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今宵、図書館で逢いましょう。  作者: さきみやめぐ
第二夜

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10/20

金曜夜の図書館 2

 カップに注がれるコーヒーを見つめながら、ぼんやりと昔のことを思い出す。


「はい。 おまたせ!」


空色のマグカップに透き通った琥珀色の紅茶を香織は僕に出してくれた。

取っ手に手をかけ、マグカップからほんのり感じる湯気に鼻孔をくすぐらせる。


「うん。 良い香り」


思わず笑みが溢れ、ゆっくり飲もうとしたが、


「香り(香織)だけにね!」


僕の顔に近づいてオヤジギャグをかましてきた。


「ねぇ! 飲もうとしていたのに、笑わせないでよ!」

「まぁまぁ。 そう怒らないで! ていうか、眼鏡曇っていますけど?」


笑い混じりに僕をなだめつつ、香織もまた色違いの淡いピンク色のマグカップを手に持っていた。

曇った眼鏡の隙間から、マグカップに唇を近づける香織の姿が……。


***


「どうぞ。 冷めないうちに」


熱々のコーヒーを白いカップに注いだ後、女性は僕の目の前に置いた。

危うく「普段あまりコーヒーは飲まないんですよね」と言いそうになるが、ここでは黙っていることに。


「……いただきます」


ゆっくりとカップを手に取る。

冷まそうと息を吹きかけると、同時に自分の眼鏡がくもった。

この感じ、いつものことだ。

湯気のせいで視界が遮られる。

一旦、カップを机に置き、眼鏡を外してくもったレンズを洋服で拭く。

小さな声で「すみません」と謝って、もう一度カップを手にした。


食べ物の好き嫌いやアレルギーは特に無いが、苦いものは避けがちの僕。

主にパクチーやベビーリーフなど、葉物ならではの苦みがどうしても気になる。

コーヒーは「何となく苦い」の印象が強くて、カフェであまり頼んでこなかった。


それに、コーヒーを頼む機会がない別の理由もある。

色々なことを考えながらコーヒーを一口味わった。


「あれ? 飲める、な」


想像をしていたよりも飲みやすい。

拍子抜けしたリアクションを取る僕に対し「コーヒーもしかしてダメでした?」と女性は尋ねてきた。


「あ、いや、その。 コーヒーより紅茶を飲むことが多かったので、コーヒーを飲むのが久々だったというか、その」


頑張って答えようとして、どもってしまう自分の話し方が気に食わない。

「あまり深堀してほしくないな」という気持ちも混ざっている。


「でも、今まで飲んだコーヒーの中て美味しい、気がします」


渋みを感じない、どこかフルーティーな味わいもある。

苦くて嫌という感想は一切無かった。


「それは良かったです」


女性も口角を上げて嬉しそうな表情をしてくれた。


コーヒーをもうひと口飲もうとした瞬間、


「あの。 ちなみにですけど、お酒飲まれていますか?」


女性から突拍子もなく的を突かれ、むせてしまった。

咳込みをする僕に「大丈夫ですか? お水いりますか?」と心配してくれた女性。


「いや、大丈夫です……あの、どうして?」


ついさっきまで荒れ狂うようにお酒を飲んでいた僕。

自宅での晩酌なので、本来はこんな夜分遅くに人とは会わないはずだった。

しかし、今日に限って違う。

飲んだまま出歩き、この時間に若い女性からコーヒーをいただいている。

周りの事なんて気にせず、ノコノコと来てしまったことに今更ながら反省。


「お顔が赤いのと、目の焦点が合っていないのと、目が腫れていらっしゃるな……と思ったので」


女性の言った通り、今の僕は惨めな有様だ。

お酒を飲んで顔が赤かったこと、家を出る直前まで涙ぐんでいたこと。

下手をすると、ここに来る道中も泣いていたのかもしれない。


「ごくたまにいるんです。 お酒をたくさん飲んだ後、図書館でコーヒーを飲みに来る人。 今日は金曜日ですから、世間では華金とか言いますよね? だから何となくそうかなと思ったんです」


見た目は若く見える女性だが、喋りはとても落ち着いている。

もしかすると、精神年齢は高いのかもしれない。


そして、僕のほうが年齢は上だろうというのに、感情のコントロールができていない。

お酒におぼれる、女性に介抱してもらってと、情けない要素だらけ。


「すみません本当に」


そもそも僕はどうしてここにやってきたのだろう。

反省する僕の前に、女性は膝を少し曲げて僕に近づく。

女性は僕の目をじっくりと見て、深刻そうな顔をして……。

酔っている今の自分は、初対面の女性に何もかも見透かされている気がして……変な緊張感を覚えた。


「吐きそうですか? 袋いります?」


予想外な問いかけだった。


「いえ! あの、本当に大丈夫ですから。 お仕事に戻ってください!」


女性と喋っているうちに、少しずつ正気が戻ってきた。


「冗談です。 意識もあって会話もできていますし、そこまで重症じゃなさそうですね」


まさかのジョーク。

しかも、最初はあれだけ涼しい顔をしていたのに、歯を見せて笑う姿が意外だった。


「ではお言葉に甘えて仕事に戻ります。 せっかくですし、ゆっくりしていってください。 おかわりは奥のテーブルにありますので。 お帰りの際、カップは机に置いたままで結構ですから」


女性はゆっくりと立ち上がり「ごゆっくり」と言って、軽く頭を下げてその場を後にした。

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