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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第二夜

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16/20

本音 1

 この日も残業上がり。

他の先生が急きょ早退し、欠員が出たことで、僕が代わりに業務を引き受けた。


片瀬が異動する分、引き継ぐものがあったのと、患者さんのカルテ記入など、やるべきことが溜まっていた。

それに、片瀬の忠告を受けて、お酒を飲む量を少しでも減らしたほうがいいと自分に言い聞かせる。


一方の片瀬は、通っているスポーツジムの更新手続きがどうのとかで、定時で帰っていったらしい。

彼はどうして「今晩、飲んでく?」なんて言ってきたのだろうか。

「どのみち行けないじゃないか」と、心の中でツッコミを入れた。


なんとか仕事が終わり、重たい足取りで薬局から遠ざかっていく。


あぁ、今日も疲れた。

いつものことだけど、今日は特にイレギュラーだったから、余計にそう思うのかもしれない。


『酒の臭いがするぞ』


片瀬に言われたことを思い出し、自分の腕や肩周りの臭いを嗅ごうとする。


「……自分じゃ分からないや」


自覚症状が無い時点で、酒の量も自分のメンタルも危ない気がしてならない。


『アルコールを過剰に飲んで、依存症になってからでは。 元も子もないだろ?』


痛い所を突かれてしまい、咄嗟に返事ができなかった。

簡単に「大丈夫」と言えばいいのに、あのときは「大丈夫」と嘘でも言えなかったから。

その場しのぎで言いたくても、心はストッパーをかけているみたいだった。

今の僕は「大丈夫な状態」ではないのだ。


駅の改札口を通り、電車に揺られる中、窓に映る自分の姿を見て……。

頭の中を駆け巡ったのは、片瀬の言葉だった。


『しばらく休んだらどうだ?』


僕だってそう思う。

片瀬に言われなくても、自分が休んだほうがいいことぐらい一番分かっている。


『見ていて心配になるときがある』


『香織ちゃんの葬式の日から、感情を抑えている感じがするから』


片瀬と出勤が被ると、責められている気分になる。

そうなるのが嫌で、片瀬の前では遠回しに話を逸らしてみたり、平然を装ってみたりした。

でも、片瀬から逃げたいと思う瞬間があるということは、僕らの関係はギクシャクしていることを意味する。

どうしてこんな風に、なってしまったのだろう。


7月には片瀬と離れ離れになってしまうのに……。


僕の淀んだ心情に反して、駅周辺にいたサラリーマンたちは、気分よく僕の横をすれ違っていく。

居酒屋の賑わいを見て、今日は金曜日であることを思い出した。

間もなく夜の9時を迎えるところ。

もし、片瀬と今晩飲みに行っていたら、あんな感じで楽しくなれるのか。

もっと開放的になって、しつこく片瀬に絡むのだろうか。

いや、きっと逆だ。

僕が片瀬に絡まれるのだろう。

少し羨ましそうに、サラリーマンたちの背中を見送っていた。


「金曜日って……」


スマートフォンを取り出すと、待ち受け画面に「金曜日」と表示されていた。


『毎週金曜日、この図書館は深夜の2時まで、1階だけを開館しているんです』


この前行った図書館は、今夜も開いているのだろうか。

先週の金曜日のことを思い出そうとするが、曖昧なところが多々ある。


それ以上に、酔っ払った僕を介抱させてしまったことへの罪悪感が増していった。

謝罪に行くなら今日しかない。


家に帰ってシャワーを浴び、お酒には手を出さないで、図書館に向かおうと決心した。

スーパーに寄って、お酒を買わないのは久しぶり。

そんなことをよそに、心を無にしたまま真っ直ぐ帰った。


***


 先週の自分に、今の自分が驚いている。

今日は確実に意識があって、運動機能も正常だが……。

図書館までの道順がまるで分からない。

初めて行く面接会場に向かうように、スマートフォンの順路案内を頼りに図書館へ向かった。


あの日は行き当たりばったりで進んだら、図書館にたどり着いたという奇跡が起きたのだ。

「こんなところに交番があったな」とか「こんな大きい交差点があったかな?」など、先週の記憶と重ねながら順路に従った。


家を出てから約10分が経過。

無事に図書館へ到着した。


前回と同様、外から見ると1階だけ明かりが点いているのは分かるが……他は真っ暗。

「何かが出るのでは……」なんて錯覚してもおかしくない。

人の気配が無い場所に突き進んだ1週間前の自分を思うと「お酒の力は人まで変えてしまうんだな」と、考えさせられるし、自分の行動に深く反省する。


入るのを躊躇しつつ、先週のお詫びをしなくてはいけないという意気込みで前に進んだ。

重みがありそうな扉は、やはり施錠されてない。

錆びた音を立てて、そっと中に入る。


***


 カウンターに居るはずの館長さんはそこに居なかった。

ちなみに名前は香菜子さんで合っていただろうか。


さらに中へ入ると、香菜子さんは奥のテーブルで雑誌を広げていた。

僕の足音に気づき、香菜子さんは顔を上げて、


「あ、この間の」


僕に気づき、椅子から立ち上がってこちらに来てくれた。


「こんばんは。 あの……先週はご迷惑をお掛けして本当にすみませんでした」


香菜子さんの目を直接見ることができない僕。

お騒がせしてしまったことへの謝罪をこめて、深々とお辞儀をした。

少し経って顔を上げ、


「今日は、お詫びを言いに来たんです……本当にすみませんでした」


二度同じく頭を下げた。

隣に先週の自分がいたら、無理やり頭を押さえつけてお辞儀をしていただろう。

何なら、土下座してもいいくらい。


「頭を上げてください。 そんな大したことしてないですよ? それに、遼くんも喜んでいましたし……」

「遼くん?」


まずい……記憶が抜け落ちているところがあった。


「先週いた男の子とお話ししていたんです。 覚えていませんかね? 楽しそうに喋っていたのを遠くから聞こえていたので……」


香菜子さんの一言で思い出すことができた。

パズルが組まれるように、会話のやり取りが浮かび「あ! あの子か!」と思い出した素振りを見せる。


「思い出しました。 確かトランプしたような……」


深くお酒を飲んでいた先週の夜。

最初に香菜子さんと喋って。

コーヒーをご馳走になってしまって。

その後に遼くんに会って。

会話の内容はあまり頭に残っていないけど……。

初対面にしては喋ったほうだったと思う。


成り行きで遼くんが持参していたトランプで遊び始まって、これが意外と白熱して。

香菜子さんも最後参加して、神経衰弱をやった気がするのだが。

最後どういう感じで家に帰ったか……。


「そうです、閉館時間までお2人盛り上がっていました」


笑いを含んだ声で、香菜子さんは言っていた。


「ということは2時まで……」

「はい」


そんな遅い時間まで遊びに熱中していたのかと思うと、


「遅くまで本当すみません……」


ただただ謝ることしかできない。

思わず顔を手で抑える。


「とんでもない。 私も参加させてもらって楽しかったですし」


僕の謝罪をよそに、香菜子さんは涼しい顔でそう言ってきた。


「それに、結果的に私がおいしいところをほぼ持っていった感じでして……」


ゲームの勝敗まで覚えていない。

ただ、今の一言で香菜子さんが相当ゲームに勝っていたことが分かる。


「せっかくですし、コーヒー召し上がってください。 それともご自分で淹れたほうが調節できて、そっちのほうがいいですかね?」

「あ、はい! 自分でやります!」


香菜子さんは椅子に腰を掛け、僕はコーヒーを淹れにテーブルへ向かった。

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