交錯①
瑞貴と櫻子はサイゼリヤのテーブルを挟んで向かい合って座っていた。テーブルの上には料理がずらりと並んでおり、櫻子はすでに二回、ドリンクバーをおかわりしている。
「寒月峰神社の巫覡ねぇ。宝珠って、実在するんだ」
ポップコーンシュリンプを口に運びながら、感心したように櫻子は言う。
瑞貴は櫻子に、宝珠の力を得た経緯や様々な妖怪たちと関わってきたことを説明した。宝珠の再来で妖魔たちが一気に妖力を回復させたせいで、人間に悪さをし始めた。その持て余した力を発散させて被害を減らすために、瑞貴たちは懇意になった妖怪たちと協力して、送り盆の日、日本中の空に百鬼夜行を起こしたのだ。
「それで近頃、妖魔が急に騒がしくなったってわけね。夏の百鬼夜行は、この世の終わりかと思ったけどね」
陰陽師だけあって、櫻子にも百鬼夜行は視えていたようだ。櫻子は、平安時代の非官人の法師陰陽師である蘆屋道満の末裔で、京都嵯峨野の璃念寺という寺の娘だった。こちらも代々、陰陽師の家系らしい。
「上条くん、高校生でしょ。いっぱい食べて」
櫻子は小食ながら色々な料理を少しずつ食べたいらしく、次々と注文して味見しては瑞貴に勧めてくる。
「私、社会人だからね。今日は私の奢りだから、心配しないで」
と豪語するが、サイゼリヤに来たのも櫻子チョイスだ。身長も小さく童顔な櫻子は、中高生と言われても疑わない。社会人とはいえ、二十歳そこそこくらいだろう。
「今邑さんは橋姫を知ってるんですか」
「櫻子でいいよ。宇治の橋姫ね。知ってはいたけど、遭遇したのは初めて。まさか、東京へ来て京都の妖怪に遭うとはね……」
カルボナーラを自分の皿に取り分けながら、櫻子は表情を曇らせる。パスタが好きなのか、他の料理より多めに盛ったカルボナーラをすぐさま食べ始めた。
「東京には、旅行ですか?」
瑞貴が訊くと、栗鼠のようにせわしなくもぐもぐと動かしていた口を止め、メロンソーダで口の中のものを流し込んでから、櫻子は急に真顔になる。
「兄を探してるの」
「えっ?」
「兄は三年前に家を出て、それ以来、音信不通なの」
カルボナーラをフォークにくるくると巻いて再び口に運びつつ、櫻子は説明を始めた。櫻子は四人きょうだいの末娘で、三人の兄がいる。四人とも陰陽師の教育を受けたが、頭角を現したのは長兄の夏陽と末っ子の櫻子だけだった。自らの力を活かすためと言って夏陽が家を出て行ったのは、櫻子が高校二年生の時である。しかし最近になって、京都でも妖魔の不穏な動きが目立ってきたため、力の強い陰陽師が必要になった。それで、櫻子は単身で東京に来て、アルバイトで生計を立て、アパートで一人暮らしをしながら兄を探しているのだ。
「お兄さんは東京にいるんですか?」
「占いにそう出たからね」
「占い……」
「そう。陰陽師の占いは当たるのよ」
櫻子は凄むような目をするが、顔が幼いためあまり迫力はない。しかし、占いの結果だけで東京に移り住んでしまうとは、やや思い込みが激しそうだ。
「橋の上に異層が見えたから、意を決して飛び込んだのにな。こんな真昼間の怪異なら、陰陽師が絡んでるかもしれないって思うじゃない」
「じゃ、今邑さん……櫻子さんは、あの橋姫とは関係ないんですね」
櫻子が何気なく押しやってくる残った料理を食べながら、瑞貴は少し残念そうに呟いた。
「京都の妖怪が東京に来て悪事を働いてるのは由々しき事態だし調査が必要だけど、私自身は橋姫がこっちに来てるのは知らなかったな」
「そうですか……。このブログのことも知りませんか?」
瑞貴は自分のスマホで『洛中あやかし台帳』にアクセスし、櫻子に見せる。
「なにこれ。えー。ちょっと。京都の妖怪、やばいじゃん」
櫻子は身を乗り出して瑞貴のスマホを覗き込み、語彙力を失うほど純粋に驚いている。ブログのページをいくつか読んだ後、テーブルに肘をつき、頭を抱えた。
「……一応、実家には知らせておくけど……。そうかー。やっぱり夏陽兄さんを早く見つけなきゃ」
困ったように櫻子は言う。深刻な表情をして片手で額を押さえながらも、自分のスマホでさらにデザートを注文し始める。
「上条くん。東京で妖魔に関わってたら、兄に出会うかもしれない。もし、京都の陰陽師と遭遇したら、連絡が欲しいの」
そう言って、櫻子は当然のように瑞貴にメッセージアプリの連絡先の交換を求めた。瑞貴としてはこれ以上あまり面倒事を増やしたくはなかったが、ここまで話を聞いてしまった以上断ることもできず、櫻子と連絡先を交換した。結局、奢ってもらってお腹もいっぱいにはなったが、最後まで瑞貴自身が注文したものは何一つなかった。
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