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人生楽してたのしむ転生のススメ  作者: U
一章:ワルトの子どもたち
13/24

9、義務と責任と、畑(2)

 




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 逃げ惑う人々。土埃と悲鳴に歪む大地。


「お嬢様、お逃げ下さい! お逃げ……ぐふっ」

「そ、村長! 村長ぉぉぉ!!」

「息子には父は勇敢だったと伝えてくれ……ガクッ」

「あ、あんたー! あんたぁぁ!!」

「こ、こっちに来ないで、来ないでったら! いやっ……いやぁあ!」

「おとうちゃあああんおかあちゃああんこわいよおおお!!」


 どうして……何故こんなことになってしまったの……!?

 私はただ、皆の幸せを願っただけなのに――――!!


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 最初の村。案内役の村人に先導され私達は村の外れにやってきた。

 馬車の中ではあれほど元気だったフィーネリアは借りてきた猫のように大人しい。本当ははしゃぎたくて堪らないのだろう。まだ小さい二人にとって遠出の機会は貴重だ。だけど二人とも、遊びのようでこれが遊びでないと分かっているから、幼い理性を総動員して耐えている。

「姉さま、これが“りねん”ですか?」

 畦道に立ち刈り取り最中の畑を眺めながらフィーネリアはつまらなさそうに呟いた。

 茶色く細い茎のてっぺんに、ぼんぼりのような丸い冠を戴いて揃って頼りなさげにゆらゆら揺れているこれ。

 そう、これが、リネン……亜麻の畑だ。

 私が前回ここを訪れたのは、夏だった。

 澄み切った空、すっくと伸びた緑はいざや見ろとばかりに可憐な青い花を太陽へ押し上げる。あの光景が、瞼の裏に浮かんでくるようだった。

 亜麻は夏に青い花を付ける。瑞々しい緑と青の波が風に揺れる様の美しさを、語って聞かせたせいだろうか。今は秋、花はとうに落ち、茎も枯れた様子なのを見て、フィーネリアはがっかりしたのかもしれない。

 しかし、亜麻の本髄はここからだ。

 花が落ちた後出来る種からは油を採ることが出来るし、茎はリネンを織る材料になる。

 去年作付けを始めたばかりなのでどうかと思ったが、収穫量は問題ないようだ。このまま軌道に乗ってくれると良いんだけど。

 次に案内された小屋の中では、女性と子どもが働いていた。


  お馬鹿な お馬鹿な アマウーサ


  おかみさんに けっとばされた


  愚かな 愚かな アマウーサ


  泣いて わめいて とんでった


  さかさま お空に ごろりん ぽちゃん……


 大人達はぺちゃくちゃお喋りしながら地面に広げた亜麻を棍棒で叩き、子ども達は、木製のシーソーのような搾油器と思われるものを歌にのせて動かしている。

 初めて耳にする歌だった。彼らの故郷(ふるさと)の歌だろうか。

 私達が入っていくと、それは小さくなって止んでしまった。子ども達は不思議そうにこちらを見つめ、大人達も手を止めてこちらを見上げている。

「そのまま続けて。皆、作業をしながらでいいから聞いてくれ」

 案内役の男性が手を振って促せば、幾つかの視線が外れ空気が動き出すのが分かった。

「今日は、次期領主のグリーヴ様が視察においでなさった。グリーヴ様は、我らの亜麻作りに大変な期待を寄せて下さっている。皆、グリーヴ様のご期待に応えるためにも頑張ってくれよ」

 期待を寄せているというか、亜麻を植えるように指導したの自分だし……ぶっちゃけ責任者なんだから様子を見に来るのは当たり前だ。

 はーい、と若い女性のおどけた声が上がった。

「イルマ、お前は口はいいから手を動かせ」

 違いない、と応える声があり、さざ波のように笑いが広がっていく。全く、と呟いた男性の瞳は力強く、そして温かかった。

 良い感じだな、と思う。

 うちの領はちょっとした理由から移住者が多い。彼らもそんなワルト以外の土地からやってきた人々で、この村は、彼らと、元々古くからここに住んでいる人々とで成る村だ。

 しかし良い土地は古参の住人に抑えられ、移住してきたものの不遇を囲っていたらしい。私が亜麻作りを彼らに任せたのはその辺が理由だ。あと、間に小作主を挟んでいないから色々とやりやすいし。

 女性たちは何人かの固まりに分かれ作業をしているようだ。私は一つずつグループを回ることにした。挨拶とねぎらいの言葉を掛け、他愛ない世間話を少々。その間、アストリアとフィーネリアは私の後ろにぴったりとくっついていた。

 最後に子ども達のところへ。

 同じ年頃の子どもに興味津々らしく、二人ともきらきらした瞳を熱心に彼らに向けている。見つめられた子ども達は仕事の手も止め、ぽうっと二人を見返していた。気持ちは分かる。うちの自慢の弟と妹は、姉の自分から見てもちょっと奇跡なくらい天使だからな!

 やがて再起動し、頬を染めた最年長の男の子へ色々と話しを訊いた。仕事のこと、村の話、普段の生活についてなど。その間、フィーネリアとアストリアがじっと耳を澄ませていたのが気配で分かった。やがて、おずおずとだけど子ども達の方からも質問をしてくれて、私は笑顔でそれに答えた。

 うーん、物怖じしない子たちだな……そういう一族なのかな?

 仕事が遅れては本末転倒なので、まだ名残惜しそうな子ども達を残し、私たちは小屋を後にした。


「グリーヴ様、ありがとうございます」

 案内役の男性……一族を率いる立場の彼は、最後にそう言った。

「グリーヴ様が亜麻作りという仕事を与えて下さったお陰で、皆やる気に満ちています。今年は冬の心配をしなくても良さそうです」

 肩の荷が下りたような様子だった。冬支度の不足はそのまま生死に直結するから、一族を率いる者が曝されるストレスはいかばかりか想像に難くない。けど。

 私は、その、信頼にもとづいた安堵を滲ませる声音に、慢心を感じた。

「気を抜かないように。あれがものになるかどうかは今後の作業にかかっています。油断は禁物と心得なさい」


 ※ 


 次の村に向かう馬車の中で、アストリアとフィーネリア、それぞれに感想を聞く。

 興奮気味にあれやこれやと語るフィーネリアに対し、アストリアは落ち着いて

「ぼくたちと同じくらいの子がはたらいていておどろきました」

 頷いて、私は二人の目を覗き込む。

「あのくらいの年の子どもが働くのは、平民の間では普通のことよ。彼らが働いている間、あなた達はお勉強したり、お昼寝したりしているわね。何故彼らはそうで、あなた達は許されているのか、良く考えてみましょう」

 二人は神妙な顔で黙り込み、ちょっとの間静かだった。


 ワルトに新たな産業が欲しい、と考えた時、思い付いたことの一つがリネンの生産だった。

 当初、私はワルトの発展などこれっぽっちも考えていなかった。白い人が叶えてくれた通り、贅沢しなければ私はお父様の仕事を引き継ぐだけで暮らしていける。

 そう、“私だけ”は。

 私達貴族は、領民からの税で糊口の資を得る。乱暴に言えば民からの借金で育つようなものだ。その借金は当然返す義務があるわけで、領を継ぐ長子は領主となって善政を敷くことでそれが(かな)う。けれど、第二子、第三子は? 残る選択肢は、婚姻によって自領に益をもたらすことくらい。つまり、政略結婚の駒として。

 それに気づいた時、私はワルトに産業を興すことを決めた。

 大切な人が泣いているのに、自分は素知らぬ顔でのんべんだらりぬくぬくと安楽な生活に浸る……想像だけでも、凄く嫌な気持ちになる。

 お父様は家族思いの穏やかで優しい人だけれど、優しいだけの人では決してないし、良くも悪くもこの世界のこの国で貴族として生まれ育った人だ。

 フィーネリアとアストリアが最終的にどんな道を選ぶにしても、選択肢は増やしておいてあげたかった。政略結婚以外の道、例えば、仕事とか。

 現在、領の管理はほぼお父様と家令達で廻していて余分な仕事は無い。今無いってことは、私が引き継いだ後も然り、だ。家令達の仕事を取るわけにはいかないし。

 ということで、そのための新産業を、私は興すことにした。ある程度こちらで軌道に乗せておいて、二人が成人したらどれかを任せようと思っている。

 結局お嫁に行くとかお婿に行くことになっても別に構わないし……とにかく心の沿わない結婚だけは阻止したい。


 これは私のエゴだ。


 貴族の義務と、権利。結婚と仕事について。このことは(当然もっとマイルドな表現にしてるけど)二人にも告げてある。

 まだ八歳だけど、自分達の将来に関わることとあって、二人は今回の視察についても最初から真剣だった。

 幼いなりに私の言うことを飲み込んで必死にこちらを見上げる瞳を見ていると、義務も権利もどうでもいい、二人にはただ好きな人と幸せになってもらいたいと思う。

 だけど、今のままでは正直不安だった。

 何せこの美童っぷりだ。今でさえ天使著しいのに社交デビューなんかする頃にはあっちからこっちから鬱陶しいくらいの縁談が来るに決まってる。最悪王家から縁談を持ち込まれるぐらいのことも考えておかないと。

 姉馬鹿と呼んでくれて良い。そうだよ姉馬鹿だよ!

 まあ王家ってのは無いとしても、うちより家格が高い家から断り難い縁談を持ち込まれる可能性は十分にある。そんな時でもなるべくこちらが主導権を握るために、財政面で余裕を持っておくということは重要だ。

 家格や金にあかせて簡単にうちの天使たちを攫っていけると思うなよこの身の程知らずどもめが! そう易々と可愛いあの子たちを手放してたまるかバーカバーカ! 


 …………えー……つまり、二人のために今私は色々やろうとしているわけで……もちろん、しゃかりきになって働く気はないけどね。のんびり楽して一生過ごしたい、っていうのは未だ変わらない今世の目標。

 だけど、将来何があるか分からないし。転ばぬ先の杖って言うじゃない? いつか来る難事に備えておくことは、決して悪いことじゃないと思うんだ。備えあれば憂いなしとも言うし、将来楽をするために今ちょっとだけ頑張っておこうかなという腹積もり。

 リネンを選んだのはまあぶっちゃけ、ヨーロッパ=リネンという安直なイメージで……。前世で昔ロハス(笑)にはまっていた時に“ヨーロッパでは昔からリネンが珍重され~”的な文を雑誌か何かで読んだんだよ!

 こっちは前の世界とは微妙に植生が違うみたいで、形は同じなのに前の世界では有り得ない色をしてるとか、名前だけ同じで中身は全然違うとか、そういうことが良くあるけど、幸いリネンの原料である亜麻は存在していたし、リネンも既に市場に流通していた。ただし現在はほぼ輸入品。うちの国では、亜麻の生育に適するところって大概土地が痩せてて、皆食べられる農作物優先で植えちゃうんだよね。流通経路が確保されてれば亜麻の生産で食べていくことも出来るだろうけど、土地が痩せてるところは貧乏で、馬車道も作られてないから商人も来ないし運搬不可能という……。徒歩は論外。人の手を使って大量の商品を長距離輸送するとか、コスト掛かり過ぎる。

 そんなわけで、亜麻の生産を任せる先は必然的に限定された。亜麻の生育に適した環境で、馬車が通える所。

 あの村での生産が安定した後は、出来れば他の村や亜麻作り専従の村なんかも作って領内に亜麻作りを広め、リネンをワルトの特産品にしたい。

 でも、きっとそれは夢のまた夢。リネンを大量に作ったところで、運搬方法が無い。

 ああ、道が欲しい……切実に。けど、道を作るのってすごくお金がかかるんだよねぇ……。

 何をするにもお金、お金。世界も生まれも違っても、やっぱり世の中の世知辛いところは変わらないんだなぁ。


 窓の外、流れる雲に目をやって、私はため息にもならなかったものを飲み込んだ。






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