表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第二夜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/19

絶望の中

 夜中にふと思い出したことがある。


高校の古典の授業。

あれは「伊勢物語」の「東下り」だったと思う。

主人公の男が旅の途中に和歌を詠むんだけれど……。

とある和歌を現代語訳すると「現実にも夢にも貴方に会えない」ことを意味していて……。

現代では、夢の中に恋い慕う人が出てくると、自分が相手を意識している方向に捉えられるのに……。

平安時代は相手が自分を想っているから、夢に出てくるという逆パターンだったことが印象に残っていた。


もしそれが本当なら。

夢で会えない香織は、今の僕のことを何とも想っていないのだろうか。

僕に愛想を尽かしてしまったからなのか。

もしくは、香織に対する僕の気持ちが十分に足りてないからなのか。

僕が何をしたら、香織に会うことができるのだろうか……。


仕事にちゃんと行っているし、建前上は患者さんとも向き合っている。

強いて言えば、白衣は前と比べたら皺になっていて、香織が見たら「みっともない」って呆れた顔をさせてしまうかもしれない。

食欲はさらに落ちてしまって、睡眠もしっかり取れているのかも定かではない。

随分と情けない姿になってしまったが……せめて夢でもいいから。

一目でも香織の姿を見たい一心だった。


***


 間接照明だけを点け、広すぎるソファーに小さく腰掛けていた僕。


テレビや音楽もつけず、静まり返ったリビングで、一点だけ見つめながら黙って発泡酒を飲んでいた。

人付き合い程度でしか飲まない酒に手をつけるなんて、僕には異常なこと。


四十九日の帰り、荒れ狂った心をどうにかしたくて行きついたのが、スーパーのアルコール飲料が並んだ場所だった。

酔った勢いで香織のこと、お父さんとの会話を忘れたくて。

死んだように眠りにつきたくて。

右から左まで並ぶアルコール飲料を買い物かごに入れていき、そそくさと家に帰った。

スーツ姿のまま、爆買いした飲み物をテーブルに出し、味わう気すらなく体に酒を流しこんだ。


愚かにも、たった1回の行動でアルコールという魔力を体が覚えてしまい、地獄へ堕落した状況から2週間が経とうとしていた。

酒に溺れるとは正にこのこと。


眠れない夜を、僕はあと何日過ごすことになるのだろう。

死ぬまでこんな夜を毎日迎えなければならないのだろうか。

何もまとまらない頭の中で自暴自棄になっていた。

香織にこんなにも会いたいのに、会えないなんて……まったくもって夢にすら出てこないのはどうしてだろう。

香織と一生を約束したのに、僕はこれから何を抱いて生きていくんだろうか。


「……香織、本当は聞こえているんだろ?」


返事がないと分かっていても、香織の名前を何度も呼んでいた。


涙が出る度、泣くことに反発するようにアルコールを体に流し込む。

何か言葉にしてしまうと、余計に心が裂けてしまいそうになるから……。

今の僕にとって、口はアルコールを入れるためだけの機能に過ぎなかった。


机、床には缶ビール、ボトルのウイスキー、梅酒、チューハイとありとあらゆるものが空になって放置していた。

ゴミ捨ての日が頭になく、恐らく2週間分も蓄積されていったであろう。

酒は飲む、眠れない、それでもケロッとした顔で仕事する。

悲惨なものだが、こうでもしないとやっていられない。


とうとう感覚がおかしくなってしまったのか、一昨日からテキーラに手を出していたのだった。

「自分が知っているお酒で、一番アルコール度数が強いのではないか」という考えで手にしたが……。

飲んでみると、喉の奥が一瞬にして熱を帯び、頭蓋骨から脳みそまで頭全部を回転させにくる。

予想通り強いなと思ったが、買って飲んだ後悔は微塵も無かった。


2週間前の自分では考えられないペースで飲み進めているが、そんなことなんて今はどうでもいい。

いつもなら、飲んでいる途中で眠ってしまうが、今日はやけに目が冴えていた。


「……はぁ……」


次の日が休みだと、無意味な1日を過ごし、あまりに大きすぎる喪失感を抱えながら時間が過ぎていくことが、僕にとって苦痛だ。

そう、明日は大嫌いな休みだった。


***


 テキーラを飲み切ったタイミングで、この後のことはどうしようかと考え始める。

勿論、時間は遅い。

大人しく布団に入ればいい話だが、お酒を飲むか、他に何かしなくてはやっぱりどうにかなりそうだ……なので、外出することを試みた。


日付を越える時間に近づくと、点いていたマンション内の照明が少し減る。

明るくすぎなくて、今の僕の心境的には丁度よい。


道路に立つと、街灯と月だけの明かり。

僕だけしかいない空間が無性にありがたく感じる。


無鉄砲に家を出たので、目的地を決めていなかった。

マンションを出て、左へ曲がったところにコンビニがあるが、肝心な財布を持ってきていない。

掠れた声で「マジか」と呟く。


スマートフォンの電子決済で何とかなるかと思いきや、あと10パーセントしか充電がもたなかった。

仕事が終わって家に帰ると、欠かさず充電をしている僕。

スマートフォンの残り充電にすら気に留めていなかった。


無計画な行動をした不甲斐ない自分に嫌気がさし、スマートフォンの電源をオフにする。

外に出てきてしまった以上、引き返して財布を取りに行く気持ちは無い。

どうにでもなれの気持ちで右に曲がった。


普段は仕事や休日の外出で、駅に向かうときは左しか行かない。

マンションを出た右側は何があるかはあまり知らない、未知の領域だ。

自分の心と身体の重さは、家にいるよりもはるかに外の方が軽く感じるのだった。


こんなにも荒んでいるのに、仕事には行く。

そこの切り替えはかろうじて残っている。

外に出るという行動があれば、こうして心も落ち着かせられるのだろうか。

いや、落ち着いているのではない。

自分を殺めているのだ。

一体どっちが正解なのだろう。

気持ちのままに狂うのか、自傷行為のように押し殺すのか。

行先も無く、死にそうな心持で、生温い夜風を全身に感じながらとにかく進む。

適当な所で、右だの左だの曲がっていく。


夜中とだけあって、車の通りも少ないし、横断歩道の邪魔が来ない。

気持ちとは裏腹に、何とも平凡で、無常にも円滑に進むのだった。

一体、僕はどこに行こうとしているのだろうか……そもそもどこなんて決めていなかった……今の僕は滅茶苦茶なのだ。


「図書館?」


右へ曲がったところに急な登り坂があった。

看板を見てみると『阪峰記念図書館』という建物名が……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ