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夜半の階梯 ―宵のハコブネ②―  作者: 朔蔵日ねこ
出逢い

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出逢い①

 瑞貴たちの通う綾山りょうざん高校は文化祭シーズンを迎えていた。綾山高校は私立の中高一貫校で、文化祭も中高合同である。中学生までは各クラスでクラス展示を行うが、高校は自由であり、瑞貴は陸上部有志が出展する展示に参加していた。

「わー。すっご。上条くん、かわいー」

 陸上部は毎年お化け屋敷で人気を博しており、今年のテーマは西洋の『ゴーストハウス』だった。日本のお化け屋敷ではないことは瑞貴にとっては救いだったが、なぜか瑞貴はゴスロリゾンビの役をさせられている。

「なんで⁉メイク、うっま。もしかしてそういう趣味?」

 楽屋にしている教室に、同学年の女子部員たちが集まってきて、瑞貴はいつになくちやほやされている。

「いや、別にそういうわけでは……」

 宝珠の力がまだうまくコントロールできなかった当初、妖魔に襲われるのを防ぐために異性装を勧められたため、今でも休日には薄くメイクをするようにしている。クラスメイトの藤田風子ふじたふうこにそれがバレて、風子の趣味のゴスロリサークルに連れて行かれ、一度だけ本気のゴスロリファッションをしたことがあるが、風子以外にそれを知っている同級生はいないはずだった。それなのになぜ、自分にこの役が回ってきたのか、瑞貴は不思議だった。

「おっ、瑞貴ー。思ってたより全然いいじゃん」

 鷹揚な声がして、教室に大柄な男子生徒が入ってきた。瑞貴の一番の友人の衛藤海斗えとうかいとだ。

「うっわ。お前も相当気合入ってんな」

 海斗はその体格を生かしてフランケンシュタインに仮装している。顔を緑色に塗って傷を描き、ボロボロのジャケットを着た姿は、本物と見紛うばかりだ。

「いや、お前、喋ったら雰囲気台無しだわ」

 軽口を叩き合う二人の周りを部員たちが慌ただしく行き交う。文化祭の初日がまさに始まろうとする中、最後の準備に皆大わらわだ。

「そろそろ開場だから、受付係と幽霊役は持ち場に移動してー」

 廊下から、高二の先輩の声がする。校門付近を偵察して帰ってきたらしい男子部員二人が、息を弾ませて教室に入って来る。

「校門の前、すごい並んでたぞ。列の前の方に、めっちゃ可愛い子いたなー。あれ、愛倫あいりん女子の制服だろ」

「なー。すっげー可愛かったな。ゴーストハウスにも来てくんないかな」

「は?あんたたち、何見に行ってきたの?」

 部員たちも華やいだ祭りの空気に浮き足立っている。瑞貴と海斗も連れ立って、幽霊屋敷のセッティングがされている教室へと向かった。

 綾山高校は高校募集のない都内でも上位の進学校であり、中学受験をする小学生の来場者も多い。お化け屋敷は例年、小学生にも他校の中高生にも受けの良い展示だった。ゴスロリゾンビの恰好をした瑞貴は、墓地の装飾のしてある狭い一角で墓石の陰から現れて驚かす役だ。暗幕を張った教室は真っ暗で、懐中電灯とペットボトルで作ったライトをあちこちに配している。天井からは蝙蝠や目玉や血糊がカラーリングされた布などが吊るされて、ところどころに呻き声や悲鳴などの効果音が入ったバロック調のチェンバロの音楽がBGMとして流れている。

(日本のお化け屋敷だと、本物の妖魔が引き寄せられてきたら厄介だからな。こっちの方が安心だ)

 段ボールで作った墓石の陰で待機しながら瑞貴が考えていると、スマホのメッセージアプリに入場開始の合図が入った。

 始まりたてにはまばらだった客もだんだん増え、やがてひっきりなしに客が入るようになっていった。女子中学生のグループや高校生カップル、小学生は友達同士だったり、保護者と一緒だったり。順路に沿ってこわごわとエリアに入ってきて、瑞貴が陰からゆらりと現れると、悲鳴を上げて逃げていく。出来栄えは上々だった。

 今もまた、女子高生の四人グループが身を寄せ合い、固まって入って来る。瑞貴はゆっくり立ち上がり、両手を前に突き出して呻き声を出した。女子たちは声にならない叫びを上げて、互いに腕を掴み合う。

「早く行って、前、前」

「いやーっ、先に行ってよ」

 かまびすしくお互いに大声で騒ぐ中、一人だけ、顔を上げて何食わぬ顔をした女子がいる。他の女子たちとしっかり手をつなぎ、もみくちゃにされているものの、まったく動じていない様子のその女子は、ゾンビ姿の瑞貴と目が合うと、わずかに微笑んだように見えた。そして、瑞貴の右上に視線を移し、しばらく凝視する。脅かしている瑞貴の方が、その視線が気になって振り返りたい衝動に駆られたが、なんとか踏みとどまる。一塊になりながら進んでいく女子高生たちをゆらゆら追いかけていると、頭上から発情期の猫のような大きな鳴き声が聞こえた。BGMの効果音ではない。瑞貴は女子高生たちが次のエリアに進んでいくのと同時に、天井を振り仰いだ。

 黒猫。どこからか入り込んだのか、ロープで吊るされた血塗れの布の上で、真っ黒な猫が赤い瞳を光らせている。赤い瞳?瑞貴がまじまじと猫を見つめると、猫はにやりと笑った。

(妖怪……?)

 と思った瞬間、猫が高みから飛び降りてきて、瑞貴のすぐ眼前を横切る。

「うわっ」

 瑞貴が大声を出すのと、隣のエリアで女子たちの悲鳴が上がるのが同時だった。猫は床に着地すると一瞬、茶色く細長い動物の姿になり、暗幕を張った窓に駆け上がると、細く開いた窓の隙間からするりと外へ出る。

『またな』

 その動物は、若い男の声で愉快そうにそう言うと、四階のベランダから一気に空中に飛び出し、青い風船に姿を変えてふわふわと地上に舞い降りていく。咄嗟に暗幕を掴んで窓を開けた瑞貴だったが、どうすることもできず、ただそれを眺めていた。

 そうしているうちに、次の客がエリアに入って来る。瑞貴は慌てて暗幕を閉めると、向き直ってゾンビに戻った。

※カクヨムでも同じ作品を掲載しています。カクヨムでは章ごと、なろうではパラグラフごとの掲載です。

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