8、義務と責任と、畑(1)
貴族とは何か。
貴族として生まれ、育ち、私はこの疑問にこう答えを出した。
“貴族とは、大変エラソーな公務員である。
そして、自分の体が自分のものではないという点に於いては、奴隷と同じだ。”
サラリーマンは会社から給料を貰う。公務員も給料制だがその基は税金だ。貴族は給料制ではないが、しかしその全ては税によって賄われる。
日々の食事も、薪も、衣服も、使用人の人件費さえ民からの租税が賄う。
貴族として生まれ落ちたときから、死ぬまでずっと。
前世、日本という民主主義国家に生きていた私は疑問に思った。
何故それが許されるのだろう、と。
ちょっと生まれが違っただけで、片や絹のベッドで一生遊んで暮らし、片や藁のベッドで一生馬車馬のように働き続ける、そーんなおかしなことが許されてたまるかー、と。
しかし許されているからには理由があるはずだ。民が望まなければ貴族だって存在し続けることは出来ないんである。
つまり、貴族であることには何らかの、民が求める対価が生じているのだろうということ。
それは何ぞやと問われれば“義務”だと私は答える。
領土を健やかに保ち次代へと渡す義務、より良き方へ育み民の幸福を追求する義務。
生まれてから死ぬまで、民の税で血を繋ぐ私は、
私の血の一滴でさえ、自分のものではない。
* * * * * *
ごとんごとんと馬車が往く。
本日はこの間のリベンジだ。あの後結局、私は当初の目的であった村へは行けなかった。セラム族の集落を出てから叩こうが揺さぶろうがうんともすんとも言わない私に「こりゃだめだ」とエリスが馬車をUターンさせ、屋敷についた途端、私は気を失った。
正直、儀式の途中から家に辿り着くまでの記憶が無い。エリス曰く、「大変ご立派でした」とのことだけど……。
あの、横溝正史ばりに血濃く香る儀式の後、私は村へのお土産として馬車に積んでいたものを村長さんに差し出し、言ったそうだ。
「コレは“石鹸”デス」
「コレで洗ウと汚れが落ちるデス」
「差し上げマスので、コレで血を洗えば良いデス」
「糞尿に触れタ後もコレで洗ウデス」
「病人のお世話をシた後も洗ウデス」
……何故に片言……。
言葉も視線も不確かで体は若干左右に揺れていたらしいが、エリスには褒めて貰えたし、まあ良かった……のか。
「姉さま!」
フィーネリアが興奮を抑えきれない様子で身を乗り出し、エリスに注意されて座り直した。そう言えばさっきも窓から顔を出しすぎて注意されてたっけ。
「きょうは、“はたけ”と“ぼくじょう”にいくんですよね!」
肯定を返せば、何が琴線に触れたのか、ふんっふんっと鼻息荒く頬を紅潮させる。面白いなあ。
今日はこの間行く予定だった畑と、別の村の牧場を見に行くつもりだ。
もちろん乗り物酔いの対策はバッチリ! 見よ、この“対乗り物酔い特化型リクライニング馬車”、通称“みんなでお出かけ楽しい号”を――!!
ブルブルブルブル。
ええ、そうです。これがかの、私をして心胆寒からしめた請求書の申し子ちゃんですブルブル。
“なんで馬車のシートはリクライニングじゃないんだろー寝てる間に移動が終わってればまだ馬車酔いも楽になるのにー”なんて思うんじゃなかったぁぁ!! 私の馬鹿馬鹿! 貴様など一生吐瀉物の海で泳いでいるがいいわ! と請求書の塔に頭をぶつけた思い出。
ドレスも欲しがらない娘のたまの我侭だから、と両親は苦笑で許してくれたが、あれは思い返すに肝が冷える出来事だ。本気で反省。
でも、この馬車のおかげで体の弱いアストリアも一緒に遠出できるようになったのには、家族全員喜んだ。
さすが特別製なだけあって、車輪やらサスペンション?的な部分やらにも色々と工夫が凝らされているらしく、普通の馬車に比べてかなり揺れが軽減されている。その代わり、速度は余り出ない。
リクライニング可能なシートは、ふかふかというより弾力性があり、座席を倒した時にガッチリ体をホールドしてくれる造りだ。因みに座席は取り外し出来て、普通のリクライニングしないシートと付け替えが可能だ。そして座席の下は収納になっている。まさに劇的ビフォアアフター。なんということでしょう。
座席を倒す関係上、四人乗りなのに妙に縦に長い馬車は、ただいま畑がある村へ向かっている。
対面に座る妹は、興奮冷めやらぬ様子で続けた。
「まものはでますか?!」
いや、出ないよ。というか、この世界に“魔物”なんていない……フィーネリアの隣にちらりと目を遣れば、エリスはそれ見たことかという顔。
私、よく妹たちにせがまれて“おはなし”をしてあげてたんだよね。だいたいはこちらの世界の伝承やなんかだけど、ときどき、“向こう”の話を私の“作り話”として聞かせてあげることがあった。
と言っても、グリム童話のような何でも出来ちゃう“魔法”が出てくる話はこちらの世界では違和感があるし、桃太郎とかのメジャーすぎる昔話は私が上手く作り替えられないからダメ。二人に聞かせてあげたのは、もっぱら想像の余地があっていじり易い昔の人の逸話などだ。それでもエリスは私の“おはなし”が荒唐無稽すぎるって渋い顔してたなー。フィーネリアとアストリアに悪影響だとか言って。
「姉さま、“おはなし”してください! “女騎士ティモテ”のはなし!」
厳しくなる侍従の眉間から目を逸らし、視線を窓の外に退避。しかし、
「リューネ姉さま、ぼくもききたい」
アストリアまでが、期待に瞳輝かせて見上げてくる。逡巡もつかの間、速攻陥落した私は、エリスの顔を見ないよう雲を眺めたまま口を開いた。
「……それは、遠いお山の向こうのことでした――」
こうして、巴御前と木曽義仲の悲恋と非業の平家物語は、女騎士ティモテと主のミゲルによる魔物討伐の英雄譚となって、違う世界の空の下を流れていく。
ああ、今日は曇が速いなあ――
*
馬のいななきに、私ははっと馬車内に意識を戻した。
「ほらっ貴方達、そろそろ目的地に到着よ」
ティモテかっこいいだのミゲルすごいだのと言い合っていた子供らは歓声を上げて窓に飛びついた。
「お二人ともいけません。危ないので馬車が止まるまではお掛け下さい」
エリスの叱責も聞こえていないのか窓に齧り付いたままの丸い後頭部はやはり良く似ている。眦を緩めて見ていたら突き刺さる視線に我に返り、二人に声を掛けた。渋々席につきながらフィーネリアは尋ねてくる。
「姉さま、ティモテはこの後どうなるの?」
「さあ、どうなるんでしょうねぇ」
お話はとりあえず、実は没落貴族の娘である女剣士ティモテが各地に蔓延る魔物をバッサバッサと斬り伏せながら旅を続けていたところ尊敬できる主のミゲルに出会い騎士となって忠誠を誓い世直し旅に出かけてワッサワッサと魔物を斬り伏せるところまで進んだんだけど、正直この後とか考えてないです……どうしよ……。仲間を集めながら最終的に魔王を倒す勇者エンドと(何故か)お城の舞踏会に出席することになったミゲルがドレス姿のティモテの美しさに開眼し求婚結婚お家再興の少女漫画エンドとどちらがいいだろうか……。因みにお勧めは「俺達の戦いはこれからだ!」打ち切りエンドです。
「村はまだかしら」
妹と弟の眼差しから逃げるように窓を覗き込む。
「あっ姉さまずるい!」
遠くの方に、ぼんやりと目的地らしき村が見えた。
ねんがんの「この連載小説は未完結のまま約○ヶ月以上の間、更新されていません。」をてにいれたぞ!