四十九日 1
5月上旬。
曇天の朝を迎えたこの日は、彼女の四十九日だった。
ジャケットを羽織るには蒸し暑く、移動中の僕はジャケットを手に持っていた。
電車を乗り継ぎ、戸塚駅で下車。
改札口を出ると、大学時代とさほど変わらない街並みが映っていた。
駅から少し離れたところに、かつて僕が通っていた大学がある。
薬学部は6年で卒業のため、丸々その歳月をここで過ごした。
タクシーを探そうとキョロキョロ見渡していると、
「誠司さん!?」
後ろから僕を呼ぶ声が聞こえてきた。
声がした方向に体を向けると、彼女の職場の人たちだった。
半年くらい前だったと思う。
その時に彼女からの紹介があったので、かろうじて面識があった。
向こうは僕に気を遣ってか、挨拶と合わせて名乗ってくれて「誠司さんもタクシーで向かいますか?」と話が振られた。
「彼女の同僚」と言っても、人見知りの僕には自然に返せる余裕があまり無い。
ぎこちなく返事をしてしまったけれど、相手側はまったく気にしていない様子。
それどころか「お寺の場所、分かります? 私たち、この辺の土地勘無いんですよ」と笑い交じりに投げかけられた。
お葬式でも彼女の職場関係者は数十人来ていたが、四十九日は代表して彼女の上司と後輩の2人が来てくれたのだろう。
見知らぬ土地に女性2人がこうして嘆いてしまうのも無理はない。
自分の余計な親切心が働いてしまい……。
「僕、この辺は大学に通っていて、場所は何となく知っているので。 も、もしよければ一緒に乗ってお寺に向かいますか?」
「本当は1人で移動したかったけれど」と思いつつ、目の前の2人に問いかける。
すると、2人は「助かります!」と満面の笑みで、僕とタクシー乗り場に着いて来た。
***
タクシーに乗ってから約10分後、目的地のお寺に到着した。
僕と彼女の婚姻関係を知っているためか、2人から無駄に話をされることはほとんど無かった。
何度か話はしていても、どんな内容かも覚えていないくらいの身の上話をしたぐらい。
「……」
お寺の中に入った瞬間、僕は思わず眉をひそめる。
その場にいた参列者皆が、この世の終わりともいえるぐらい重たい空気を醸し出していたからだ。
その奥には彼女の親族、そして、お父さんとお母さん、お姉さんの姿もあった。
お母さんは、告別式のときよりも頬がこけて、憔悴しきった表情。
あまりの姿にほとんどの人が寄り付かず、言い表せないくらいの悲愴感が出ていた。
一方で、お父さんは顔色を変えず、参列者一人ひとり挨拶をしていった。
四十九日の少し前、お姉さんから電話があった。
彼女があの日、事故に遭ったときと同じように……四十九日のことについての話をしてくれたが「手伝いは特にせず、時間通りに来てくれればいい」とのこと。
告別式では、ただの参列者の1人にしか過ぎなかった僕。
それもそのはず。
結婚を約束してはいたが、彼女の苗字は「高坂」だ。
実質、高坂家の葬儀であって、あくまで僕は他人に過ぎない。
頼まれたことを少しするだけであって、親族側の席には座れなかった。
現状、彼女にとって一番近い存在の「夫」ではないからだと。
所詮、僕は「恋人」止まり。
お姉さんからの電話で、半分はそう納得できる自分と、もどかしさを感じる自分がいた。
だが、お姉さんに胸の内を明かすにも、お姉さんにも気持ちがある。
僕は「分かりました」としか言えず、静かに電話を切った。
彼女とのことがあってから、僕の心が今どんな感情なのか分からないでいた。
悲しい、苦しい、不安、怒り、後悔……どれにも当てはまるようで、選びようもない。
結論が見えない。
そして、どんな気持ちで今日までを過ごしたかもよく覚えていない。
そんな心境。
***
静かに滞りなく法要が終わった四十九日。
食事会の途中、お手洗いに行こうと座敷を出た直後、僕を呼ぶ声がした。
振り返ると彼女のお父さんだった。
「誠司くん」
反射的に姿勢を正し、お父さんに一礼した。
「お父さん……今日は、何もできず、すみませんでした……」
お姉さんからの電話を踏まえて、今日は自分から動くことは極力控えていた。
ただ、彼女のお父さんやお母さん、お姉さんを見るほど、申し訳ない気持ちを募らせていたのだった。
「いや、伊織から電話で聞いていただろう。 誠司くんが謝ることではないから。 今日は来てくれてありがとうね」
「とんでもないです……僕からご挨拶したかったんですけど、なかなか上手くタイミングが見つからなくて……」
彼女のお父さんはいつも優しい。
娘の恋人である僕にも最初から優しく接してくれていた。
子煩悩で、お母さんとも仲のいいおしどり夫婦だ。
逆に怒ったり、悲しんだりといったマイナスの表情を今まで見たことがなかった。
今の僕にも柔らかく声を掛けてきてくれたが……。
「この後、時間あるかな。 少し待たせてしまうんだけど。 誠司くんと話がしたいんだ」
僕にそう言ったとき、お父さんは初めて見る表情を見せていた。
喪主であるお父さんは参列者の見送りや、片付けなど、することが多いのだろうと悟る。
待たされてしまうことに何の問題も無いので、お父さんの要望を受け入れた。
その反面、お父さんから告げられることは何なのかと思うと、若干の不安があった。
恐らく、いつものように話してくれる他愛のない会話でないことは確実だろう。
「ありがとう。 そしたらここで待っていてくれ。 ちなみに今日は電車で来たのかな」
「はい、電車で来ました」
「そうか。 帰りは駅まで僕が送るから気にしないで。 それじゃ、また後で……」
お父さんは再び座敷へと戻った。
息を深く吐き、僕も行こうとしていたお手洗いへと向かう。
「……」
数年前に祖父が亡くなったとき、故人を偲びながら身内とお酒を飲んでいた。
祖父との別れは悲しかったが、終始和やかな雰囲気だったことを覚えている。
飲酒の可能性を考えて、車で来なかったが……まだお酒には手をつけていない。
祖父のときとは、まるっきり空気が違うからだった。
用を足して手を洗う。
水の流れを見ながら、得体の知れない気持ちがじわじわとやってくる。
この先、僕はどうなってしまうのだろう。
「……戻るか」
今置かれている状況が、すべて偽物だと信じたい……。
しかし、そんなことは夢物語に過ぎない。
意味のない現実逃避をしようと、席に戻った僕はビール瓶を手にした。




