6 ブーベの日記
ぼくはとっても幸運だ!
この町でもっとも幸運なのはきっとぼくに違いない。
数ヶ月まで、ぼくはみなしごの浮浪児だった。
金もなければ、食べるものも着るものも寝るところもなにもない。
道行く者たちに汚いとののししられ、殴られ蹴られる毎日。
それがどうだ!
今や毎日食事が与えられ、新しい服と、ぼくのためだけの寝台が用意されている。
その上、この町の地下の全てがぼくの城!
なんと素晴らしいだろう。
ぼくがこの城に案内されたのは全くの偶然だ。
野垂れ死しかけたぼくの目の前をたまたま通りかかった背広の男が、仕事をさせてやるとぼくにいったのだ。
仕事をやったなら、寝床と食事を与えると。
そして連れてこられたのが、町中に張り巡らされた地下道の中心のこの場所だった。
おかげでぼくは地下の支配者になったんだ。
幸運としか言いようがない。
この迷路のような地下で、ぼくはずっとひとりぼっちなわけじゃない。
ともだちだっているんだ。
何十という骸骨もいるけど、それは別。
あいつらは骨ばかりで、なんにも喋りはしないんだから。
みんなが知らないだけで、この地下通路を通る人はぼく以外にもいるんだ。
ここを通っていくのは、たいていは化粧が濃くて、香水の匂いがする女のひとだ。
彼女たちは通路をからやってきて、ぼくの部屋を横切って、螺旋階段の方に行く。
螺旋階段へ通じる通路は、ぼくはつかっちゃいけないのだと背広の男に言われた。
そいつは螺旋階段の方からやってくるから、そこに背広の男が住んでるんだと思っていた。
でも、ルイーゼがいうには違うらしい。
ルイーゼは、あの階段の向こうは侯爵様のお屋敷なんだっていってた。
ルイーゼはぼくのともだちだ。
ルイーゼは地下通路を使ってるうちのひとりで、ぼくと歳が近い女の子。
通り過ぎる女の人たちのなかで、ルイーゼだけがぼくにやさしくしてくれた。
ぼくに文字を教えてくれたのもルイーゼだ。
ルイーゼはなんでも知っている。
こんなに便利な地下通路をどうしてみんな使わないのかってルイーゼに聞いた。
ルイーゼは、侯爵様が禁止したからだって教えてくれた。
本当はこの通路は地下墓地で、死者の眠りを妨げないようにって侯爵様が立ち入りを禁止したんだって。
死者が怖いなんて侯爵様も大したことないねってぼくが言ったら、ルイーゼは笑ってくれた。
ぼくはルイーゼが大好きだ。
だからぼくは、ルイーゼにだけ、ぼくの秘密を話したんだ。
秘密とは、ぼくが任された仕事のことだ。
ぼくの仕事は、わるいやつを始末すること。
背広の男がいうには、この町には、侯爵様の財産をねらっているわるいやつらがいっぱいいるらしい。
そいつらを殺すのがぼくの仕事だ。
ぼくはこの地下通路を使って、わるいやつのところへいく。
そしてそいつの首元をきって、腹を裂く。
それからまた地下通路に潜って逃げるんだ。
警察に通報されても、警察が来る頃にはぼくはもう地上にいないから見つけられない。
それにあいつらは侯爵様の命令で地下通路は使えないから、ぜったいに捕まえられないんだ。
ぼくは切り裂きブーベって呼ばれてるらしい。
こないだやっつけた女がそう叫んでいた。
さいこうじゃないか、切り裂きブーベ!
初めて与えられたぼくの名前だ!
切り裂きブーベの正体はぼくだとルイーゼに話したのは、ルイーゼが泣いていたからだ。
いつもにこにこしているルイーゼが、その日は泣いていた。
ぼくはルイーゼに泣き止んでほしくて、この秘密を話した。
ぼくは切り裂きブーベだ、わるいやつらをやっつけてるんだ。
だから、ルイーゼを泣かせたやつもぼくがやっつけてやる。
そう言った。
でも、ルイーゼは泣き止まなかった。
それどころか、もっと悲しそうな顔をしたんだ。
どうしてそんなに泣いてるの、と聞いたら、ルイーゼはこう言った。
「もうすぐあなたはわたしを殺さなきゃいけなくなるからよ。」
ぼくはびっくりして、ルイーゼに言った。
「ぼくはルイーゼを殺したりなんかしないよ。
だってルイーゼはわるいやつじゃないだろ。
ルイーゼは侯爵様の財産をねらったりしないだろ。」
ルイーゼは「わたしがそうしたくなくても、侯爵様にとってわたしはもうわるいやつなのよ。」って泣いた。
ぼくはルイーゼに、一緒に逃げようって言ったんだ。
でも、ルイーゼは頷かなかった。
「侯爵様はわたしが死ぬまで納得しないわ。
わたしはもう、生きていてはいけないの。」
それからルイーゼは、「約束して」って頼んだ。
「わたしのことを覚えていて。」
ぼくは当たり前だ、って答えた。
だってそうだろう、ともだちのことを忘れるもんか。
そしたらルイーゼは、「わたしのことを覚えてるひとがいなくなったら、わたしが生きてた証拠が何も残らなくなってしまう。だからあなたに、生きていてほしいの。」って言ったんだ。
ぼくはルイーゼのことを忘れないこと、そして生きることを約束して指切りをした。
だけどぼくは、ルイーゼとの約束を、一つ破らなきゃならない。
どうやらぼくも、死ななきゃならないらしい。
今日、背広の男は地下通路の地図を渡してぼくに言った。
これが最後の仕事だ、と。
きっと、向かう先にいるのは、ルイーゼだ。
今日、ぼくはルイーゼを殺す。
それがぼくの最後の仕事。
ぼくはもうここへは戻ってこれないだろう。
それでもやっぱり、ぼくは幸運だったと思う。
だって、ルイーゼに会えたから。
ルイーゼと、ぼくが生きた証拠を残すために、ぼくはこの日記を書いた。
これでルイーゼとの約束は果たせたことになるかな。
さいごに、ぼくを幸運にしてくれた侯爵様に、切り裂きブーベからお別れの言葉を!
お前なんか大嫌いだ!




