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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第一夜

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3/21

同期からの一言

 薬局のパソコンを使っていると、右下にある日付を見て今日が何月何日かを知る。

何も考えずにクリックしてみると、ひと月分のカレンダーが出てきた。


「六曜日だと今日は何だっけ?」


と言っても、調剤室には僕だけ。

周りにあるのは規則的に整頓された無数の医薬品。

誰にも聞こえないボリュームで、素朴な疑問を零した。


この時間はお昼なので、薬局にはほとんど患者さんは来ない。

適当にパソコンを操作をしてみたが、今見ているパソコンのカレンダーでは僕の疑問を解決できなかった。


「野上先生、よかったら先に休憩取ってください」


突如やって来たのは、上司である薬局長の森永先生。

明るい声色で、休憩のお声がかかった。


「ありがとうございます。 でも、先に頂いていいんですか?」

「むしろ先に入ってくれたほうが助かる! 私の読みでは、あと20分後にメロンパンが焼き上がっているだろうから。 私はその時間に合わせて休憩入りたいのよ!」


薬局から左へ3軒進んだところに、美味しいと評判のパン屋がある。

特にメロンパンが人気商品で、薬局長は休憩時間になると、そのパン屋へ向かっていく。

どのタイミングで焼き上がるかも予想できるぐらいの常連客だ。


「では、お言葉に甘えて」


僕がそう言うと、薬局長は返事のかわりに微笑んでくれたが……。

仕事から手が離れた僕は、少し気が重たかった。


***


 休憩室に入ると、ガタイの良い背中に白衣を纏った同期が、僕に背中を向けていた。

先に休憩を取っていて、黙々と食べている様子。

僕の足音に気づいた同期は「休憩入ったの?」と振り返りもせず尋ねてきた。


「うん。 薬局長が先に取ってきてって」


冷蔵庫を開け、コンビニで事前に買っていたものを取り出した。


「あぁ、あそこのパン屋か」


何も言わずとも、同期は察してくれる。


「うん。 あと20分ぐらい経ったら焼き上がるかもとか言っていたよ」


同期と向かい合う位置に腰を掛けた。


「薬局長、無類のパン好きだからな。 特にメロンパン。 あれ、週7で食べているのか?」


新陳代謝が良い同期は、季節問わず白衣の袖を肘までまくっていた。


「流石にそれは無いんじゃない?」

「そりゃそうか! 休みの日まで行かないよな!」


僕の返しに、向こうは少しオーバーなリアクションをして笑っていた。


かき込んで食べたものが喉に突っかかったのか、むせた素振りをする同期。

基本せっかちで、飲み込むように食べる人なので、このシチュエーションは多々ある。

一応「大丈夫か」と声をかけるが、豪快にお茶を飲みながら「おう!」と元気よく返事をしてくれる。


「片瀬」と書かれたネックストラップが邪魔になったのか、ぶっきらぼうに外して再び箸を持った。


「薬局長って今いくつだっけ?」


突拍子のない片瀬の質問にあからさまに困惑する僕。


「え、聞いたことないよ。 第一、薬局長の個人情報を知らないし。 知っているのは、うちの会社史上、最短で薬局長になったっていうことぐらい」


上司のことを知ろうとしない僕らにも問題はあるが、当の本人の素性は謎に包まれている。

見た目で年齢が予想しづらい魔女みたいな人。

そう表現した直後「魔女なんて表現、声に出して言えないな」と心の中で反省した。


「仕事できるのに、彼氏いないでしょ。 風変わりな人って男寄ってこないのかな」

「今の発言、本人に聞かれたらどうすんだよ」


僕の焦った顔を見て、片瀬は「へへっ」と悪戯に笑う。

笑い方の癖が強い片瀬に釣られて、僕まで笑ってしまった。


袋の中へ手を伸ばし、コンビニで買ったものを机に出していく。

すると、さっきまで調子よかった片瀬が急に大人しくなった。

片瀬の異変をよそに、僕はサラダの蓋を開け、一緒に入っていたドレッシングとクルトンをかけようとしていた。


「なぁ、野上」


僕を呼んだ片瀬の声が重たくて暗い。

だが、僕は個包装になっている液状の開封がとても苦手なので、ドレッシング1個に集中していた。

白衣に飛び散らないよう、恐る恐る力を入れ、なんとか上手く開けられたことに安堵する。

ドレッシングを下に傾けたのと同時に「ん?」とだけ返事。


「しばらく休んだらどうだ?」


またしても突拍子のない発言に、危うくドレッシングを変に飛ばしかけそうだった。

片瀬との会話は心臓に悪いときがたまにある。


「え? いきなり?」

「うん。 気に障ったらごめん。 でも、なんか言葉をかけようと思って考えた結果、これだった」


短髪の黒髪を強めに掻きながら、片瀬は気まずそうに話す。


「いや、びっくりしたけど、気に障ってはない」


びっくりしたのは本当、気に障ってないは嘘。

悪気があって言ってないことは分かるので、表面上はそう答えた。


「……まぁ食べよう」


手が止まっていた僕を見て、食事を促してくれた片瀬。

僕は「いただきます」と小さく手を合わせ、割り箸の封を開けた。


「食欲はあるのか?」


今度は差し障りのなさそうな話を振ってきた。


「うん、まぁまぁかな。 仕事でこうして外に出ていれば、弁当1つは完食するけど、家帰るとそうでもないかも……」

「そうか」


この日のお昼はコンビニで買ったおにぎり1個にシーザーサラダ。

対して片瀬は親子丼とメンチカツ、から揚げと味噌汁。

食事のボリュームが僕と桁違いだ。


僕と片瀬は今年で28になる。

多少の自炊ができる年齢ではあるが、今の僕は「自分のために自炊をしよう」といった気分に今はまったくなれない。

まして……。


「仕事は辛くないか?」

「仕事? うん、大丈夫」


物思いに耽る隙も無く、片瀬はご飯を口に含ませながら、絶えず僕に話を振ってくる。


「休みの日は? どっか出かけたりしないの?」

「休みの日は……」


どう過ごしていたかと考えてみたが、記憶に無い。

最近の休み、何して過ごしていたかな。


「あぁ。 次の休みは、明後日なんだけど……」


沈黙が耐えられなくなって言葉を発したが、失敗した。


「明後日の休みって、その日は香織ちゃんの四十九日だろ」


片瀬の言葉を聞いて泣きそうになる僕。

現実を突き付けられた感覚に苛まれる。

片瀬は本当に何も悪くないのに……。


固まった僕を見て、片瀬は「ごめん」と言ってきた。

気まずい感触を振り払うように首を振り、そのまま僕はさっきの話を続ける。


「多分だけど、むしろ仕事をしていたほうがいいのかもしれない……」

「どういうこと?」


そこまで咀嚼することなく、着々と食事を進めていながらも、片瀬は相槌を打ってくれる。

僕の中にぼんやりとある今の心境を明かしてみた。


「仕事をしていたほうが、気が紛れるというか。 結局、慎重にやらないといけない仕事だから、余計なことが入ってこないっていうの……だから、日中はまだ救われている気がする」


本心は「仕事に集中してしまえば、計り知れない深い悲しみから離れられる」からだ。

自分の心を優先して仕事をするなんて、舐めているのは分かっている。

客観的に見たら「公私混同だ」と文句を言われても仕方ないだろう。

考えに考えて言葉を選ぼうとしたが、なかなか適した表現ができず、片瀬への返事がしどろもどろになってしまった。


「そう。 なら良いけど」


片瀬はその場の空気に合わせるかのように、味噌汁を控えめにすすった。

一口飲み終えると、カップをテーブルに置いてこう言ってくる。


「どうするかは野上が考えればいい。 ただ、見ていて心配になるときがある。 香織ちゃんの葬式の日から、無理して感情を抑えている感じがするから……まぁ、なかなかそういう訳にいかないだろうけどな。 ただでさえこんな仕事だから」


片瀬は真剣な眼差しで、僕に言ったのだった。


「そうだね……ありがとう、片瀬」


今の僕が彼に返事をするには、これが精一杯だった。


僕がお礼を言った直後、休憩室の内線が鳴り響く。


「俺出るよ」


内線が置いてある場所に近い片瀬が受話器を取った。


「はい、片瀬です」


片瀬は、僕と話していたときとは少し違う表情に変わり、受話器に耳を傾けていた。


片瀬の言うとおり、僕らは薬剤師として医療現場で人の体に携わる仕事をしている。

今日も誰かが助けを求め、救う誰かがいて。

愛する彼女は息を引き取る寸前まで前者だったのに……。

医療従事者の僕……婚約者である僕は、彼女を守ることができなかった。

本当に無力に思えてきて……こんなときでも涙が零れ落ちそうになる。


「俺、先に行くね。 休憩の残りは後で取るわ」


片瀬に涙ぐんでいるところを見られないよう、急いで目を擦った。


「分かった。 お疲れ」


片瀬は空になったプラスチック製の容器や包装を袋にまとめていく。

手際のよさは、僕の家に押しかけて来たあの日と同じだ。


「これあげる。 てか、これくらい食え」


手を付けてなかった片瀬のメンチカツが、僕が食べていたサラダの容器の蓋に遠慮なく置かれた。

僕の戸惑った様子を一切気にも留めず、片瀬はそそくさと席を立つ。

逞しい白衣姿を見つめ、彼を見送った。


「あいつ、昼間は食欲あるんじゃなかったのかよ……」


どれだけ片瀬が僕を心配しているかなんて、この時は知らなかった。

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