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夜半の階梯 ―宵のハコブネ②―  作者: 朔蔵日ねこ
陰謀

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陰謀①

絡新婦じょろうぐもか……』

 瑞貴から一部始終の報告を受けた蒼は、電話の向こうでそう呟いた。小夜を家まで送って帰ってきた後、瑞貴は自分の部屋で蒼に電話をかけていた。小夜が六花の背中から引き剥がした蜘蛛の巣は、瑞貴が預かっている。

「蒼さん、何か思い当たることがあるんですか?」

 尋ねた瑞貴に、蒼は低い声で答える。

『まだ確かなことは言えないが、絡新婦が六花の姿に化けて、男をたぶらかしたのかもしれないな』

 蜘蛛の糸と、女性に化けて男を籠絡するという情報から、すぐに絡新婦を想起するのは、さすが蒼だ。

『分かった。ありがとう。瑞貴が行ってくれて助かった。あの男は、俺のことをあまり良く思ってないみたいだからな』

「あの男?」

『タンジェリーナの店長だよ。俺が六花と一緒に店に行くと、愛想は悪くないが、いつも笑顔が引きつってるからな』

 礼恩はもともと素直な性格なのかもしれないが、特に六花のこととなると感情が表に出やすい。仕事とはいえいつも六花と一緒にいる蒼に対する態度が、非友好的になるのは想像に難くない。

『それだけ分かれば十分だ。後は俺が調べる。手間をかけさせたな、瑞貴』

「いえ……」

 電話を終えて、瑞貴は手の中の蜘蛛の糸を眺めた。白銀色の粘りのある柔らかい糸。思いのほか丈夫で、持ち運んでも切れることなく糸の形状を保っている。瑞貴は土蜘蛛と戦った時に腕や体に絡みついてきた糸を思い出した。あの蜘蛛の糸はもっと太くてごわごわしていた。今、手の中にある蜘蛛の糸は、しなやかで美しい。小夜が目敏くこれを見つけてくれたお陰で、『ドッペルゲンガー』の手掛かりも掴めた。しかし、小夜はなぜそんなに敏感に妖怪の気配に気が付くのだろう。昼間の横浜での鰐鮫の時もそうだ。

 思えば、文化祭で初めて出会った時も、刻一ときいちの正体がかわうそであることをすぐに見抜いていた。あの時、小夜は()()()()()と言っていたが、実際には少しどころではない。気を抜いていると、瑞貴よりよく視えているのではないか。そして、妖怪が視えてもまったく動じることなく、対処の方法も的確だ。

(小さい頃から視えてたのかな)

 瑞貴はそう思いながら、絡新婦のものと思われる蜘蛛の糸をジッパーバッグにしまった。

 蒼に呼び出されたのは、大型連休が終わった週の土曜日だった。六花の背中から小夜が払った蜘蛛の糸を持って、民保協の技術部の研究所まで来てほしいと連絡があったのだ。その日は千歳も民保協の研究所に出勤していた。新しく開発した道具の試用期間が始まるため東日本の調査員が説明会に集められており、六花も来ることになっていた。

 千歳は朝から出勤していたが、瑞貴は蒼に指定された昼過ぎの時刻に研究所を訪れた。民保協の研究所に行くのは、池上柊真が怪我をした日以来だ。

 瑞貴が到着して会議室に案内された時には、すでに道具の説明は終わったようで、質疑応答をしているところだった。会議室の前方ではプロジェクターが点いたままになっている。

「麻酔銃のようなもの、ということですか?」

「眠らせる作用はそれほど強くありません。動きを鈍くする程度と考えてください。もちろん、効かない妖怪もいます」

 十数名の調査員が長机に座り、小さな円錐形のロケット花火のようなものが各々に配られている。瑞貴は邪魔をしないように会議室の後方のソファに座った。蒼と六花以外の民保協の調査員を瑞貴は初めて見たが、年齢も風貌も様々だ。

「光と音と香り……どれも人間には影響しないということですね」

「火を点けるってことは、濡れると使えなくなるのか」

 調査員たちは、道具を手にして口々に質問をしている。前に立ってそれに答えている千歳の姿を見て、瑞貴は少し誇らしいような面映ゆいような気がしていた。

 説明会が終わり、調査員が三々五々に解散し始めてから、蒼は六花とともに瑞貴のところにやって来た。六花の左の手首の包帯は絆創膏に変わっていた。

「待たせたな、瑞貴」

 蒼は六花と瑞貴を先導して、会議室から長い廊下を渡り、実験室に向かった。廊下の突き当たりまで進むと、表には何の表示も出ていない白い扉がある。蒼が扉を開けると、ガラスの壁で間仕切りされた広く明るい空間に、大小の機器や器具が所狭しと並んでいる。いくつかの区画では、白衣を着た研究員たちがそれぞれ作業に没頭していた。蒼が扉の中に踏み入れると、数ブロック先の区画にいた若い男性がその姿に気付き、近付いてくる。

「陣野先生」

 名前を呼ばれて、蒼は軽く片手を挙げる。黒縁眼鏡をかけた男性は、ワークシャツとデニムパンツの上に皺の寄った白衣を羽織っている。俯き加減の男性が、眼鏡を押し上げて上目遣いに蒼を見た。

瀬下せした、ここで先生はやめてくれ」

「でも、先生は先生ですから」

 三十前半くらいの瀬下と呼ばれた男性は、寝癖のついた頭を掻きながら、活舌悪く答えた。どうやらこの二人は旧知の仲らしい。蒼は瑞貴の方を振り返り、蜘蛛の糸の入ったジッパーバッグを受け取る。

「電話で頼んでた件だ」

 バッグを瀬下に手渡して、蒼は続ける。

「丹沢周辺に棲む絡新婦の糸の標本が研究所ここに保管されてるはずだ。五年ほど前に俺と柊真がデータベース登録した絡新婦の糸だ。それとこの糸が同一のものか調べてほしい」

「分かりました」

 瀬下は中身を確認もせずにバッグを受け取り、白衣のポケットに入れた。人見知りのようで、瑞貴や六花の方には目もくれず、蒼からすら目を逸らしてぼそっと付け足す。

「明日の夜には結果をご連絡します」

 蒼が礼を言うと、瀬下はそそくさと実験室の中へと戻っていった。蒼もすぐに踵を返し、実験室を後にする。

「蒼は、私に化けてたのは前に確保した絡新婦だと思ってるの?」

 実験室を出て白い扉を閉めた蒼に、六花が尋ねる。蒼は不思議そうな顔をしている六花を一瞥した。

「ああ。丹沢の絡新婦を利用したんだろう」

「誰が……?」

 足早に廊下を戻りかけた蒼に追いすがって質問を重ねようとした六花は、突然、行く手を見つめて足を止めた蒼の背中にぶつかりそうになる。立ち止まった蒼の視線の先には、廊下の壁に寄りかかってこちらを見ている池上柊真の姿があった。

※カクヨムでも同じ作品を掲載しています。カクヨムでは章ごと、なろうではパラグラフごとの掲載です。

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