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真紅の道標

作者: サフィー
掲載日:2026/02/13

一人の魔法使いがいた。

当てもなく歩き回り、道なき道さえも愚のままに進んでいく。


名をグイル・コルセンというその男は、過酷な経験で積み上げた魔法の腕だけを最大の武器とし今日まで長らえてきたが、そんな彼にとあるピンチが訪れようとしていた。



「お、お腹が痛い……!」


口髭を生やし全身に冷や汗を流したグイルが、腹痛に悶え食い縛った声で弱々しく呟いた。


驚いたことに男の遥か背後には大きな牙を持った狼のような巨大な怪物が、彼を追いかけるように走ってきている。


「グヲォォォン!!」


そんな怪物の咆哮をグイルは背に浴びる。


しかし幸いにも彼の視界には砂漠にポツンと建てられたトイレがあった。


男は驚異的な速さでトイレに駆け込む。


すると用を足した男はなんとも軽快な足取りでトイレから姿を現した。


「人が腹痛のときを狙うなんて、なかなか鬼畜な野郎だな」


グイルが怪物に向かって話しかけると、怪物は唸りながら彼を睨みつける。


「ん?喋れるタイプじゃねえのか。それなりに知能はあると思ったんだがな」


グイルが小首を軽く傾げると同時に、怪物の爪が勢いよく振り下ろされた。


「おっと、まぁそんなもんか」


グイルは爪が当たるギリギリで後ろに飛び跳ね攻撃を避けると、空中で魔法陣を一つ描いた。


刹那、周囲は熱く焦げるように熱波が広がる。


「《紅蓮焦熱弾(ヴァ・レギオン)》」


魔法陣から轟轟と輝く球体が怪物に向かって矢の如く打ち出されると、怪物の巨体を貫く。


そのまま怪物の体は地面に倒れ込み、動くことはなかった。


グイルはそれを確認するとくたびれたように体を伸ばす。


そして再び歩き出した。


当てもなく、ただ思うがままに。






それから一週間が経った。


グイルは砂漠を抜け海近くの村に行き着いていた。


「グイル!今日も魔法のこと教えてくれ!!」


村の少年がグイルに呼びかける。


その呼びかけに応じて村中の人たちがグイルのもとに集まってきた。


どうやらこの村を旅人が通りがかることは滅多にないらしく、珍しい旅人としてグイルは圧倒言う間に村人たちの注目の的となった。


「グイルさんが先日教えてくれた創造魔法のおかげで水に困ることがなくなるかも知れません。本当にありがとうございます」


中年の男性から礼をされると、グイルは謙虚に笑う。


「《万物創造(フィアラ)》は水魔法と比較しても魔力消費量はさほど多くなく、それでいて大抵の物は作り出せるのでコレ一つ扱えるだけで選択肢が広がります。そのため日常生活くらいならこの魔法が扱えるだけで十分とまで言えるでしょう」


「なるほどなぁ」


村人たちから感嘆の声が上がる。


「もちろん大量の水を得る必要があるなら水魔法を使った方が効率はいいですが、やはり水の生成に特化しているだけあって魔力操作の技能が要求されますし、新しく魔法を覚える必要があるのでなかなか大変です」


「確かに。《万物創造(フィアラ)》で水を出せるようになったのもまだほんの数人しかいないからな。しかも仕事そっちのけで練習して」


村人たちの間で笑いが起きる。


「ただ使えるようになったといってもまだコップ一杯の水を生み出すのにかなりの時間がかかってるからな、グイルさんみたいに使えるようになるにはまだまだかかるだろう」


「今後に期待ってわけか」


村人の談笑もしばらくすると終わり、それぞれが仕事に戻っていく中最初にグイルに声をかけた少年だけがその場に残った。


「昨日の続き!教えてよ!」


少年は目を輝かせグイルのことを見つめる。


「あぁ、いいぜ」


グイルがそう答えると二人は村の外れへと移動した。


「《万物創造(フィアラ)》は使えるようになったか?」


「もちろん!」


「ははは、子供は覚えるのが速いなぁ」


グイルは笑いながら少年の頭を撫でる。


「んじゃ今日は攻撃魔法について教えてやろう」


「攻撃魔法!?!?」


そう言うと少年はこれ以上ないほど目を丸くし、顔を輝かせた。


「あぁ、攻撃魔法だ。この村に何かがあったときお前も戦えた方がいいこともあるだろう。但し!力を過信するなよ?」


「分かった!!」


本当に分かってんのか……?とグイルは心の中で呟くも、気持ちを切り替えて講師の顔となる。


「攻撃魔法には水や炎、風など様々な種類があるが、俺が基本使うのは炎の魔法だから炎魔法について教える!!」


「はい!」


「いい返事だ。ってことで俺のことはこれから師匠と呼べ」


さりげなくグイルが付け加えると、少年は明らかに不満そうな顔を浮かべた。


「はぁ?なんで急に師匠って呼ばなきゃなんねぇんだよ」


「いいだろ別に、師匠って呼ぶくらい。俺の機嫌を損ねるつもりか?」


「ちぇ、分かったよ。し・しょ・う!」


少年が嫌味ったらしく師匠と呼ぶと、グイルは豪快に笑ったあとおもむろに喋り出した。


「だったらとりあえずまずは座学だ。炎魔法も含め攻撃魔法には四つの段階が存在していて、強い魔法ほど高い魔力操作性能と複雑な魔法陣、そして大量の魔力を必要とする。お前の魔力量だとまだよくて下二つくらいが使える限度だな」


「グイ、じゃなくて師匠は全部使えるのか!?」


「いや、うーん、まぁ使えるといえば使えるが……」


「なんだよ?」


グイルは少し躊躇ったあとやれやれという表情で口を開いた。


「最上級魔法はちょっとな……。ただ魔法陣自体は構築できるから教えようと思えば教えられる」


「ふーん」


少年の軽い返事にグイルは少し苛立つも、気を取り直して講義を続けた。


「《万物創造(フィアラ)》、使えるようになったんだろ?見せてみろ」


グイルのその言葉に、少年はようやくかと嬉しそうに笑顔を浮かべた。


「《万物創造(フィアラ)》!」


少年がそう唱えると彼の指先に魔法陣が描かれそこから水球が姿を見せる。


「もっと大きくできるか?」


グイルがそう尋ねると、少年は任せろ!とばかりに水球のサイズをどんどんと大きくする。


それはやがて少年の背丈よりも大きくなり、グイルがすっぽり入れそうな大きさにまでなった。


「まだいけるけど。どうする?」


少年の言葉にグイルは衝撃を受けた。


グイルは村人たちに《万物創造(フィアラ)》教えたとき、魔法陣から水を用意していた容器に流すようにして説明していた。


それはこのように水球を作る場合、高い魔力操作の能力が要求されることになるからだ。


しかしそれを習ってまだ数日程度の少年が、ここまでのサイズの水球を維持できるほどにまでやってのけた。


その衝撃を、隠すことは出来なかった。


「お前、センスあるよ」


ようやっとで言葉を捻り出すと、少年は純朴に嬉しそうに喜んだ。


「特に魔力操作がよく出来ている。これは教えがいがありそうだ」


グイルはニヤリと微笑むと、少年のことをじっと見つめた。


「それじゃあ実技練習といこうか」





あれから一時間が経過した。


「《灼火炎(フレア)》!」


少年は炎の第一段階魔法、《灼火炎(フレア)》を元気よく練習していた。


彼の手のひら付近に描かれた魔法陣から握り拳ほどの大きさの炎が飛び出てくる。


「一時間程度でもうコツを掴み始めたか」


グイルは嬉しそうに呟く。


「一つの魔法あたりに使う魔力量の制御もよく出来ている。下手な奴なら最初の数回で自分の魔力を全て使い切っちまうんだがな」


「師匠も最初はそうだったのか?」


少年が揶揄うような目線で聞いた。


「まさか。俺は生まれつき魔力量が多かったからな、使い切るなんて今でも難しい」


「へぇー。師匠の魔力量って俺の何倍くらい?」


「ん?そうだなぁ、甘く見積もっても1000倍はあるだろ。前数値を測ったときは装置がぶっ壊れたから詳細な魔力量は分からんが、目算だとそんくらいだ」


グイルが自慢げに言うと少年は嬉しそうに笑った。


「何笑ってんだよ」


グイルが尋ねると、少年は鼻をさすって言った。


「嬉しいんだよ。自慢できる師匠に出会えたからな」


「くくく、俺も嬉しいぜ。自慢の弟子に出会えたからな」


二人は目を見合わせて大きく笑った。





しばらくして彼らは村に戻った。

少年の魔力はすでに空っぽになっており、今日の成果として彼は炎魔法の第一段階をマスターしていた。


「聞いたぞ、カイン。グイルさんから炎魔法を教えてもらってたんだって?」


少年、カイン・グランツは帰宅するとすぐに村人たちから様々な質問を受ける。


グイルはそれを横目に自身のカバンから取り出した食べ物をつまんでいた。


すると突如すれ違った村人から驚きの声が溢れた。


「グイルさん!?何食べてるんですか!?!?」


「何って……旅の途中商人から買ったやつだけど」


「そんなの食べたらお腹下しますよ!?早く捨ててください!!」


グイルは驚いて目を丸くする。

どうりで最近よくお腹を壊す訳だ……と心の中で彼は思うと同時に、騙されたことに気づけなかった己を恨んだ。


次の日。


グイルは少年カインに炎魔法についての教鞭を取っていた。


「コレが炎魔法それぞれの魔法陣だ」


グイルは空中に描かれた四つの魔法陣をカインに見せる。


「今日はこの二段階目の魔法を習得してもらい、できたら三段階目にも触れていきたいと考えている」


「三段階目?俺が扱うには魔力が足りないんじゃなかったの?」


カインが不思議そうに呟いた。

その問いにグイルはその通りだ、と言葉を続ける。


「だから俺が魔法陣を展開するし魔力も俺のを使う。ただその魔力はお前を経由させる。だからお前が魔力の流れを制御するんだ」


「魔力の流れ?」


「あぁ。魔法の強さは四段階に分かれていると言っても段階ごとの差は均等じゃない。言ってしまえば二段階目と三段階目の間には想像以上に壁がある。お前にはそれを体感してもらう」


「なるほどな」


カインはそう言うと自信あり気に魔法陣を展開した。


二段階目、《焚炎陽(エメルガ)》の魔法陣だ。


「それじゃあいくぜ?《焚炎陽(エメルガ)》!」


真っ赤に染まった小さな太陽のような球体が魔法陣から放たれると、周囲は十分に熱され近くの植物に火が燃え移る。


小さき太陽はそのままグイルに向かって真っ直ぐ進んでいったように見えたが、その途中で太陽は燃え尽きてしまった。


「魔力操作の精度がまだ甘いな。魔力を流す順番とその量を見極めろ」


グイルがカインの魔法を的確に指摘する。


「ならもう一回!《焚炎陽(エメルガ)》!」


次に魔法陣から放たれたのは真紅の太陽。

先程と同じくグイルに向かって一直線に動き出す。


「魔力操作の練習だ。その真紅の太陽を自由自在に動かしてみろ」


「この状態で!?」


カインは師匠からの指示の内容に驚きつつも、言われるがまま太陽を動かそうと試みる。


しかし太陽が思いのまま動くことはなかった。

真紅の球体はそのまま真っ直ぐにグイルへと向かっていく。


「《灼火炎(フレア)》」


グイルが空中に描いた魔法陣から飛び出た火球は、空中で円の軌跡を辿り真紅の太陽を撃ち落とした。


「魔力の流れは魔法を発動した後も断ち切ってはならない。常に体とつながっているイメージを持つんだ。さもないと……そうだな、どうなるか見せよう」


「《焚炎陽(エメルガ)》を撃ってこい」


グイルがそう言うとカインは言われた通り魔法陣を描く。


「《焚炎陽(エメルガ)》!」


放たれた真紅の太陽は、やはり一直線を進んでいる……ように見えた。


真紅の太陽がその軌道からズレた。

ズラしたのだ。


「魔力の流れを断ち切らず、常に自分の繋げるイメージ……なんとなくだけど分かってきた」


「よく出来てるじゃないか。しかしまだ甘いな」


刹那、真紅の太陽が意思を持ったかのように動き出した。


右に左に、円をなぞるように動いたかと思えば、今度は向きを変えカインの方へと動き始める。


「そんなっ!」


カインの悲痛な叫びが辺りに響いた。


そしてカインに当たるかどうかの寸前で、太陽はその輝きを失った。


衝撃で腰が抜けたように見えるカインに、グイルは優しく声をかける。


「繋がりのイメージを疎かにすれば、相手によっては魔法を奪われるから注意しろ。しかし上出来だ。さすが俺の一番弟子」


微笑み話しかけられたカインは、「と、当然だろっ!」と威勢を張るが足はまだ震えていた。


「少し休憩だ」


グイルが声をかけた。


「ピクニックに行こう」




グイルは村人たちから貰った食料を片手に、カインを連れて砂漠の方へと向かって歩いた。


「この村にたどり着く少し前、俺は砂漠で彷徨ってたんだがある日突然の腹痛に襲われたんだ。まぁ原因は多分俺が昨日食ってて怒られたやつなんだけど」


カインからバカだなぁと呆れられるとグイルはなんだとぉ?と軽く言い返した。


「しかもそん時は魔物に追いかけられてて散々だったよ。近くにトイレがあったから助かったが」


グイルは最近の出来事をまるで懐かしい記憶を思い出すような表情で語るが、横からの見透かしたような目に気づくとぎこちない動きをとり、それを更に揶揄われた。


「にしても最近の砂漠にゃトイレも各地にあるんだなぁ」


グイルが感心したように話すとカインが言葉を続ける。


「まぁ一応村から真っ直ぐ砂漠を抜けた先にはそれなりの都市があるらしいからな。その施設の一つなんだろ」


そうやってしばらく話していると、不意にグイルが足を止め近くの岩場に腰かけた。


「そろそろ飯にしようぜ」


グイルはそう言うと手に持っていた竹細工の鞄からパンと干し肉を取り出しカインに手渡す。


それを受け取ったカインは黙ってパンを口に咥えた。


「やわらけぇ、村のパンじゃねぇな。いいのか貰って」


「ご褒美ってやつだよ。魔法練習のな」


「あんがと」


カインは短く礼を言うを黙々とパンを食べ続けた。


そうして食事を終えると、二人はとうとう三段階目の魔法を扱う練習を始めようとしていた。


「魔力の流れを制御するってのは言うほど簡単じゃない。特に魔法陣を展開しながらになるとその難易度は大きく跳ね上がる」


「それじゃ単体で練習することになんか意味はあるの?」


「ある。大有りだ。魔力操作ってのは全ての魔法を使う上での根幹だ。しかもそれが他人の魔力ともなればなかなかの技量を要求されることになる。しかしもしお前が今後魔法使いになりたいと思っているのなら、コレは必須技能だ。例えばそうだな、世の中に存在する大魔法。最上級魔法なんかもその一つだが、これらは大抵一人では行使できない。なぜだか分かるか?」


「難しすぎるからか?」


「それもあるが一番の理由は魔力不足だ。だから人は魔石に込められた魔力を使ったり複数人で協力したりして魔力不足を補う。しかしその場合、自分のではない魔力を扱う必要が必ず出てくる。だから魔法使いになるならコレは必須技能ってわけだ」


魔法使いを目指して大魔法を使う気がないやつなんてそうそういない、とグイルは話しながら魔力操作の重要性を強調する。


「もっとも例に挙げた最上級魔法クラスとなると、魔力不足よりもその複雑さが鬼門となってくるわけだが」


「まぁいずれにせよ他人の魔力を操作できるようになるってのが大事ってことは分かったよ」


カインがそう答えるとグイルは嬉しそうにニヤリと口角を上げる。


「よし!それだけ分かってれば十分だ。もう準備はいいか?」


「もちろん」


カインが自信満々に頷けば、グイルが正面に巨大な魔法陣一つを描いた。


「手を伸ばせ」


グイルがカインの腕を掴んだ。


「目を閉じて魔力の流れを感じるんだ」


握られた手首から魔力が伝わり全身を流れる。


腕から頭、腹、足にかけて伝わり、再び腕へと戻ってくる魔力の流れ。


それを自分の魔力のようにカインは流れる魔力を制御していく。


「まずは初級からだ」


グイルの声が耳に響いた。


「《灼火炎(フレア)》」


カインが使ったときとは全く違う、莫大な魔力が体に入り、そして流れていくのを感じる。


すると魔法陣が発光を始めその奥から火の球が僅かに頭を出した。


そうして真紅に染まった火球がゆっくりと徐々にその姿を露わにしていく。


その進行の同時に地面の砂が溶けるように色を変え、カインには大地が歪んでいくように思えた。


「《灼火炎(フレア)》!!!」


カインが叫ぶように魔法を唱えた。


すると火球は走るよりも速い速度で一直線に砂漠に飛び出した。


「はやっ!」


カインが驚いている中、火球は進行方向を変えて天へと昇っていく。


「初級合格おめでとう。次は中級だな」


火球が打ち上げられた花火のように空高くで破裂すると同時に、グイルの手がカインの頭を力強く撫でた。





「これで初級かよ……!」


中級に挑戦する前に少しの休憩を挟んでいると、カインが不満気に呟いた。


「魔力量の違いにでも驚いたか?」


グイルが不思議そうな表情を浮かべて聞いた。


その問いにカインが嫌々と答える。


「なんだよあの威力。俺と師匠じゃ同じ魔法でもあんなにも違うって言うのかよ」


「使ってる魔力量が違うからな。魔法ってのは大抵魔力を込めれば込めるほどその威力は上昇する。あの威力を一人で使いたきゃまだまだ精進しろってことだ」


「ちぇ、俺もそれなりに戦えるようになったと思ったんだけどな」


カインはぶつくさと言うとそのまま大の字になって地面に倒れ込んだ。


「まだまだ今のままじゃ魔物と戦うには圧倒的な威力不足だ。村の大人たちが剣をもって立ち向かった方がずっと戦力になるくらいにな」


「あーあ、せっかく毎日頑張ってんのにまともに戦えるようになるのはまだ何年も先とか、魔法ってのも全然万能じゃねーな」


「魔法でもなんでも、強くなるってのは何年もかかる大変なもんさ」


「そりゃそうか。んー、よし!そろそろ中級始めようぜ!!」


カインが跳ね起きるとグイルも腰を上げズボンについた砂ぼこりを払った。


二人が先程のように腕を掴むとグイルの魔力がカインに流れ出す。


グイルはもう片方の手で空中に魔法陣を描いた。


焚炎陽(エメルガ)》だ。


先程のように魔力が魔法陣に伝わると真紅の太陽がその姿を現す。


しかしその太陽は魔法陣から出でる途中で蒸発したかのように消えてしまった。


「失敗か」


グイルは小さく呟いた。


「もう一回!!」


カインがそう叫ぶと空中には再び魔法陣が展開される。


「目を瞑って魔力の流れを感じたなら、次は魔法陣を見るんだ。どこにどれだけの魔力を流すのか。丁寧に見極めろ」


カインは目を見開いた。


「《焚炎陽(エメルガ)》」


グイルが魔法を唱える。


すると真紅の太陽が眩く魔法陣から現れた。


地面は歪み草木は跡も残らず灰塵と化す。


「たったの二回で成功か。大したもんだ」

グイルは嬉しそうに呟いた。




そうしていよいよ上級がやってきた。

カインも経験したことのない三段階目の魔法である。


「いくぞ」


グイルの合図を皮切りに、大量の魔力がカインに流れ込んだ。


その魔力量はこれまでの比ではない。遥かに大量の魔力がカインの全身を駆け巡った。




失敗は数え切れないほどカインに降りかかった。


大量の魔力の流れに乗れず、魔法自体が発動しないことも多々あった。


流れに乗れてもその先に立ちはだかる大きな壁。


魔法陣を流れる魔力の微弱な魔力量の違いへの意識。


これらを乗り越え、挑戦を始めて何十回と日を跨いで失敗を繰り返し、ついにその時が訪れた。


「「《紅蓮焦熱弾(ヴァ・レギオン)》」」


魔法陣から、轟轟と輝き燃え盛る巨大な球体が打ち出された矢の如く姿を現した。


大地を切り裂き行く手を阻む巨大な岩石さえも貫いて突き進み、その軌跡は焦土と化す。


周囲には紅蓮の炎が立ち上がり、辺り一帯がまるで地獄に変化したかのようであった。




「《万物創造(フィアラ)》」

しばらくしてグイルがそう唱えた。


すると穴の空いた岩石に歪んだ大地などがだんだんと元の状態へと戻っていく。


「よくやったな」

グイルが嬉しそうに笑ったのに対し、カインは何も言わず右拳を突き出した。


互いに口元がニヤケた。


二人は拳を軽く突き合わせたのだった。






彼らが村に帰宅したときにはすでにあの魔法のことが村中に知れ渡っていた。


「なんだよあの魔法っ!!カインやべぇの学んでんじゃねぇか!!!こりゃ将来有望だなぁ!!」


酒の入った大人たちが次々とカインに絡む。


「ほらグイル先生もっ!飲んで飲んで!」


グイルは村人たちから言われるがまま酒を注がれ、ビールジョッキを既に何杯も飲み干していた。


「いやぁ、俺は大したことしてませんよぉ。カインのやつの才能って感じで」


酒が入り口が軽くなったのか、村人たちに自慢するようにこの数日間の魔法特訓の成果をひらけ散らかす。


「いやぁカインにそんな才能があったとはなぁ〜。本当グイルさんのおかげだ!」


「いやいやぁ〜」


グイルは満更でもなさそうな表情を浮かべるとそのままジョッキを一気飲みする。


「よっ!グイル先生!」


などと村中が魔法の話題で盛り上がっていた、そのときだった。


「グヲォォォン!!」


村中に不快な雄叫びが響く。


大きな牙を持ち、狼のような姿をした巨大な怪物。


しかもそれは一匹や二匹ではなかった。村を囲うように何十体もの、いや何百体もの陰が視界の端から端を埋め尽くす。


その中に一つ毛色が違う陰があった。


他と比べても一回り以上巨大な図体を持ち、明らかに醸し出す雰囲気が他とは異なっていた。


「人間どもよ」


そいつが、グイルたちに向かって話し始める。


「我が名はヴォルガ。既に貴様たちは我が手中に堕ちた。そんな貴様らに選択肢をやろう」




「服従か、死か」


「選べ」


グイルは必死に思考を巡らす。


目の前に現れた喋る魔物から生き延びる手段はないのかと。


「……さんっ!グイルさんっ!!」


結論が訪れる前に、グイルは自身を呼びかける声で現実に引き戻された。


「えっ、、、?」


気の抜けた声が出た。

すると彼の視界にカインの、そして村人たちのと不安そうにする顔が映り込んでしまった。


「グイル、さん……」


グイルの顔面は既に現状を物語っていた。


「ここには腕の立つ魔法使いがいるな?」


ヴォルガが言葉を続ける。


「魔法使いに与えられた選択肢はただ一つ」


周囲を見渡す目線がだんだんと一つに絞られ、ついにその視線はグイルに辿り着いた。


「ここで死ね」


その言葉を皮切りに周囲の魔物たちが一斉にグイルに向かって飛び掛かる。


「みなさん。どうやらここでお別れみたいだ」


グイルは静かに村人たちの方を向き、ニヤリと笑った。


「俺が必ず道を作る。全員で砂漠の向こうの都市にまで逃げろ!!」


「《飛翔(ノア)》」


グイルは空中を移動し飛び掛かってきた魔物たちを人のいない海の方へと引き寄せた。


「《紅蓮焦熱弾(ヴァ・レギオン)》!」


轟轟と燃え盛る灼熱の砲弾が、正面の魔物たちを塵も残さず燃やし尽くす。


「道はできた!!今だ!!!!」


グイルの叫びが響くと同時に、村人たちは一斉に走り出した。

その中には大人に連れられ逃げるカインの姿も見えた。


「愚かな!!」


ヴォルガたちが動くよりも速く、グイルは次の魔法陣を描く。


「《焚炎陽(エメルガ)》」


その魔法陣の数は、百を優に超えていた。


夥しい数の真紅の太陽たちが村人たちの行く手を阻もうとする魔物たちに向かって一斉に放たれ、その巨体に大穴を開けた。


「魔法使い、グイルだったか?」


ヴォルガがじっとグイルを見つめる。


「腹痛は治ったか?」


腹痛?なぜそれを……。

グイルは不思議に思いつつも目の前のヴォルガを油断なく観察する。


「わざわざ商人から買っただろう。あの時から既にお前は私の策に溺れていた」


その言葉はグイルを思考をさせるのに十分な情報であった。


その隙を突くようにヴォルガ自身が海へと飛び込み、鋭い爪がグイルに直撃する。


「腹痛時を狙い配下に襲わせたが、まさか帰ってこないとはな……。人間のくせして我らに届きうる、だから魔法使いは嫌いなのだ」


「しかしまあ、貴様の命を懸けて村人たちを救おうとする決心に免じて、今宵は彼らを見逃すとしよう」


「そりゃどうもありがとう」


頭からは血を流し、腹には大きく深い傷ができた状態で、グイルはそれでもなお立ち上がった。


「もっとも、この村の次に私が狙うのは彼らが逃げたその都市なのだが」


ヴォルガはそう言うと遠吠えをあげ、グイルに向かって走り出した。


「《紅蓮焦熱弾(ヴァ・レギオン)》」


グイルは複数の魔法陣を描きその全てから轟轟と輝く砲弾をヴォルガに向かって叩き込む。

ヴォルガの体から血が噴き出るも、走りが緩むことはなかった。


もはやここまでか、とグイルが死を受け入れたときだった。


視界の端に子供が映った。

少年くらいの背丈でまるでそれは、いや違う。


こちらに向かって走るその少年とは。


カインだ。カインが走って戻ってきているのだ。


「《焚炎陽(エメルガ)》!!」


カインの魔法がヴォルガに直撃する。

そこでようやくヴォルガは足を止めた。


その隙にグイルは空を駆け回りカインのところにいくと、そのままカインを抱きかかえ大空に飛び上がった。


「グイル……!貴様の仕業か!」


ヴォルガがグイルを怒りに満ちた眼差しで睨み付けた。


「いい弟子に恵まれたよ」


グイルはニヤリと笑うと一つの魔法陣を展開した。


「カイン、魔力操作は任せた」


描かれた魔法陣、それは炎の最上級魔法。


二人は息の根を合わせ魔法を行使した。












烈火爆炎極弾(ゼノ・リシオス)











魔法陣から顕れたのは、巨大な太陽の弾。

漆黒に染まったその弾丸は、海を枯らし、台地を抉り、命の有無に関わらず、この世の全てを何一つ残さず燃やし尽くす。


見渡す限りに漆黒の炎が舞い上がり、全ての光という光を飲み込んだ。








カインが目を覚ましたのは、それから三日後だった。


グイルの活躍によって、村人たちは全員都市まで逃げきることに成功した。しかし彼らの村は戦いによって跡形もなく破壊され、帰るべき故郷を失った。その結果彼らは都市の外れに余っていた空き家で暮らすこととなった。


グイルはヴォルガ討伐後気を失ったカインを連れ都市に現れたあと、気がつけばその姿を消していた。


ただ一つ、カインに宛てた手紙を残して。





六年後




カインが王立魔法学院に入学し一年が過ぎた。


グイルから渡された手紙、それはグイルの名義で書かれた学院への推薦状だった。


あれからカインは一度もグイルとは出会えていない。


グイルは今も、どこかを当てもなく歩き回っているのだろう。

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― 新着の感想 ―
魔法の師匠グイルと、将来を嘱望される少年カインの師弟関係が、本当に心を掴まれる素敵なファンタジーでした。 最初はグイルをまるで信用していなかったカインが、共に修行を重ねる中で少しずつ絆を深めていき、最…
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