陰謀③
「いちかさん、これ、必要でした?」
瑞貴は恨めしそうな顔をして、新幹線の隣の席に座っているいちかに訴えた。瑞貴は久々に、頭の先から爪先まで、完全なゴスロリファッションに身を固め、京都行きの新幹線のグリーン車の座席に座っている。
『よく似合ってると思うけど?』
今日の瑞貴のドレスは、白いレースを基調にして赤紫色のリボンやパイピングをあしらったミモレ丈のワンピースで、いちかの着ている深紅に黒の差し色が入ったドレスと対をなしているようだ。
「いや、そうじゃなくて……」
『必要でしょう。橋姫の本丸に乗り込むかもしれないなら、余計な力を使わずに気配を消せた方がいいに決まってるじゃない』
「気配消せないでしょう、これ。むしろ目立ちますよ」
『何言ってんの。普段の姿からはかけ離れてるし、とても宝珠には見えないよ』
どれだけ瑞貴が抗議しても、いちかは聞く耳を持たない。瑞貴はやたらに長い睫毛を伏せ、グレーのストレートボブの髪を耳にかけて溜め息をついた。
五月末の日曜日、瑞貴はいちかと京都に向かっていた。早朝出発の日帰り弾丸ツアーの予定だが、旅費はグリーン車の料金も含めていちか持ちだ。瑞貴は新幹線のグリーン車に乗るのは初めてだったが、広くて快適だった。いちかは座席のテーブルの上にノートパソコンを広げている。
『やっと、いちかの調べたこととぬらりひょんが言ってたことが、つながってきたんだよ』
いちかは十字架や薔薇のステッカーで凝ったデコレーションを施したパソコンを操作して『洛中あやかし台帳』にアクセスする。
『いちかはね、このブログを最初から読み直してみたの。最初の投稿は三年前の五月。宝珠が顕現する二年くらい前ね』
そう言って、いちかはブログの最初のページに遷移した。
『最初はただの妖怪訪問記。まぁ、下見して回ってたんだろうけど。更新も一、二週間に一回くらい。写真も初期は普通の写真だった』
「普通の……」
『そう。最初は、遠景から、妖怪だってかろうじて認識できるくらいの心霊写真みたいなのばっかりだった。でも、去年の二月くらいから、写真の撮り方が変わったの。妖怪を鮮明に主役として捉えた、躍動感のある写真になってる』
いちかはチャコールグレイに塗られ、美しくネイルストーンを配置された爪で画面を指さした。
『そしてこれは、去年の五月。ちょうど、宝珠の力が顕現して間もない頃ね』
いちかが開いたブログのページは五月二十日の日付のもので、土蜘蛛の訪問記だった。かまくらほどの大きさの親蜘蛛と子熊ほどの大きさの子蜘蛛たちの写真が何枚か載っている。
「僕が戦ったのは、この子蜘蛛くらいのやつですね」
『多分まさに、この中の一体でしょうね。見て。初期の記事と背景の感じが違うでしょう』
ブログの背景なんて気にしたことはなかったが、言われてみれば、初期の記事の背景はうっすらと模様が入った薄い水色の背景だった。土蜘蛛の記事の背景は、茶色の枠に囲まれて、単色の淡い黄色になっている。
『これ、拡大してみるとね』
そう言って、いちかはブログの背景を段階的に拡大していった。すると、淡い黄色一色に見えていた背景はすべて、同色の『縛』の文字で埋め尽くされていた。瑞貴はぎょっとする。
「気持ち悪いですね」
『これだけじゃない。この子蜘蛛の写真、見て。巧妙に写真の鮮明な色に紛れてるけど、よく見ると「封」の字が書かれてる』
ブログのズームを戻したいちかは、今度は写真を拡大していく。いちかの言う通り、目を凝らすと写真には『封』の字が浮かび上がっていた。
『橋姫はこのブログを使って、妖怪たちに何重にも呪いをかけてるんだよ』
「呪い?」
『そう。妖怪を捕えるための呪い。逃さないための呪い。妖力を抑える呪い。一つ一つは弱いけど、周到に呪いがかけられてる』
「ミチヒコさんの写真も関係あるんでしょうか」
『少なからずね。特に、写真の撮り方が変わった去年の二月以降は』
カメラで写真を撮ることで妖力を吸い取るという話を、以前いちかはしていた。瑞貴は、自分の作品が評価される喜びを語っていたミチヒコの横顔を思い出す。
『そして最近のブログ。読んでみて』
いちかに示されて、瑞貴はパソコンの画面を覗き込む。
――八月六日。若き土蜘蛛と渡柄杓が出陣。宝珠と対決し、首尾は上々。宝珠の力の秘密も入手した。
「えっ、これ……」
『上条くんが初めて土蜘蛛と戦ったのは?』
「九月です。夏休みが終わって、新学期が始まってましたから」
『やっぱり。これは、未来日記だよ』
瑞貴はあまり丹念にブログを読んでいたわけではないので、この記事は見逃していた。八月六日といえば、橋姫と出会った日の、おそらくちょうど一か月前だ。
『言霊ってあるじゃない。発せられた言葉通りのことが現実に起こるようになる、言葉の霊力。橋姫は現実のブログの中に時々、未来日記を織り交ぜて、あたかもすでに起こったことのように書いてる。言霊っていうのは、同じ言葉が何度も聞かれたり読まれたりすることで実現していくものなの』
「だから、ブログっていう形をとったんですかね。不特定多数の目に触れるように」
いちかは瑞貴の顔を見て頷き、言葉を継ぐ。
『このブログを見る限り、橋姫は扱いやすい妖怪を仲間に引き入れて、兵隊に仕立て上げようとしてるみたい。つまり、「妖怪攫い」をして「傀儡妖怪」を作ってるんじゃないかな』
ぬらりひょんの言っていたこととつながった、というのはこういうことか。瑞貴は納得すると同時にぞっとした。
「橋姫は、何をしようとしてるんでしょうか」
『さぁね』
いちかは顎に指を当てたまま、車窓の外を眺めている。トンネルに入った瞬間、物憂げなその表情がガラスに反射した。
『ただ、これだけは言える。いちかたちは、狂気に満ちた敵を相手にしてるんだってこと』
ものすごいスピードで走る新幹線の中の気圧が変化して、瑞貴の耳はキーンと痛んだ。
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