四十九日 2
会食が終わり、一人ひとり見送りをしていた彼女のお父さん。
何とか気丈に振舞おうとするお母さんと、一人娘の面倒を見ながら懸命に動くお姉さん以上に、お父さんは今日という日を慎重にこなしていた様子だった。
彼女の仕事の人には、先に帰っていただくよう予め促し……。
彼女のお父さんを待っている間、会食の後片づけを手伝っていた僕。
「お兄さん助かるよ。 ありがとう」
笑顔でそう言ってくれた女将さん。
じっと立っているのも何だかなと思ったので、食器の片づけを自主的に動いていたのだった。
「いえいえ。 とても美味しいお料理でした。 あの、この食器は重ねていっても大丈夫ですか?」
「美味しい」とは言ったが、この日も完食とまでいかなかった。
お腹は空腹を訴える音はちゃんとするのだが、どんなに味がしょっぱくても、甘くても、何の感動もない。
悪いという自覚までいかないが、こうして人に偽りを言う回数が増えたとも感じる。
本来の僕はどこへいってしまったのだろう。
彼女と同じように、僕という存在ももうすぐこの世から消えるのか……そんなことができたらどれだけいいのだろう……。
***
お盆いっぱいに乗せた食器を厨房へ持っていこうとしたとき、中年の夫婦とすれ違う。
「あぁ、疲れた」
1人の女性は苛立ちながらそう言った。
赤い髪色に喪服という組み合わせだったので、女性は目立っていた。
「そう言わないでよ。 姪っ子の四十九日なんだから。 それに君は特に動いてないだろ?」
男性の「姪っ子」という発言で、女性が彼女の伯母さんだということを確信した。
男性は宥めたつもりが、伯母さんをムッとさせてしまい、
「普段から嫁と一切口を利かないのに、私が何をするって言うの? はぁ、アナタと話したらもっと疲れた」
酷く怒っている伯母さんに、男性は慌てて伯母さんを追いかける。
偶然、2人のやり取りを聞いていた僕は違和感でいっぱいだった。
まず、優しい彼女のお母さんが、伯母さんと全く口を利かないこと。
今は彼女を失ったショックで、話せる気力が無いかもしれないが、普段から伯母さんと険悪な関係だったことに驚いた。
そして、彼女の四十九日を「来るだけで疲れた」と言ったこと。
まるで姪っ子の存在も毛嫌いしているような言葉に、部外者の僕まで苛々していた。
そのとき、お父さんから僕にお呼びがかかる。
「お店の人に挨拶をしてくるから、車に乗っていて」
さっきまでの違和感や怒りをグッと堪え、お父さんから車の鍵を受け取った。
「わかりました」
お店の戸を開けて外に出ると、どこからか雷の音が耳に入ってきた。
朝とは桁違いの湿気が喪服を重くさせている。
これは一雨降るかもしれない。
助手席に荷物が置いてあったので、僕は後部座席へ座る。
窓から空模様を見ていると、お父さんも運転席に座ってきた。
「すまないね。 お店の片付けまでしてもらって。 女将さんがよろしく伝えてと言っていたから」
「いいえ、とんでもないです」
お父さんはなかなか車を発進させようとしなかった。
「あの、お母さんとお姉さんは……」
「あぁ、伊織たちと先に帰っているはずだ。 寿子は多分、かなり疲れていると思うから……」
お父さんは僕のほうに体を向けず、フロントガラスから外の様子を見ながら答えた。
「そうですよね……」
詮索するのは良くないと本能が言っている。
正しい返し方が何なのか自分でも分からなかった。
少し沈黙があった後、お父さんの口が動いた。
「香織のために集まっているっていうのに……身内が揉めているなんて、本当に情けない……」
うっすらと聞こえたお父さんの呟きを見過ごせなかった。
「何かあったのですか」
「あ、いや。 僕の姉さんのことなんだけど……」
お父さんのお姉さんが「彼女の伯母さん」だとすぐ分かり、数分前に見かけた女性の姿を頭に浮かべた。
「あの、もしかして。 赤髪の方……」
「そう……寿子が姉さんとね……そう……」
後頭部しか見えなかったお父さんは、少しずつ僕に横顔を見せてくれる体勢に変わっていった。
横顔でも分かるくらい、苦しい顔をしていた。
「寿子と姉さん。 昔からあまり仲が良くなくてね。 姉さんがちょっと嫌味っぽいこと言うんだよね」
「そうなのですか……」
「僕らの実家が花屋だから、嫁に来た寿子のことをあんまり面白く思っていなくてさ……普段の寿子は姉さんに嫌味を言われても聞き流していたけど、今の寿子は姉さんの姿すら眼中にないほど気を落としているから」
彼女の実家、高坂家は家業として花屋を営んでいる。
長男であるお父さんが継ぎ、お母さんと結婚してからは二人で店を守っていた。
お店のことは彼女から何度か聞いてはいたが、伯母さんのことについてお父さんの口から聞いたのが初耳だった。
「さっきも見送りで姉さんに嫌味を言われたよ。 『アンタの嫁、今日は私に一切、挨拶すらしなかったけど。 相変わらずムカつく女ね』ってさ」
「そんな……」
お父さんは思い出したくない出来事を零しながら頭を掻いていた。
すると突然、車を打ち付ける雨音が一瞬にして大きくなった。
「すまないね、誠司くんにこんな話をしてしまって。 娘が君のことをよく言っていたのを思い出すよ。『何かとついつい話してしまうし、話しやすい人だ』ってね」
彼女の言葉を思い出したことに微笑みながら、お父さんは言っていた。
彼女がそんなことをお父さんに言っていたなんて。
お父さんも同じように、自然と僕に話してくれたことが嬉しいなって思うはずなのに、心はやっぱり曇っている……。
「さて、雨も強くなってきたし。 もう、行くとしようか」
お父さんは鍵を回し、車を発進させた。




