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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第二夜

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9/23

金曜夜の図書館 1

 50メートルほど坂を上がったところに、図書館らしき建物が奥にあった。

家から出て、長く歩いたという感じはない。

むしろ「こんなところに図書館なんてあったのか……」という驚きが強かった。


フラフラな足取りを一度止めて、建物の外観をよく見ようとする。

外灯が多くないので、全体的に暗くてよく分からないが、建物自体は5階くらいまであるのだろうか。

図書館は縦に大きい造りだ。


下に目線をやると、1階に明かりが点いていた。

僕が家を出ようとしたときは、夜中の12時をとっくに過ぎていたはず。

こんな時間にも図書館に人がいるのだろうか。

仮に人がいたとしたら……。


一瞬、怖い想像が頭に浮かんだので、図書館に続く坂を無視して違う方向へ進もうとした。

だが、行き先には、歩行者が寄りつきにくそうなトンネルが。

進むことをやっぱり諦めた。


「家、帰ろっかな……」


ぼそっと呟き、来た道に戻ろうとしたとき。

僕と同じように深夜徘徊する人が視界に入る。

しかも、図書館に続く坂道を登っていく姿をたまたま見かけてしまった。


見かけたその人は、フードを深く被った線の細い体つき。

男性か女性かは分からない。

何のためらいも無く歩みを進めて、図書館の扉に手を掛け、館内へと消えていったのだった。


「……図書館って、この時間に入っていいのか?」


普段の僕なら。

選択肢が2つあったとして……。

1つは安全、もう1つはどう見てもリスクを伴うやつなら、絶対に前者を選ぶ。

危なっかしいことは選ばない。

僕は慎重派で臆病者だ。


しかし、酒に入り浸り、夜中に理由もなく出歩く今の姿は、普段の僕ではない。

トンネルをくぐろうとは思わなかったが、坂の上の図書館が気になってしょうがない。


「……」


唾を飲み込み、図書館との距離をゆっくりと詰めていった。


『その本、次お借りしたいんですけど……』


歩みを進める中、ふと誰かの言葉が僕の記憶にちらついてきた……気がした。


最初は図書館を気味悪く見ていたが、急な坂を上がっていくことに気持ちが集中していた僕。

足元を見ようとすると、目が回っている感じがする。

あぁ、そうだ、今の僕は酒に酔っていたのだ。


コンクリートの坂から、2、3段ある階段に足を踏み入れ、とうとう入り口まで来た。

今時の造りとは言えない重そうな扉。

押してみると、いとも簡単に扉が開いたのだった。

これはこれでちょっと焦る。

その心情に反応するかのように心拍数が上がっていく。

この図書館、本当に大丈夫なのか?


「鍵……かかってない……」


扉を開けてみたはいいものの、不安定な心がどっと重くなる。

図書館の心配と、自分が不法侵入しているのではないかという焦燥感。

口では落ち着いたことを言っているが、変な汗が出ている感触さえしてくる。

だが、室内はちゃんと明かりが点いていて、図書館とだけあって静か。


入ってすぐ目の前に、大きな階段が一直線にあった。

2階から最上階まで連なっているのだろうか。

照明は1階の一部しか点いておらず、階段がある方向は暗くて見えなかった。

暗闇でしかない階段に気を取られていると、


「こんばんは」


か細い女性の声が聞こえてきた。


聞こえてはいけないものを聞いてしまったような気がしたが。

恐る恐る振り返ると、カウンターに女性が立っていた。

おまけに僕より若そうだ。


「ようこそ。 夜の図書館へ」

「夜の、図書館?」


酔っているせいもあって、言われたことが今1つピンときていない。


「初めての方ですよね。 毎週金曜日、深夜の2時まで1階のみ開館しているんです」

「いや……僕はただ、通りかかったものでしたので……」


僕はとうとう異次元の世界に入り込んでしまったのかと思ったが……。

もしかして、香織を失った悲しみに憑りつかれた挙句、三途の川に足を踏み入れる直前まで来たのか。

僕にとっては好都合かもしれない。


でもどうしてか。

よくある人見知りを発動して、今の状況から逃げようとしていた。

女性に向かって「酔っていて夜中に外を彷徨っていただけなので、どうか構わないでください」とでも言いたい。

だが、今の僕にはそんなスラスラと話せる余裕はなかった。

一方の女性は涼しい顔をして僕を見ている。


「そうでしたか。 では、せっかくですしコーヒーでも飲んでいきませんか?」


女性はカウンターから出てきた。


距離が近くなると、女性の姿がより鮮明に分かる。

艶やかな黒髪セミロング、化粧をしていない割に肌艶もある、ほんのりと赤い薄めの唇。


「あ、いや、そんな」


女性から離れるように、無意識に後ろに数歩下がった僕。

やましいことは1ミリもないのに、香織への後ろめたい気持ちから咄嗟の行動だった。


香織は少しヤキモチ焼きで、僕の女性関係にはあまり良い顔をしなかったが……。

僕は人に語れるほどの女性関係が少ない。

香織に対して一途であることを分かってもらえるように、女性と2人きりにはならないように心がけていた。


館内には利用者が他にもいたとして。

初めて入った図書館に、僕より若い女性がじりじりと距離を詰められては……。


「あの、こんな時間に図書館でお仕事って大丈夫ですか? それに、若い女性がお1人ですし……」


相手の動きを止めさせたい一心で、勢いで出た言葉はこれだった。

それでも、僕の言葉に大きな間違いはないと思う……。

仮に仕事だとしても、夜分遅くに大きな建物で、僕が見る限り、館内には女性1人しか見当たらない。

病院勤務で例えると、たった1人で夜勤をしていることになる。


しかし、女性から言い放たれたのは、


「ご心配なく。 私は図書館の責任者ですし、こう見えて未成年ではないので」


表情に変化を見せない女性。

真正面から返ってきた言葉に、僕は色々と後悔した。

自分の発した言葉は、見た目で女性を判断してしまったように捉えられる。

咄嗟に浮かんだことを言い訳にしただけで、何の思いやりもなかった。


「あ、いや。 すみません……」


「何であんなことを言ってしまったのだろう」と思いながら苦い顔をしていると、


「コンビニでも年齢確認されるので、そんな気にしないでください。 あ、どうぞこちらです」


僕の焦った表情を読み取ったのか、一瞬だけ顔を緩ませた女性。

腑抜けになった僕は言われるがまま、女性の後を付いていくしかなかった。

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