8 ファム・ファタール
「カメリア様なら、きっと僕を見つけてくれると思っていました。」
カメリアの糾弾を受けたユリウスは、満たされた顔で微笑む。
「なにを言ってるのよ、ユリウスが犯人なわけないでしょう!」
叫んだのはローゼンベルク侯爵夫人だ。
「どうして父親を殺さなきゃならないのよ。
ユリウスは人殺しなんかするわけない。」
ローゼンベルク侯爵夫人は必死に訴える。
しかしローゼンベルク侯爵夫人が「そうでしょ、ユリウス!」と詰め寄っても、ユリウスは悲しげに微笑むだけなのだった。
「なんで何も言わないのよ!」
激昂するローゼンベルク侯爵夫人を「奥様、落ち着いてくださいまし。」とメイド長が宥める。
「カメリア嬢、説明してちょうだい!
なんでユリウスが犯人扱いされなきゃならないのよ!」
「まずは切り裂きブーベの物語からお伝えしなければなりませんわね。」
カメリアはそう言って語り始める。
「20年前、とある孤児の少年がいました。
少年はこの城の地下に招かれ、仕事を与えられました。
その仕事とは、暗殺でした。
切り裂きブーベとは、侯爵家に雇われた暗殺者だったのです。」
「切り裂きブーベが侯爵家に雇われていたですって?」
ローゼンベルク侯爵夫人は眉を吊り上げる。
「ブーベが殺した10人の女は、娼婦なのよ。
そもそも侯爵家のものが娼婦なんかに関わるはずないでしょ。」
「ローゼンベルク侯爵邸の隠された地下道は、街の地下墓地と通じていますの。
ブーベの日記によれば、ローゼンベルク侯爵家が立ち入りを禁止した地下墓地を通って侯爵の部屋にかよう女たちがいたのです。」
「地下墓地を通るように命じていたということは、彼女たちが公にはできない客だったんですな。」
レストレード警部の考えをカメリアは肯定し、「ブーベに殺された娼婦たちは、侯爵の部屋にかよっていた娼婦たちだったのですわ。」と告げた。
「切り裂きブーベは、自分の仕事は侯爵家の財産を狙うわるいやつをやっつけることだと日記に書き残していました。
最後の被害者となったブーベの友人ルイーゼは、悪事を企ててはいなかった。
しかしルイーゼはどうしても殺されなければならなかった。
つまり、殺された娼婦たちは彼女たちの意思にかかわらず、ローゼンベルク侯爵家を脅かす存在だったのです。」
その意味を理解したレストレード警部は息を呑んだ。
「まさか、殺された娼婦たちはローゼンベルク侯爵の子どもを宿していたのか。」
カメリアは無言で頷いた。
レストレード警部は頭に手をやり、「呼びつけておいて、子を宿したら殺させるとは、なんと身勝手な…。」と呟いた。
「ブーベは10回目の犯行のとき、怪しい人物がいると通報を受けて近くに来ていた警察に逮捕されました。
おそらく、警察に通報をしたのは侯爵家の人間です。
侯爵家の関与を露見させないため、ブーベを縛首にすることは最初から決まっていたことだったのです。」
カメリアはユリウスの方へ向き直る。
「ユリウス様、あなたは地下に残されたブーベの日記を見つけたのでしょう。
そしてこの真実に気づいてしまった。」
ユリウスは苦しげに顔を歪めた。
「先日、僕は父に話があると呼び出され、地下通路の存在を知らされました。
そろそろお前が使う番だろう、と父は言ったのです。
この部屋は侯爵家の当主が代々使ってきた部屋です。
その当主たちは皆、何人もの女性に地下通路から部屋に来させていた。」
ユリウスはカメリアに、「地下通路に山積みにされた髑髏を見たでしょう。」と訴えかける。
「あれは歴代のローゼンベルク家の当主に呼ばれた女性たちなんです。
彼女たちの死を隠蔽するために、共同墓地ではなく屋敷の真下に死体を遺棄していたんです。」
侯爵家は何年も何百年も、悲劇を繰り返し続けてきたのだ。
あの地下に埋葬されていた髑髏は、その悲劇の犠牲者たちだったのだ。
「だからって父親を殺すことまでしなくたって…。」
縋り付くローゼンベルク侯爵夫人に、ユリウスは「母上は、ブーベに娼婦たちを殺させたのはローゼンベルク家なのかと聞いた時、父上がなんと言ったか想像できますか。」と問う。
「『昔は娼婦一人いなくなったことぐらい、貴族なら簡単にもみ消せたんだがなぁ。
近頃は愚民どもも生意気に人権を主張するようになって警察の目を誤魔化さなきゃならん。
面倒な時代になった。』」
「父上はそう言ったんですよ。
父上は、自分のせいで娼婦が死ぬことも、少年が悲惨な運命を送ったことも、なんとも思っちゃいないんだ。
あんな人、生きていいはずがない。」
ローゼンベルク侯爵夫人は言葉を失った。
「だけど僕の地位は、彼女たちの犠牲の上で成り立っている。
何百という屍の上で、僕は息をしている。」
ユリウスは正義の心をもつ青年だった。
しかしその正義が彼を追いつめ、狂わせてしまったのだ。
悲痛な声で語るユリウスを、カメリアはただじっと見つめていた。
「僕は耐えきれなかった。
僕は生まれながらの罪人なんだ。
何度も何度も、罪深い己を呪った。
そんなとき、カメリア様、あなたのことを知ったんです。」
ユリウスはカメリアの手を取る。
「あなたの鮮やかな推理で罪を暴かれた犯人が羨ましくて仕方なくなった。
だからあなたを招いたんだ。
カメリア様なら、僕の罪を暴いて、僕に破滅をもたらしてくれると信じていました。
そしてあなたは、僕の望みを叶えてくれた。」
「私はただ探偵としてすべきことをしたまでですわ。」
「あなたは僕のファム・ファタールだ。」
ユリウスは陶酔した表情でカメリアに語りかけたが、カメリアが同じ温度の視線を彼に向けることはなかった。
ユリウスはカメリアから離れると、レストレード警部に「もう大丈夫です。」と声をかけた。
「そうですか。
では、行きましょう。」
レストレード警部は部下とともにユリウスを連れて部屋を出た。
その背中を、カメリアはなにも言わずに見送った。
こうして、切り裂きブーベの亡霊に取り憑かれた男は、呪われた城を去っていった。




