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夜半の階梯 ―宵のハコブネ②―  作者: 朔蔵日ねこ
陰謀

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陰謀②

「よぉ、蒼」

「柊真」

 地を這うような声。黒ずくめの服に身を包んだ大柄な体を壁にもたれさせ、柊真は下卑た笑みを浮かべている。小馬鹿にしたようなその眼差しは、瑞貴が初めて桃泉堂で柊真を見た時と同じ厭らしさを感じさせた。瑞貴は反射的に蒼の顔を窺う。蒼は身を固くしてはいるが、かつて対峙した時の蛇に見込まれた蛙のような怯えはあまり感じられず、むしろうっすらと怒りを滲ませている。

「災難だったな」

 斜に構えて、柊真は六花の絆創膏の貼られた手首に冷ややかな視線を送る。六花は反対の手で手首を庇うように押さえて身構えた。

疵物きずものにされなかったとは、運がいい」

「やっぱりお前だったんだな」

 伸び放題の長い髪に覆われて片目の見えない柊真の陰湿な顔を、蒼が忌々しげに睨みつける。対する柊真は傲然と、毒を孕んだ微笑を三人の方に向けていた。

「ちょっとした悪戯だよ。大山おおやまの絡新婦に、できるだけ頭の悪そうな血の気の多い男を選んで、その女の姿で媚を売れと言っただけだ」

 柊真の挑発するような語調にかっとなった蒼が、柊真の胸ぐらを掴む。

「蒼さん!」

 瑞貴が叫んだが、柊真はむしろ嬉しそうに薄笑いを浮かべている。

「柊真。これ以上、六花に手出しをしたら俺が許さない。俺の周囲の人間に近づくな」

 見たことのないような剣幕で、蒼は柊真を恫喝した。柊真はたじろぐことなく、愛おしそうに目を細めて蒼を見下ろしている。

「そんな怖い顔するなよ。なぁ、蒼。楽しかっただろう、俺とバディを組んでた五年間は」

 胸ぐらを掴んでいた蒼の右の手首を、柊真はその分厚い手で力を込めて握り、自分の方へと引き寄せた。柊真は恍惚とした表情で蒼に顔を近づけ、その距離はわずか数センチだ。蒼の息遣いが浅く速くなる。

「お前は利口で愛しい後輩だ。お前が俺の手元に戻って来るなら、もうこれ以上、お前の大事な人間にちょっかいをかけたりはしないさ」

 そう言って、柊真は舌なめずりをした。吐息のかかるほどの距離で、柊真と蒼の視線がぶつかる。蒼は肩で呼吸をしていて、掴まれた腕を振りほどくことはできないが、柊真を睨みつけた瞳の光は強く、退かない。

「俺の今のバディは六花だ。バディは信頼関係が大事だと、俺に教えたのは柊真だろう。俺は、六花を裏切らない」

 毅然と言い放った蒼に、今度は柊真が逆上した。蒼の肩を乱暴に掴み、勢いよく廊下の壁に押し付ける。

「ちょっと、やめなさいよ!」

 六花が大声を上げる。瑞貴は後退り、廊下の先の会議室の方を振り向いて人の姿を探した。蒼より上背のある柊真は蒼に覆いかぶさるように立ち塞がり、右手で蒼の首を絞めつける。苦悶に歪んだ蒼の顔に喰ってかかるように顔を近づけて、柊真は唸る。

「お前……っ。俺に生かされた命だろう、蒼!」

「分かってる……分かってるよ、柊真……」

 ぎりぎりと圧迫する柊真の手を引き剥がそうとしながら、蒼は途切れ途切れに言った。

「申し訳なかったと思ってる……だが……。俺は……お前のものにはならない」

 瑞貴に助けを求められて駆け付けた研究所の職員たちが、柊真を取り押さえた。愕然とした表情の柊真は、数人がかりで体を抑え込まれ、蒼から引き離された。柊真の手を逃れた蒼が、喉を押さえて激しくせき込む。その間も、柊真は鬼の形相で喚き、蒼の名を繰り返し叫んでいた。

「蒼っ……あーおーいー」

 怨嗟のこもった柊真の声が、地獄からの呼び声のように響き渡る。身を竦めた蒼に六花が駆け寄り、その肩をさすった。

「瑞貴」

「あ、父さん」

 騒ぎを聞きつけて、千歳もその場に来ていた。千歳は錯乱した柊真の様子を見ると、悲痛な面持ちで大股に歩み寄る。

「落ち着け、池上。大丈夫だ」

 千歳は暴れて叫び続ける柊真の肩をそっと抱いて押しとどめる。

「いつかちゃんと、正気に戻してやるからな」

 小さく呟いた千歳の言葉は、柊真の叫び声に掻き消された。千歳が職員に柊真を個室に連れて行くように指示して、柊真は連行されていった。長い廊下に、再び静寂が戻る。

 柊真の姿が見えなくなると、蒼は呼吸を整えて六花を顧みた。

「六花。俺のせいで危険な目に遭わせて、すまなかった」

「蒼は悪くないよ」

 謝られて、六花は首を振った。蒼の首筋には赤く痕が残り、顔色は優れない。蒼はやるせない表情で拳を握り、それ以上口を利かなかった。そして、振り返ることなく廊下を出口に向かって確かな足取りで歩き始めた。

※カクヨムでも同じ作品を掲載しています。カクヨムでは章ごと、なろうではパラグラフごとの掲載です。

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