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人生楽してたのしむ転生のススメ  作者: U
一章:ワルトの子どもたち
14/24

10、義務と責任と、畑(3)

 




 次の村に到着し馬車を降りた私たちを待っていたのは、ニコニコ顔の村長さんだった。揉み手をしながら「本日はお日柄も良く……」なんて言っている彼に案内されて、森のそばにある牧場へ。

 この村では、家畜の改良を行なっている。


 ……コッ……コケッ……


 そう。段々と近付いて来るこの鳴き声を聞けば分かる通り、野生の鳥を品種改良し、鶏化しようという試みを。

 ワルトの森林には固有種の飛べない鳥が生息している。

 見た目からしてまんま鶏なんだけど、苔むした幹のような、焦げ茶色に黒と緑の混じった不思議な羽の色をした鳥だ。ワルトでは普通に食べられている種類で、私も口にしたことがあるけれど、味も滋味溢れる大変しっかりした鶏肉といった感じ。

 だがこの鳥――ワルトの森に生息しているので“ワル(どり)”と呼ばれる――は、とにかく気性が荒くて飼育が困難。縄張り意識も強く、侵入者があれば例え相手が誰であろうと速攻で攻撃を仕掛けてくるという、ある意味野生から程遠い性質を持っている。

 けど、(飛べないから)冬渡りを行わないし寒さに強くて冬眠もしないから、こいつを飼育可能にすれば、冬の間動物性たんぱく質が今より簡単に手に入るようになって、栄養状態の改善になると思うんだ。

「いやぁ、しかし、さすがは次期ご領主様ですな! こんな田舎までご足労頂けるなんて、この爺望外の極みでござりまするぞ!」

 ……この人、こんな分り易いゴマすりキャラだったっけ? 前来た時はもっと普通だったような。

 不審に思い村長さんを見上げるが、視線は不自然なまでに逸らされる。えっ。

「さあ、到着致しましたぞ! こちらがワル鳥の牧場です」

 寒々しさすら感じさせる明るい声で村長さんが指し示す。一同揃って視線を向けた先、森に隣接し柵で囲われた一角にそれはいた。





「「ゴゲエ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛!!」」





 びくー!! と皆が一様に体を竦めた。


「「ゴゲッ! ゴゲッ!! ゴグギエエエエエ!!」」


 大した広さもない牧場の真ん中で、天に向かい吠え猛るそれは、どう遠目で見ても私の知っている『ニワ(で飼える)トリ』では無かった。

 体高は80cmほど。広げた羽は1mにも達しているだろう。つまり、大型犬くらいの大きさの、猛々しい何か、である。

「……村長さん?」

 笑顔を貼り付けたまま、微妙に目を逸らす村長さん。

「……村長さん?!」

 頬を背ける村長さん。

「……村長さん!!」

 回り込んで見上げれば、空に視線を放る村長さん。

 私の記憶が正しければ、ワル鳥は普通の鶏と同じくらいの大きさだったはずだ。

 そして私は、ワル鳥が飼育可能になるように品種改良をお願いしたはずだ。

 あの、馬鹿でかい、あれが、飼育可能だっていうのか、あれが。

「…………事故だったのですじゃ」

 そう言って語り始めた村長の目は、森の奥を見据えていた。



「……つまり、この辺りを縄張りにしていた大きなボスワル鳥が夜な夜な忍び込んでは牧場の雌に一通り種付けしていき、それに気付かず生まれた子どもを次々掛け合わせていったらいつの間にかこうなっていたと?」

「左様。おお、(グリーヴ)は何と酷なことをなさるのか!」

「まず何故そうも簡単に野生の侵入を許したのですか。おおかた柵の高さが足りなかったとか夜警を怠ったとか間抜けた原因なんでしょうが、明らかに初期段階でのそちらの落ち度です」

「これが我ら森の民に下された試練とでもいうのじゃろうか!」

「そして何故繁殖の前に大きさがおかしいことに気付かなかったのですか。おおかた適当に世話をしていたか大きいことは良いことだ等と呆けたことを考えて問題視しなかったのが原因なんでしょうが、そもそも計画が杜撰すぎます」

 呆れて言葉が継げない私に代わって、今日もエリスのツッコミは冴えている。

「…………とにかく、もう少し近付いてみましょう」

 それしか言えなくて、私は再び牧場に目を遣った。

 ニワ(で飼える)トリ化は既に絶望的な気がするが、近くで見てみたら何か打開策を思いつくかもしれない……そうだったらいいな……。

「危険はありませんか?」

「あいつらは柵の中を縄張りと認識しておる。中に入らん限りは襲いかかって来んのじゃ」

 つまり中に入れば襲いかかって来るということですか。あのデカイのが。

 背後で交わされる会話につっこむのが怖い。私は聞こえていない振りで妹と弟を促し柵に足を向ける。

 ドッドッドッと重量感ある足音を響かせて一羽の大ワル鳥がこちらに寄って来た。

 柵を挟み、間近で対峙すると、その巨大さがよく分かる。脚も首も太いしトサカは赤々として立派だ。記憶にある鶏よりも頭が大きい気がする。

「うわあぁあ」

 フィーネリアがキラキラした瞳でそれを見つめ、感嘆の声を零した。

 近くで見るとますます大きく見えるなぁ……。

「ゴゲエッ!!」

「ひっ」

 声もデカイ。アストリアが怯えて肩を竦めた。

 ぎょろっぎょろっと首を巡らせ、羽を広げて一声鳴いた大ワル鳥は尾羽を振り振り帰って行った。見ていると、先ほど牧場の真ん中で吠え猛っていた別の鳥の元へ向かって行く。つがいかな?

「偵察でしょう」

 背後に立った村長さんが教えてくれた。

「あの真ん中にいるのが今この群れのボスをやっとる奴ですじゃ。知らん顔が来るとああして偵察を寄越すんですな」

 ……何? 鳥ってそんなに頭の良い生き物だったっけ。

 疑問が顔に出ていたのか、村長さんは髭を撫でながら続ける。

「わしらはもちろんお嬢様のご指示通りワル鳥の改良に取り組んでおりましたからな。森で比較的大人しいのを捕まえてきちゃあ掛け合わせとったんじゃが、どうも大人しいワル鳥ってのは頭が回る奴が多いらしい。普通ワル鳥ってえのは群れを作らんもんなんじゃが、知らん間にあいつを頭にした群れが出来とりまして」

 大きくて、頭が良くて、凶暴で、繁殖力もあって、って……ひしひしとバイオハザードの予感がする……。

 こりゃダメだ。私はため息をついた。


「おお、おーいこっちだこっち。ちょっと来てくれー!」

 村長さんが呼びかけた方を見遣ると、男性たちがぞろぞろと連れ立って村の方へ向かうところだった。

「普段ワル鳥の世話をしてる連中でしてな。当番制なんじゃが今日は珍しく全員揃っとるわい」

 後半は独り言ちる調子で言った彼の元へ、男性たちは集まって来る。さすが、あの巨大ワル鳥の世話をしているだけあって、皆がっしりした体つきの人たちだった。

「村長、何か御用ですかい?」

「いや何、こちらにいらっしゃるこの方、ご領主のお嬢様が牧場を見たいとおっしゃってなあ。お前さんたちからも話を聞かせて差し上げたらええと思ったんじゃが、……なんぞあったのか。全員揃って、珍しい」

 すると、先頭にいた無精髭のおじさんが一瞬こちらに視線を寄越し、互いに顔を見合わせた。

 頷いてみせると、こちらを多少気にしたままながら、おじさんは話し始める。

「それが……まあ大したことはねえっちゃねえんですけど、……大人しすぎるんでさ」

「大人しすぎる?」

 村長さんの相槌に続き、今度は顔にそばかすを散らした青年が勢い込んで言った。

「いつもならこの時間、あいつらうろつき回るわ喧嘩おっぱじめやがるわで煩くてかなわねえのに、今日はひとところに固まってじっとしてやがる。しかも、今日に限って餌やりの時に襲いかかって来なかったんだ!」

「ワル鳥どもがこんな大人しいの、おら初めて見ただ」

 んだ、んだ、と同意の声があがった、その時だった。


「「ゴッ! ゴギャアアアアーー!!」」


 何かの合図のような鳴き声が突如として青天を突き抜け、驚いた私たちが見たものは。

 土埃を巻き上げながら暴走特急の如くこちらに迫り来る、大ワル鳥の群れだった。


「ヒッ」


 アストリアの怯えた声で止まった時間が戻ってくる。しかしそれも束の間、ワル鳥たちが暴力の塊そのものとなった身で柵に突貫してくるのを目にし、誰もが固まる。

「まずい、押さえろ!」

 我に返った男性たちが柵に取り付いた。どぉん、と鈍い音がして、丸太で作られた杭がぎしぎしと軋む。それでも何とか倒壊は免れたようだった。しかし、それで終わりではなかった。

「次、来るぞ!」

「「ゴゲッ!!」」

(恐らく)ボスワル鳥の声に合わせて、第二波の突撃が柵を襲う。舞う土埃、震え軋む杭。

「ちくしょうっ……! こいつら、俺らが揃うのを待ってやがったんだ!」

「全員纏めて始末する気かっ!」

 なにこれ怖い。


「お嬢様、馬車へ」

 エリスの冷たい声が意識を引き戻してくれた。一際大きな鈍重音。何か重い物が倒れる音、悲鳴、呻き声、村長さんの逼迫した叫び(「お嬢様、お逃げ下さい! お逃げ……ぐふっ」)が私の背を押した。

「二人を!」

 告げ、ドレスの裾を翻した。

 アストリアを抱き上げフィーネリアの手を引いたエリスを先頭に村の中を走り抜ける。

「あ、あんたー! あんたぁぁ!!」

「息子には父は勇敢だったと伝えてくれ……ガクッ」

「こ、こっちに来ないで、来ないでったら! いやっ……いやぁあ!」

「おとうちゃあああんおかあちゃああんこわいよおおお!!」

 ごめんよ村人たち、何も出来ない私を許して……! 今はとにかく逃げて助けを呼んでこなければ!

 背後から迫る8ビートの鈍重音、破壊と狂乱の悲鳴たちを振り切って、エリスの背に必死についていく。

 ひい、はあ、く、苦しっ……! こ、この中で一番どん臭いのは自分だって分かっててて、た、けど、た、体力、なさすぎっ……!!

 手を引かれて走るフィーネリアが、ちらとこちらを振り返ったかと思ったら、エリスの手を払い駆け出した。あっという間に小さくなる銀の頭。ちょ、ちょっぱええ……!!

「え、えり、えりり、えりす……っ! ふぃ、ふぃー……!」

「フィーネリア様なら大丈夫です。先に馬車へ向かったのでしょう。一番心配なのはお嬢様ですよ軟弱な」

 こ、こんな時までさり気なく罵倒を混ぜてくるのはやめて下さい……っ。しょうがないでしょう軟弱インドアもやしお嬢様なんだからっ……!

 もう私、帰ったら、モヤシ・フルツ・ワルトに改名するーー!!

「馬鹿言ってないでキリキリ走って下さい。ほら、来ましたよ」

「ゴゲエ゛エ゛エ゛ェ゛ッ!」

「ひぃぃ」

「姉さまがんばって!」

 アストリアがエリスの肩越しにくれる半べその応援を糧に必死こいて腕と足を動かす。う、動けー! 私の体! 働けー! ヘモグロビン!! 酸素を、酸素を我が体内に巡らすのだー!!

「お嬢様!」

 馬鹿なことを考えていたせいだろうか。その警告に反応するのが遅れた。

 ガヅン、と衝撃。

 エリスとアストリアの顔が視界を妙にゆっくり横切っていった。


「う」

「お嬢様!」

 地面に手をつき上体を起こす。

「ゴゲッ! ゴゲエ゛エ゛!」

 目前に、一匹の大ワル鳥。その向こうにエリスとアストリア。多分私は、こいつに頭を蹴り飛ばされたんだ。

 立ち上がろうとして姿勢を崩し、膝をつく。くらくらする。ダメだ立てない。

「お嬢様!」

「来ちゃダメ!」

 やばい、これ脳震盪?

 今にでもこちらへ駆けて来そうな様子のエリスに向かって声を張り上げる。

「行って!」

 一歩踏み出した格好で躊躇った彼女へ、更に重ねた。

「行きなさい!」

 その言葉に、エリスはぱっと背を向けた。

 ああ……エリスはちゃんと“お嬢様のお願い”と“次期領主の命令”を聞き分けてくれるからありがたいなあ……。

 小さくなる背中を見つめながらぼんやりと思う。ねえさま、と弟の泣き声が妙に耳に残った。

 麻痺した思考と耳朶を引き裂くように、大ワル鳥が咆哮を上げた。

「ゴゲッ」

「ゴ、ゴゲッ」

 一匹、また一匹とその姿が増えていく。

「うわ……“大ワル鳥はなかまをよんだ”……」

 ふざけてみても、口元がひくつくのは誤魔化せそうにない。私はいつの間にか、十匹ほどの大ワル鳥に囲まれていた。

「ゴゲッ!」

「っ」

 何の脈略もなく、背中を強い力で蹴られ地面に顔から突っ込んだ。うえ……土まずい……

「痛っ!」

 起きる間も無く、別の一匹に左腕を蹴られる。さっき倒れた時に擦ったんだろう、かなり痛い。

 ゴギャゴギャと、大ワル鳥どもが羽を羽ばたかせながら騒いだ。

 くそっ、こいつら! 鳥の分際で意地の悪い……!


 ズン、と大地が震える音が聞こえたような気がした。

 ギャアギャアうるさい囲みが割れ、一際大きなワル鳥が、悠然とこちらへやって来る。

 そいつは、倒れ伏す私をぎょろりと真っ黒な目玉で見下ろすと、(あしゆび)を高く掲げ――――


 ……ああ、この踵落としを頭に受けたら死ぬだろうなぁ、多分……。


 呆然とそれを見上げていた私の目の前で、飛んできた樽にぶつかって横倒しになった。

 た、樽!?

「姉さま!」

「フィーネリア!?」

 ワル鳥包囲網の外、積み重ねられた木箱の上に立って、妹が、真っ赤な顔で両腕をぷるぷるさせながら樽を持ち上げていた。

 アッーーー! な、何やってるのあの子!

「フィフィフィ、フィーネリア! 早く降りなさい! そんな高いところ……危ない! あああ! 降ろして! その樽も! 危ない危ない! 潰れるから! 早くペッしなさいペッて!」

「ん゛あ゛あ゛あ゛!」

 多分私の言葉なんぞ聞いちゃいない。やたら雄々しい声を上げて、フィーネリアは樽をこっちにぶん投げた。と共に飛び降りる。いやーーー! やめて!! そういうのやめて!! ちゃんと一段ずつ降りてーー!!

「ギュゴッ」

 包囲網のうち一匹が樽の下敷きになり変な鳴き声をあげる。

「ギエッ」

 それを更に踏み潰しフィーネリアは私の元に駆けて来た。

「助けにきました、姉さま!」

 眉をキリッと吊り上げて、可愛い妹はそんなことを言う。馬鹿、早く逃げなさい! そう言おうと思ったのに何かが喉に詰まって声にならなかった。


 フッ、と影がかかる。


 しまっ――!

 頭上に視線を移すその一瞬、フィーネリアの瞳が赤く煌めいたように見えたのは、気のせいだったのだろうか。

 反射的に目を瞑り、痛みに備える。

 しかし、それはやって来なかった。恐る恐る薄目を開き……私は驚愕に目を見開いた。

 フィーネリアが、十字に交差させた二本の枝でボスワル鳥の凶暴な(あしゆび)を受け止めている。

 はっ、あ、あの枝は! (フィーネリア曰く)伝説の聖剣ソノヘンデヒロッテキタエダダー! フィーネリアってば、馬車にあれを隠していたのね! そしてそれを取りに行っていたのね!

「ああああっ!」

 一喝し、頭上に掲げた聖剣へ自重を乗せるようにフィーネリアは地を蹴った。ボスワル鳥はたたらを踏んで私たちから距離をとる。そして、猛然と頭から突っ込んできた。砲弾の如き一撃にフィーネリアの体は容易く吹っ飛ばされる。

「フィーネリア!」

「うっ……」

 良かった、怪我はないみたい。落ちた先が藁の束山だったのが幸いしたようだ。

 妹に駆け寄った私は、斜め後ろから飛んで来たボスワル鳥の(あしゆび)に蹴り飛ばされ、地面を転がった。半身を起こす間も惜しく首を捻って見れば、ぐらぐらする視界の中で、ボスワル鳥がゆっくりとフィーネリアに近付いていく。

「フィー……逃げ、」

 しかし、ボスワル鳥は一撃必殺の(あしゆび)を使うこと無く、(くちばし)でフィーネリアをつつき始めた。銀糸のような髪が空中に散る。


 ――嬲っているんだ。


 気付いた瞬間、――――頭が沸騰した。


「きえええええ!!」

 人の妹に何しとんじゃあああああ!!

 奇声を上げ、ボスワル鳥に飛びかかる。尾羽根に奮然と取り付いて、だけどボスワル鳥がちょっと身を捩っただけで、私は簡単に振り落とされてしまった。ぎゃあぎゃあと取り巻きのワル鳥たちが囃し立てる。

 体が訴える痛みを無視し私は再びボスワル鳥に飛びついた。何度も何度も。取り付き、躍りかかり、遂にその背に跨った。

「ね、ねえさま……」

 見下ろしたフィーネリアの綺麗な銀髪はぼさぼさで、紫色の瞳は泣き出しそうに歪んでいる。

 カッ、と血が上った。


 貴様あああ!! この羽毛がっ! 羽毛布団がッ!! 人の妹に何してくれてんじゃあああ!!


 掴んだ羽毛を、衝動に任せて引き千切る。

「グギャッ!?」

 顔に傷でもついたらどうしてくれる!!

「ゴッ!」

 人の可愛い妹を泣かしおってからに!

「ゴゲッ!」

 妹はなぁ、妹はなぁ、まだ八歳なんだぞ!!

「ギェッ!」

 なのに、なのに助けに来てくれたんだ! それを、それを、お前ーーーー!!

「ゴゲーーッ!!」


 ――――時に噛み付き、時に毟り。後にフィーネリアが教えてくれたところによると、私はこの時、「八歳だーーー!!」と叫びながら荒れ狂うボスワル鳥に猛攻を加えていたらしいのだが、全く記憶にない。

 ……更に後日、村の子供たちの間で、相手におぶさり「ハッサイダー!」と叫ぶ遊びが流行ったそうなのだが、これは私には全然全く関係ないことである。


「ゴギェ゛エ゛エ゛ェ゛ッ!」


 甲高い鳴き声を迸らせ、ボスワル鳥は自ら地を蹴り背中から土に沈んだ。遮二無二飛び降りた私は、間一髪、大地とワル鳥によるサンドイッチを回避する。

「姉さま!」

 頭に藁屑をつけたフィーネリアが、手を引いて助け起こしてくれた。


「ゴゲッ」「ゴッ」「ゴェッ」「ゴギェッ」

 囲まれている……。

「姉さま……」

 不安気に瞳を揺らす妹を、私は抱き寄せた。1mほどの距離を保ち私たちを取り囲んだワル鳥どもの後ろから、ゆらり、と大きな影が立ち上がった。ボスワル鳥だ。

 奴は、感情の窺えない黒い瞳をこちらへ向け、一声。

「ゴゲッ」

 それが合図だった。

 ワル鳥たちが一斉に突進してくる。私は体を丸め包むように妹を固く抱き込んだ。

「ね、姉さま!」

 非難混じりの泣き声が、地響きの中でも迷わず私の心を()く。ぎゅっと大切なものを抱きしめる私の頭上へ、沢山の影が踊りかかった。

「――――――――!!」


 ――――……!


 ――……


 ……


「…………?」


 ……あれ……何ともない……?

 そぉっと瞼を持ち上げる。


 最初に目に入ったのは、太い腕。


 そして広い背中。


 それから、稲穂のような、豊かな黄金色の髪。


「おうおう、嬢ちゃんたち、大丈夫か?」

 振り返った笑顔は太陽のように眩しくて、その無精髭だらけのもじゃもじゃ顔は――――……


「ど、どちら様?」






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