金曜夜の図書館 4
一方、遼くんはハッとした表情をしていた。
「あ、すみません。 つい余計なことを。 19歳の戯言と思って聞き流してください!」
「遼くん……自分で年齢、バラしちゃっている」
「は! しまった!」と手のひらで口を抑える遼くん。
予想していた年齢に近かったが、流石に19歳はまだナイーブな年頃だろう。
まだ会って数分しか経っていない僕たち。
言葉の意味を掘り下げないほうがいいだろうと思い、自分のモヤモヤをそっと心にしまう。
その代わり、遼くんに1つ提案した。
「それじゃ、もう帰ろうか!」
「へ? もう帰るんですか? まだ会ってちょっとしか経っていないのに」
僕の発言にかなり驚いた様子だ。
「学生ではないけど、遼くんは未成年じゃないか! この時間に出歩いている時点で警察に声掛けられるだろうし、僕が仮に警察だったら、きっと遼くんのことを職務質問しているな」
「そんな親みたいなこと言わないでくださいよ!」
遼くんはまだ帰りたくなさそうだったが、日付はすでに超えている。
「親御さんから心配されない? こんな夜更けに出歩いていること、親御さんは知らないんじゃ……」
「僕の両親は大丈夫です。 図書館にいるって分かっていますから!」
迷うことなく言った遼くんを見て、あまり僕がしつこく言ってもどうかと思えてきた。
親御さんが遼くんの居場所を知っているなら、一旦は大丈夫なのか。
「そっか」とだけ相槌をした。
遼くんは僕のコーヒーカップを少し覗いてきて、
「あ、コーヒーのおかわりいりますか?」
「え、あ、まだあるから大丈夫! ありがとう」
いきなりコーヒーの話が振ってきたので、しどろもどろに返事をする。
「じゃあ、自分の分だけ淹れてきますね!」
席から立ち上がり、コーヒーサーバーのところへ行った遼くん。
「図書館に来てすぐトイレに行っていたので。 まだ自分の分淹れていませんでした!」
「そ、そっか。 ごめんね。 僕がコーヒーを零したせいで、自分の分を淹れそびれちゃったよね……」
「いえいえ、気にしないでください!」
あっという間にコーヒーが淹れ終わり、戻って来た遼くん。
そういえば、遼くんってコーヒー飲めるんだ。
僕が10代の頃、コーヒーの美味しさなんて分からなかったから……。
率先してコーヒーを淹れに行くなんて、ちょっとカッコイイなと思っていた。
「誠司さん? どうか、しました?」
じっと見つめていた僕に声を掛けてきた。
「あ、何でもない」
僕も自分のコーヒーに口をつける。
「ふふっ。 誠司さん、全然目合わせてくれなかったから、今一瞬だけ目合ったなって思ったのに」
遼くんはニコニコしながら、再び僕の隣に座った。
「ごめんね。 悪気はなくて、その、人見知りなんだよね……」
人見知りが故に、人付き合いの悪さが出てしまう僕。
不思議と仕事では人見知りモードは出てこない。
相手は患者さんだし、人見知りをしている場合ではないんだけれど……。
目を合わせずに服薬指導することはまずあり得ない。
仕事中の僕も、プライベートの僕も同一人物なのに。
どうして今の状況では、上手く人と話せないのか。
遼くんはいたって良心的に話してくれるのに。
僕とは何個も離れているのに、自分のほうが大人気なく思えてくる。
「ハハッ! 人見知り! でも、人見知りなんだろうとは薄々感じていました!」
力が抜けたように笑っている遼くん。
「初対面ですけど。 僕が思うに、誠司さんって誰よりも誠実で、誰よりも良い人。 な気がしますよ!」
返ってきた言葉は予想外の褒め言葉だった。
「僕、そんなよくできた人間じゃないよ? ていうか、どうして初対面でそんな風に……」
僕は遼くんが高く評価してくれるほど善良な人ではない。
しっかり否定しようと、体ごと遼くんがいるほうに向けた。
「そんなに否定します? どうしてって言われても……何となく?」
「何となく?」
真っ黒な遼くんの瞳を見ながら「何となく」を復唱する。
答えになっていない「何となく」に「どうせ理由なんてないでしょ?」と心の中で疑う。
人は出会って数十分足らずで、どんな人相かを知るなんて難しい。
でも、不思議と香織に出逢ったときだけは特別だった。
あれはどうして……。
「誠司さん! そう落ち込まないでくださいよ!」
屈託のない遼くんの笑顔に目を奪われる。
いつもの僕だったら、他人の何気ない一言に一人で落ち込み続けるのに、今はちょっと違うみたい。
美味しいコーヒーのせい?
いや、お酒の飲み過ぎだろう。
僕は「え、落ち込んでいるように見えた?」と釣られて笑ってみる。
「僕、冗談は言わないタイプなので。 誠司さんに対して思ったことは本心ですからね!」
そう断言してくれたが、曖昧に「そっか」しか返せなかった。
だって、今の僕は真人間とは言えないから。
すると、僕の返答が気に入らなかったのか……。
笑っていた遼くんの顔が徐々に真顔になっていった。
人の表情の変化に敏感な僕は「ど、どうかした?」と、恐る恐る尋ねる。
「誠司さんって、小顔だなって思って」
予想外な回答に、僕は「そこ?」と突っ込んでしまった。
もし、コーヒーを飲みながら聞いていたら、確実に吹いていたかもしれない。
「良いことを言われても、何も出てこないよ?」
自分のルックスどうこう言われることは滅多に無い。
小顔と言われたということは「褒められた」と解釈していいのだろうか。
自分のことを人から良い風に言われると、とてつもなく疑心暗鬼に陥る。
眼鏡を掛けて、野暮ったく見える僕のことなんて……。
「冗談抜きで本当にそう思っています!」
「うーん、身長のせいもあるかな?」
「え、身長いくつですか?」
前のめりになる遼くん。
「確か、178センチ」
年に一度の健康診断で測った身長を思い起こす。
「え、羨ましい。 僕そんなに身長無いや」
捨てられた子犬のように分かりやすく落ち込む遼くん。
僕の場合は学生時代にバスケ部だったので、部活の影響が大きかったと思う。
「あ、でも。 男の人はハタチになるまで身長伸びるって聞いたことあるよ! 遼くんにも可能性あると思うけどな」
ポジティブに捉えてくれそうなことを慌てて引っ張り出した。
事実かどうかは分からないけど。
「僕にも身長が伸びる可能性、あるかな……」
コーヒーカップを真っ直ぐに見つめながら、自信なさそうに呟いていた。
遼くんの姿を見ていると「華奢」という言葉では収まらないほど細い体つき。
身長を伸ばすよりも、少しでも栄養を摂ってほしいなと思ってしまう。
お酒に浸食されていた僕だったが、思考回路は図書館に来たときよりもマシになってきた、はずだ。
「まぁ、身長が欲しいなら、この時間は寝たほうがいいと思うけど……ね?」
「うわぁ、それ言われたら何も言い返せない!」
さっきの明るい遼くんに戻ってきて、僕も思わず微笑んだ。




