出逢い②
午前中いっぱいゾンビ役をやっていた瑞貴は、交代に来た後輩に引き継いで、ゴスロリ姿のまま楽屋で弁当を食べていた。瑞貴がゾンビ役をやっている間、藤田風子が友達と一緒にやって来て瑞貴のゴスロリ姿を見てにやにやしたり、霊媒師の卵で怪異を視ることができる同級生の那珂川壱流が一人で入ってきて、しらじらしく怖がるふりをしながら通り過ぎていったりした。冷やかしやさくらであっても、客が増えて陸上部に貢献できるのはいいことだ、と瑞貴は諦めていた。
海斗もフランケンシュタイン役を終えていたが、陸上部の次期部長になる海斗は文化祭の企画でも忙しくしており、今も係の仕事で出かけている。午前中の役割を終えた他の部員たちも、模擬店に買い物に行ったり、展示や出し物を見に行ったりしていて、瑞貴は教室に一人だった。
机に頬杖をつき、自分で作った半熟の茹で卵を食べながら、あの黒猫に化けていた茶色い動物のことを思い出していた。狸でも狐でもない。あのぬらりとした細長い動物は何だったか。見覚えがあるようで思い出せない。
廊下に人影が見え、瑞貴は海斗が戻って来たのかと顔を上げた。後で、宣伝がてらこの恰好のまま一緒に他の展示を回る約束をしているのだ。しかし、人影はなかなか教室に入ってこない。不審に思って瑞貴が椅子から立ち上がりかけると、教室のドアからそっと、少女が顔を出した。
「あ……。ここは関係者以外、立ち入り禁止なんですけど」
明らかに他校の制服を着た少女に告げながら、その顔を見て瑞貴ははっとした。少女もその様子に気付いて、にっこりと微笑む。
「ふふ。ゾンビさんは男の子だったのね」
透き通る鈴の音のような声。先ほど、ゴーストハウスで一人、冷静な顔をしていた少女だ。黒髪のボブヘアにはっきりした目鼻立ち。ゴーストハウスの中で目が合った時にはそれどころではなかったが、落ち着いて顔を見ると、目が覚めるほどの美少女だ。
「あんまり綺麗だから、女の子かと思ったわ」
「あの……」
瑞貴は立ち上がり、少女のいる教室のドアの方へと歩み寄る。少女の着ているセーラー服は、綾山高校の隣の駅にある愛倫女子学院高校の制服だ。朝、他の男子部員が可愛い子がいると騒いでいたのは、きっとこの少女のことだろう。
「あの猫ちゃんは、獺よ」
くすくすと笑いながら唐突に囁く少女の言葉に、なるほど、あの細長いフォルムは獺か、と瑞貴は腑に落ちたが、さらに不思議そうな表情で少女の顔を見つめる。
「君には、視えるの?」
「ええ、少し」
魅惑的な少女の微笑に、吸い込まれそうだ。女性慣れしていない瑞貴は警戒心の方が先に立つが、こんな美少女に魅入られたら、ほとんどの男性は惑わされてしまうだろう。
その時、廊下の向こうから、少女を呼ぶ声が聞こえた。
「小夜ちゃーん、何してるの。こっちこっち」
少女は友人の声に振り向いて、控えめに手を振る。
「ごめんなさい、ちょっと迷っちゃって」
友人たちに応えた後、少女は瑞貴に妖艶な眼差しを残してぱたぱたと走り去って行った。瑞貴はなぜか、あまり関わらない方が良いような気がして、少女を深追いしようとはせず、教室の中から無言でその姿を見送った。
「瑞貴ー。もう、飯食った?」
そこへ海斗が戻って来る。フランケンシュタインの恰好のまま、文化祭実行委員会の本部に行っていたらしい。
「ああ。うん」
「じゃ、ちょっと回ってこようぜ」
瑞貴は一度席に戻り、食べ終わった弁当箱を片付けると、海斗とともに教室を後にした。
※カクヨムでも同じ作品を掲載しています。カクヨムでは章ごと、なろうではパラグラフごとの掲載です。




