまう!」とかいって、座席に座るのを拒否。

 時間も押してたし仕方ないからそのまま出発したけど、頑なに正座。そして私が何を話しかけようともいちいち怯える。

 ……あのー……この国だと、正座って“罪人の座り方”なんだよね。転じて子どもが叱られる時にも正座させられたりするんだけど、それはともかくとして、この状態をはたから見たら、なんか、こう……思いっきり私が罪もない村人を虐めてるように見えるんですけど?!

 私は閻魔大王かっつの!

 ああ気まずい……仕事関係のことなら話やすいかなーと思って振ってみたけど、前回のワル鳥巨大化に続く大脱走~そして襲撃~の件があるからか、ワル鳥関連の話はとにかく叱責のように感じるのか、口に出しただけで平伏、「お、お、お許し、お許しくだせえ!」ってなんもんである。私マジ極悪人。

 あああ、何か良さそうな話題無いかなあ……話題、話題…………。

「あ」

 話題を探して窓の外に視線を巡らせていた私が思わず漏らした声に、ビクリと反応するジャン。

「そう言えばこの間、別の村で不思議な歌を聞いたんだけど、あれはこの辺りではよく歌われているの?」

 一瞬ぽかん、とこちらを見上げた彼は我に返ったのか上ずった声で答える。

「う、うた、でごぜえますか?」

「そう」


 お馬鹿な お馬鹿な アマウーサ


 おかみさんに けっとばされた


 愚かな 愚かな アマウーサ


 泣いて わめいて とんでった


 さかさま お空に ごろりん ぽちゃん……


「こんな歌なんだけど」

「へ、へえ……」

 目を上下させながら懸命に記憶を探ってくれているであろうジャン。僅かな沈黙の後、

「……いえ、ここらじゃ聞いたことねっす」

「……そう」

 そして再び落ちる沈黙。

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

 うがーっ! 会話が続かない! もういい、あれだ、寝よう、寝た振りしよう! その方が向こうも気が楽だろうし!!

 亜麻作りの村へ向かう道が、ゆっくりと馬車の後ろへ消えていくのを見送りながら、私はそう決心した。

 背もたれに体を預け、目を閉じる。

 しばらくすると、張り詰めた気配がほっと緩むのを感じた。




 * * * * * *




 ガタン! 

 大きな揺れに目を開ける。どうやら本当に寝入ってしまったようだ。

 馬車が止まっている。

「どうしたの?」

「前が立ち往生してるみたいですね」

 御者に問うとすぐに返答があった。

 何かあったのか。

 私は御者に一声掛けてから馬車を降りた。

 確かに御者の言う通り、先行していた筈の荷馬車が止まっていた。こちらには村から持ってきたワル鳥用のなんやかやの道具や、ジョンの荷物などを積んである。

「お嬢さま」

 近付いて行くと、荷馬車の車輪を調べていた御者――昔から家に仕えてくれている使用人のヘイカーが顔を上げた。

 私は馬車の状態を聞こうとして……足元の悪さに眉をひそめていた。

「……ぬかるんでるわね」

「へい。どうも昨日あたり一雨きたみたいですわ。ぬるんだ(わだち)に足を取られてこの有り様で」

「馬は? 大丈夫?」

「それは問題なく。ただちっとばかし車輪がいかれちまってて」

「ジョン!」

 振り返って名を呼ぶと、おっかなびっくり馬車から顔を出していたジョンは、文字通り飛び上がるようにしてこけつまろびつ駆けて来た。

「お、おおお呼びでしゅか?!」

「あなた、この車輪直せる?」

 ジョンは手先が器用で、ワル鳥の世話の他に農具や木工品などの修理も得意だと聞いている。

「あ、ひえ、は、はへぇ……」

 どっちだ!

 多少イラッとした空気を出しそうになった時、遮るようにヘイカーが笑い声をたてた。

「落ち着け落ち着け。お前さんにはこの娘っこが赤狼にでも見えてんのかい」

 ぽんぽんと皺々の手で背を宥めるように叩かれれば、気勢も削がれる。

「お嬢さまもな。まあ野宿なんてことにはならんから、安心しろや」

 な? と放られたウィンクは、たぶんジョンと私、二人に向けてのものだったのだろう。ジョンの体から見ていて分かるほどに強張りが解け、私の肩に入っていた力も抜けた。

 何とか落ち着いたらしいジョンは、そばかすの浮いた顔に未だ若干の緊張を浮かべながらもたどたどしく話し始める。

「え、えっと。直し方は、分かると(おめ)ぇ……思い、ますだ。見てみねえと分かんねえけど……。

 だども、直すにしても一人じゃ無理だど、えっと、(おめ)えます」

「カール!」

 後ろの馬車で馬に水をやっていた若い御者を呼ぶ。彼も家の使用人だ。

「カールとヘイカーとあなたと、三人で直せそう?」

 自分を取り囲む三人の人間におっかなびっくりの視線を巡らせ、ジョンはこくりと頷いた。

「じゃあ三人で修理をお願い。私は……」

 何してよう。

 さすがにここで「お昼寝」とか言ったら顰蹙(ひんしゅく)ものだよねぇ……。

 考え込みそうになった私の意識を引き戻したのは、ヘイカーだった。

「お嬢さま、この辺で人の居そうなところ知りやせんか?」

 見ると、荷馬車の足回りに集まった三人の間に、やや困惑した空気が漂っていた。

「車輪がかなり深く嵌まりこんじまったみてえで。三人じゃ持ち上げられそうにないですわ」

「え、嘘そんなに?」

 思わず覗きこむ。確かに四つの車輪、共にずっぷりと泥に沈んでいた。あちゃー……。

 どうしたもんかな……。人が居そうなところ……村……集落……村……。

 記憶を探りながら、なんとはなしに眺めていた風景。青い空、広大な草原と視界の端に映る常緑樹の林。

 ふと、私はそれに既視感を覚えた。

 んん? ここひょっとして……。

「あるわ、心当たり。ちょっと行って人呼んでくる」

 言い様歩き出した私に、カールが慌てて声を掛けて来た。

「お嬢様、お一人じゃ……!」

「いいから」

 さすがの私も、被差別部族の集落に誰かれ構わず連れて行くほど考えなしじゃない。

 振り返り、きっぱり告げる。心得たというように頷いたヘイカーが、カールを留めてくれる。家に仕えて長いヘイカーは、ワルトには色んな事情を抱えた人々がいることをよく分かっている。

 多少心配は減らせるだろうかと、私はポケットから狼避けの香袋を取り出して掲げ、二人へ振って見せた。


 リリン。


 袋に付けた鈴が奏でる音を背に、私は林へと足を進めた。



 * 



 木立の間に穏やかな静けさが満ちている。

 自分の足が土を踏む音、梢のざわめき、どこか遠くのような近くのような不思議な反響を伴った鳥のさえずり。

 そして歩くたびに震える鈴の音。

 心が自然と凪いでいく。

 誰かを連れてくるわけにいかなかったのも本当だけど、一人になって頭を冷やしたかったという気持ちもあった。

 我ながら、ちょっとイライラしちゃってたと思う。

 しかも情けないことに、その原因はたぶん……空腹。

 ごはん抜いてきちゃったからな~~! 酔わないようにって。

 いかんいかん。ペシペシと自分で自分の額を叩く。

 もしここにエリスがいたら、きっとキツイ一言が飛んできただろう。叱責ならいい。でも、幻滅されるのは辛い。

 エリスのフォローが無くても何とかちゃんとやっていかないとなぁ。

 今日、敢えてエリスは屋敷に残してきた。ジュリオと二人で書類仕事を任せてある。どうもあの二人、私が居ると仲が宜しくないもんだから、じゃあ私が居なくなればどうだろう。と、半ば無理矢理置いてきた。

 きっとあの二人のことだから、何はどうあれ仕事はきっちり完遂するだろう。なら私も二人の“主人”として恥ずかしくないように、自分が出来ることをやらないと。


 空を見て。木を見て。影を見て。

 方向を確かめつつ、一歩一歩奥へと進む。

 この間――セラム族の集落から帰った後。エリスの厳しい指導により、私は村落管理表を一から覚え直すはめになった。

 その甲斐あって、セラム族の集落のことを思い出せたし、こうして迷わずに足を進めていけるわけだが。

 ……あれは辛かった……。いや、エリスの指導で辛くなかったことなどあろうか……いや、ない。(反語)


 しかしさすがはエリス。出掛けに「せめて香袋はちゃんと持って行って下さい!」と半ば悲鳴のような忠告と共に押し付けられた香袋の出番が、本当にあろうとは。

 香袋、とは、読んで字の如く香りのする小さな袋のことだ。ポケットに入るような小さなもので、中にはポプリや精油(アロマオイル)を染み込ませた布や綿を入れることが多い。

 これをチェストやクローゼットの中に入れておくと、洋服にふんわりと匂いがつく。お洒落としてだけじゃなくて、中身を虫が嫌う精油やポプリにして虫除けにしたり、安眠作用のあるものをベッドの中に入れたりと、用途は様々だ。

 で、エリスから渡されたこの香袋は、“狼避け”。中身は、タウヒの樹皮から採れる精油を染み込ませた木片。

 何故か分からないけど、この地域の狼はタウヒオイルを嫌うんだよね。タウヒの森に棲んでるくせに変なのって思うんだけど、まあタウヒは樹皮から抽出された精油以外はほとんど匂いも無いから、単に強い匂いが嫌いなのかもしれない。

 良い匂いなんだけどな、タウヒオイル。

 あっちの世界でいうゼラニウムに近いような……微かに甘くて、爽やかな香り。

 ロハスにハマっていた当時覚えたアロマオイルの記憶に照らし合わせながら、そんなことを考えていたせいだろうか。

 一瞬吹いた風の中に、私の鼻は、タウヒオイルとは違う……甘い香りを捉えていた。

(これは……。)


 その、微かな……今にも潰えてしまいそうなほどの(かそけ)き香りの軌跡を潰さぬよう、慎重に、しかし確実に辿っていく。


 ――――果たして。どこか頼りなげな高い高い梢の上に、それはあった。


「あ……」


 ――全体は、細長いひょうたんに似ている。


 ――毒々しい紫に、真っ赤な斑点の散る模様。


「アケビちゃん……!!」

 じゅるり、と口内に溜まった唾を飲み込むのも忘れ、私は叫んだ。


「アケビちゃんやないかーーい!」


 そして走った。

 幹を掴んだ。

 枝に足を掛けた。

 そのままするすると、我を忘れ、数多の脱走と近林の食材探索で鍛えた木登りスキルを駆使し、登木する。

 ねっとりとした歯ざわり、神様がテコ入れ間違ったんとちゃうかと思うほどの濃厚かつまろやかな甘味を思い出し、私の息は自然荒くなる。


 正直に言おう。

 私はこの時、我を忘れていた。我を忘れていたっていうかぶっちゃけ何もかも忘れていた。目の前のあむぁあ~いものしか目に入らなくなっていた。

 ワルトでは、塩味に飢えるということはほとんどない。内陸地だがエトワルト山の方では多少の岩塩が採れるし、何より塩虫がいる。

 足りないのは、圧倒的に甘味だった。

 砂糖は全て他領からの輸入に頼っており、蜂蜜は採れるが少量、つまり総じて高級品だった。

 “領主のお嬢様”として我が儘を言えば、毎日砂糖と蜂蜜たっぷりのおやつ(まみ)れな爛れた食生活も可能だったかもしれない。

 だけど私は、うちの領が特別裕福なわけではないことも分かっていたし、お嬢様のおやつのための甘味料より、領民のために優先するべき物は幾らでもあると承知していたから、本気で口に出したことは無かった。


 でも本当は、たまーに、たまーにだけど、甘くて甘くて甘いものが食べたくて食べたくて仕方なくなる時があって、そういう時は冗談めかしてダメ元でエリスに保存食(ジャム)のつまみ食いをおねだりしてみたり、森に木の実や木苺を探しに行っていた。

 でもやっぱり品種改良されてない自然の恵みは、甘いと言ってもぼんやりした薄味だったり酸味のほうが強かったりえぐ味があったり。おねだりが成功した試しはないし。

 なんだかなあ。舌が持つ記憶っていうのか。

 転生して、生まれてからこっち、ずーっとこの世界で育ってきて、食べ物もこっちの方に慣れちゃったと思うんだけど。

 味覚は生後五歳までの間に食べたもので決まるって言うしさ。

 あっちでは嫌いだったチーズもこっちでは普通に好きだし。

 それなのに、何でか時々、チョコレートのような強烈な甘さが懐かしくなってしまう。


 まあ正直諦めてた。最悪発狂しそうになったらケティにたかろうと思ってたし。

 しかし! 私は! 見つけてしまったのだ!

 ある日、森の中で。

 一口含んだだけで、ほっぺがとろけ落ちそうに「あ、あむぁあ~~い!」と叫んでしまう、奇跡の雫、天からの恵みを!


 ――それが、アケビだった。

 ぱっと見、形はあっちの世界のアケビと似てる。中の果肉の色も。違うのは外見(そとみ)……殻の色かな。

 こっちのアケビは、「オッス! オラ毒キノコ!」とでも言わんばかりの、真紫に赤い水玉模様の毒々しさで、実際食べると妙にお腹が緩くなるんだけど、まあそれくらいなんぼのもんじゃいって感じだし。


 目前の、まさに手が届く場所に垂らされた甘露。

 私はその時、完全に注意を欠いていたのだと思う。

 だから、こちらのアケビは一見すると枝に()っているように見えるが、それは枝ではなく、何本かの(つる)が寄り合わさって出来たものなのだということを、――――完全に失念し、足を掛けてしまった。


「っ!」


 がくりと体が傾いだ。

 足の下を千切れた蔓がしなりながら落ちていく。

 それを目に映した時には、既に私の体は、落下を始めていた。




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