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夜半の階梯 ―宵のハコブネ②―  作者: 朔蔵日ねこ
絡新婦

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絡新婦③

 蒼から伝え聞いた都内の病院に到着したのは、すでに空が暗くなってからだった。総合病院の救急外来の待合室で、ソファに座っていた六花と合流した。連休中の救急外来は、開いている病院が限られているせいか思いのほか混雑していて、待合室のソファが八割方埋まるほどだ。

「六花さん」

 六花は左の手首に包帯を巻かれている。大きな柄の入ったチュニックは、カラフルなだけに分かりづらいが、よく見るとところどころ破れたり汚れたりしている。

「蒼に偵察して来いって言われたんだね」

 もともと色の白い六花の顔は青ざめているが、無理やり笑顔を浮かべて言った。瑞貴の陰に隠れるように一緒にいる小夜に、六花は小さく会釈する。

「デート中だったのに、ごめんね」

「いえ。大丈夫なんですか?六花さん」

 六花は短い髪をかき上げて、疲れた表情を見せた。

「私は大丈夫なんだけど、礼恩が……」

「礼恩さん……?」

 話が見えない瑞貴に、六花が説明した内容はこうだった。自宅マンションの近くの裏路地を歩いていた六花は、突然後ろから大男に羽交い絞めにされ、ビルの半地下のようなところへ連れ込まれそうになった。男は「あばずれが」「思わせぶりなことをしやがって」と罵り、六花を押さえつけて乱暴しようとした。そこへなぜか、タンジェリーナの店長の礼恩が駆けつけ、男と揉み合いになったそうだ。礼恩は男に殴られて負傷しながらも、警察が到着するまで男を逃さず、男はあえなく逮捕となったのだ。

「六花さんは、犯人の男を知らないんですよね?」

「うん。見覚えはなかったよ」

 六花は力なく首を振った。そこへ、診察室の扉が開いて礼恩が歩いて出てくる。

「礼恩」

「六花。大丈夫だった?」

 すかさずソファから立ち上がった六花に、礼恩の方が心配して声を掛ける。

「私は、打撲と擦過傷だけだったけど……。礼恩、骨、折れてたんじゃない?」

 礼恩の顔は左の頬が赤く腫れ上がり、額にはガーゼを当てられて頭に網包帯を被せられている。

「頬骨は骨折してたけど、頭の方は大丈夫だった。骨折も、そんなに骨がずれてはないから、手術はしなくてもいいかもって言われたよ」

「おでこの傷は縫ったの?」

「うん。八針くらい。でも、六花が無事で良かったよ」

 線の細い甘めのマスクの礼恩は、到底喧嘩などするようなタイプには見えず、せっかくの優しげな顔立ちが怪我で台無しになっているが、六花の姿を見ると安心したように満面の笑みを浮かべた。その後で、六花の背後にいる瑞貴たちに気が付くと、少し不思議そうな顔をする。

「助けてくれてありがとう。それにしても、礼恩。どうしてあそこにいたの?うちの方になんか用事でもあったの?」

「えっ……あっ、あの、それは……」

 六花に訊かれて、礼恩は急にしどろもどろになる。耳まで赤くして、言い訳がましく言葉を継ぐ。

「その……六花が変な男と付き合ってるって噂を聞いて、心配で……後を尾けてたんだ」

 愛しさあまってストーカーまがいのことをしていたがゆえに、六花を助けることができたのか。しかし、一方の六花は分かったような分からないような顔で頷いている。瑞貴と小夜は複雑な表情で顔を見合わせた。

「そんな噂を真に受けるなんて。でも、礼恩がいてくれなかったら、大変なことになってたから……本当にありがとう」

 六花に礼を言われて、礼恩は嬉しそうに頭を掻いている。しかし、犯人の男が誑かされたと言っていたのは、本当に六花の『ドッペルゲンガー』だったのだろうか。

「あの……」

 瑞貴は遠慮がちに六花の後ろから礼恩に声を掛ける。

「六花さんが変な男の人と付き合ってるっていうのは、具体的にどんな噂だったんですか?」

 突然話しかけてきた瑞貴を、礼恩は怪訝そうに見遣ったが、少し考えて質問には答える。

「俺は直接見たわけじゃないけど」

 と、前置きをしながら礼恩は言った。

「六花が強面の……その……あんまり柄の良くないチンピラみたいな男と一緒にいるのを見かけたって、何人かから言われたんだ。たぶん、さっきの男のことだと思うけど」

「何人か?リコちゃんだけじゃなくて?」

「ああ。うちの店に寄ってくれた六花の知り合いからも、何度かそういう話を聞いたんだ。うちの店のリコも、あれは六花さんに間違いないって言うし……」

「そんなに私に似てるんだね……」

 礼恩の話を聞いて、六花も首を捻る。それでも、ただ六花にそっくりな女性が存在するという情報だけでは、それが何者なのかも分からない。

「瑞貴、来てくれてありがとう。私たち、これから警察に行かないといけなくて。もう遅いから、気をつけて帰って」

 礼恩の無事を確かめて安心した六花は、生気を取り戻した顔で瑞貴にそう言った。礼恩が会計に呼ばれ、六花が身を翻したその時。突然、小夜が六花の首の真下辺りの背中を、平手でパン、と叩いた。驚いて六花が振り返る。

「六花さん、蜘蛛の巣が……」

 そう言った小夜の手に握られているのは、白銀に光る髪の毛のような柔らかい糸の束だった。小夜は意味ありげに、ただ、それ以上は何も言わずに六花の顔を見ている。六花は不可解な表情をして、小夜の顔を見つめ返した。

※カクヨムでも同じ作品を掲載しています。カクヨムでは章ごと、なろうではパラグラフごとの掲載です。

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