第1話 突撃隣の晩ご飯ならギャルとがいい①
夕飯用に買ってきたブリが美味しそうに照り焼かれる頃、ピンポーンと間の抜けた音が殺風景な部屋に響いた。
五月、初夏。土曜日の夕方。
社畜にとって最も安らぐ時間帯は、辺りをまばらな茜色に染めていた。
こんな30歳手前の独身社畜に、アポなし訪問なんてあるはずもない。
来たとしても宗教勧誘か訳のわからない営業くらいなものだ、このままそっとしておこう。
……なんて思えていたのも数週間前まで。
「おにーさーーーーん!!あーーけーーてーーー!あたしが来たよ!!」
「私の辞書に近所迷惑という文字はない」と言わんばかりの大声がドアの反対側から聞こえてくる。
「はぁ……」
ため息を一つ。
せっかく作った夕飯も彼女の胃に吸い込まれる未来が確定した。
というか、来ることを見越して二人分作ってる自分も自分か。
「こーんないい匂いさせて!いるのわかってるんだからね!早く開ーけーてー!!私のお腹がどうなってもいいの!?」
どこぞの警察かよ、なんて心の中でツッコミを入れながら廊下を歩く。
というか脅し文句に「お腹」を使うことってあるんだな。
「はいはい、今開けるから静かにしてろよ」
「やたー!!」
心の底から嬉しそうな声を聞いて、頬が緩んでしまう。
彼女と出会って数週間、絆されるにはまだ早い、早いはずなんだ。
いつの間にか増えていた新しいスリッパを視界の端に映して、俺はドアノブに体重をかけた。
◆
社会という名の大空に、パラシュートの一つも持たされずに放り出されて早数年。俺、御影伊吹は家と職場の往復で人生を消費していた。
新卒で入ったとあるメーカーでゆるふわコーポレート部門に配属されたはずが、残業続きの毎日。
誰だよ、そこそこ大きい会社の管理部門は比較的楽だとか言ったやつは。
しかし数週間前、そんな波のない湖みたいな生活に一石が投じられたのだ。
◆
「おにーさん、昨日ぶり!」
彼女は夕凪のの。同じマンションの隣の部屋に住むギャルだ。
本名かどうかは知らない。年齢も……二十歳は過ぎているだろうが、正確なことは聞いたことがない。
ただ、ひょんなことから知り合いになってしまい、こうやって折を見ては夕飯をせびりにくるのだ。
……「折を見て」は間違いか。ほぼ毎日来る。しかも料理の完成と共に。
「はいはい。よくもまぁ毎日飽きずに来るもんだ」
「このお腹の疼きが抑えられなくて〜」
ふふっと唇の端を持ち上げて、妖しく目を光らせる夕凪。
手から魔法でも撃てるんじゃないか。
「厨二病患者は帰ってくれ」
「むぅ、もう大人だもん!」
「大人は自分で晩ご飯くらいなんとかするんだよ」
そう、会社で周りにいる人たちのように。
「じゃああたしは子どものままでいいや〜」
さらりとした金髪を靡かせて、彼女はリビングのソファに飛び込んだ。
ぼふんっと漫画のような音と共に、独身社畜の家には似つかわしくない甘い匂いが宙に舞う。
「おい」
「ふぁい」
あくび混じりの声が返ってくる。こいつ、また意味不明な生活リズムしてるな……?
「飯食うなら手伝ってくれ」
「働かざる者食うべからず、でしょ?はいはーい」
存外素直に返事をすると、夕凪は勝手知ったる我が家かのように、食器棚からお茶碗を2つ取り出した。




