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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第一夜

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4/22

辛い瞬間

 1日の中で、心臓に刃物が刺さるくらい辛い瞬間が何回もある。


朝、目を覚ました瞬間。

お腹が空いていないのに、食事をしなくてはならない瞬間。

太陽の日差しが眩しくて当然なのに、太陽を憎いと思ってしまう瞬間。

仕事をしている間も「あぁ、辛い」と思うのはしょっちゅう。


片瀬は良くも悪くも、僕に対していつもと変わらない。

ただ、他の薬剤師さんや事務員さんは、片瀬とは少し違っていて……腫れ物に触れるような扱いを僕にしている。

直接的な言葉はかけてこないかわりに、目で何かを言われている気がするのだ。

目が合った瞬間、辛いし気まずい。


そして、僕にとって避けて通れない……必ず直面する辛い瞬間が仕事終わりにある。

それは、ロッカールームで白衣を脱ぐ瞬間だ。


時間をどう頑張ってずらしてみても、結果は変わらない。

残業したり、トイレに籠っていたりと、くだらない足掻きをやってみても無意味だ。

ちなみに今日は、溜まっていた薬歴の記入をするという程で残業に至った。

家に帰りたくない気持ちが先行し、気が付けば薬局が閉まっている時間をとっくに過ぎていた。


少し前は、彼女が待つ家に早く帰ろうとしていた自分がいたはずなのに。

あと少しで薬歴の記入が終わってしまう。

数十分後の自分が、ロッカールームにいる姿を思うと、憂鬱な波が押し寄せてくるのだった。


彼女のことがあってからも、変わらず仕事に行っている理由。

片瀬の前でそれらしい理由を言ったけど、改めてよく考えてみた。


薬剤の調合には僅かな量で命に関わるため、必然と集中している……。

服薬指導は患者さんや患者さんの家族と話すため、人と会話する時間が絶対にできる。

勤務中はかろうじて、真っ当な人間でいられる気がするからだ。

ところが、それ以外の自分は、暗闇の中で延々と1人もがき苦しんでいる。


片瀬に言われたことも一理ある。

僕のような心身ともに病んでいる薬剤師から、患者さんは薬を貰いたいと思うだろうか。

患者さんのためにも休むか、日数を減らしての出勤も検討したほうがいいのかもしれない。


ただ、仮に仕事から離れられたとして……。

僕自身はどうなってしまうのだろう。

生きた屍にでもなってしまわないだろうか。

考えすぎて、喉に何かが突っかかった感覚か、胃酸が逆流でもしたのか、言葉で表せないほどの気持ち悪さがやってくる。


***


帰り支度のために、恐怖のロッカールームに寄る。

そうして自分のロッカーの前に立った。


「はぁ……」


疲労感も重くのしかかり、盛大な溜息を吐き出す。

鍵を差し込み、扉をそっと開けると、すぐさま目に映ったのはあまりにも綺麗すぎるほどに畳まれた白衣だった。


「今となっては、着られないよ……香織」


ロッカーにある白衣は、彼女が亡くなる直前に渡してくれた最後の白衣だった。


実はその日、婚姻届を出す前日で浮かれていた僕は、彼女から受け取った白衣を着忘れて、元々ロッカーにあった制服を着てしまったのだ。


抱きしめるように白衣に顔を近づけると、柔軟剤の香りがほのかに感じられた。

でも、どうしてだか。

柔軟剤の香りなのに、彼女のお気に入りのラベンダーの香りがうっすら感じてきて……。

彼女の香りだ。

香織だ。

偶然なのか……きっと気のせいだろう。

色んなものがこみ上げてきて、自分の視界が涙でぼやけてきた。


ロッカールームに誰もいないのをいいことに、みるみる感情が出てきてしまう。

膝の力が抜けて、体を小さく丸めて、綺麗な白衣に涙で濡れた顔を近づける。


でも、そう時間も経たないうちに。

ラベンダーの香りが無くなってしまわないかと急な不安に駆られ、涙がピタリと止まる。

何事も無かったかのように体を起こし、すぐさま持っていた白衣を元に戻す。

心ここに在らずの状態で着替えをさっさと済ませ、ロッカールームを後にした。


今日分の辛い瞬間が終わって、どうせ明日も非情にやってくる。

僕はこの繰り返しを一生続けるのだろう。

今朝も彼女がいつものように、綺麗に畳んだ白衣を渡してくれたら。

こんな気持ちなんてならなかったのに……どうして。

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