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夜半の階梯 ―宵のハコブネ②―  作者: 朔蔵日ねこ
憂い

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憂い②

 しばらくパソコンと向き合って作業を続けていたいちかは、ようやく画面をいったん閉じて、瑞貴の方へと向き直る。

『おまたせー。ま、この前、メールもらってから、いちかも見てみたんだけどね、あの「洛中あやかし台帳」ってブログ。あれはけっこう問題だよねー』

 深刻さのかけらもなく、あっけらかんと言いながら、いちかはテーブルの上のティーポットから自分のカップに紅茶を注ぐ。

『まず、妖怪って本来、写真には写らないものじゃない』

 紅茶を一口飲むと、いちかはテーブルに肘をついて切り出した。確かに、夏の百鬼夜行の時に瑞貴もSNSやネットニュースをチェックしたが、目撃情報はあっても写真や動画が残らないために、大きな騒ぎにはなっていなかった。だから、大江ミチヒコから百鬼夜行の写真を見せられた時、瑞貴は驚いたのだ。

『こんなに鮮明に妖怪の写真が撮れるってことは、この外道丸っていうのは、普通の人間じゃないでしょう』

 さすが、いちかの読みは鋭い。瑞貴は感心しながら答える。

「はい。その外道丸を名乗ってる人は、酒呑童子の末裔で、鬼と人の混妖だって言ってました」

『混妖ねぇ。混妖の方が、妖怪より異能が秀でてる場合もあるよね』

 いちかは顎に手を当てて考え込むような仕草をしながら、片手で再びパソコンの画面を起動した。実際に『洛中あやかし台帳』にアクセスして、それを丹念に眺める。

『うーん……これ、写真を撮ることで妖力を吸い取って、妖怪を弱らせてるんだね』

「妖力を吸い取る?」

 いちかはきょとんとしている瑞貴の方へ身を乗り出して、その顔を覗き込む。

『昔から、写真を撮られると魂が抜かれるとか言うじゃない?』

「ありますね、そういう迷信」

『それがね、あながち迷信でもないんだよ』

 独特なアニメ声のいちかの言葉は、まるで何かの台詞のようだ。意味深な微笑を瑞貴に向けて、いちかは続けた。

『昔のカメラは一枚撮影するのにすごく時間がかかって、撮られる人が疲れちゃうから魂が抜かれたみたいだっていわれてた、っていう通説も、まぁ本当の話。でも、実際に魂を抜かれることもあったんだよ』

 いちかはテーブルの上にある高級チョコレートの箱を開け、中から可愛らしいトリュフを出していくつか皿に盛る。

『ありのままの姿を写し取ることで魂を抜くっていうのは、昔の絵師とか彫物師もやってたことで、出来のいい作品には魂が宿るっていうのはそういうこと』

「丹精込めて作った絵とか彫物なら分かりますけど、カメラで撮った写真でもそういうことができるんですか」

『思い入れがあれば一緒だよ。相手が人間でも神仏でも妖怪でも、活力とか霊力とか妖力とか、まぁつまり魂の一部を抜き出して閉じ込める技ってわけ。写真だって、アートだから』

 さすが、ゴスロリ写真で人気を博しているインフルエンサーだ。いちかは色とりどりのチョコレートの載った皿を瑞貴と自分の間に置く。

「あれ、でも、いちかさんも妖怪だけど、写真には写ってますよね」

『それはいちかの能力だよ。いちかは写真技術が日本に入ってきた頃から研究して、ちゃんと綺麗に写真に写る化け方を習得したの』

 いちかは皿からトリュフを一つつまんで口に入れ、瑞貴にも勧めた。こんなゴスロリ少女の見た目ではあるが、いちかは三百年近く生きている化け狸だ。幕末や明治時代の頃からの努力が今のいちかの成功を支えているのか。見た目と承認欲求へのこだわりは人一倍だ。

「このブログの写真は、妖怪たちの妖力を吸い取るために撮られたんでしょうか」

『撮影者が意図してるかは分かんない。でも、橋姫はそれを利用してるのかもね。問題は、橋姫が何をしようとしてるかってことだね』

「はい。僕の前に現れる時も、僕と戦って倒すっていうよりは、なんだか試されてるような感じもするし……」

『妖怪の間では、今、京都は物騒だって話だからね。橋姫の企みと関係があるのかな』

「えっ、京都の噂はいちかさんも知ってるんですか」

『知ってるよー。天狗や稲荷の狐ほどじゃないけど、狸にも全国ネットワークがあるからね』

「ああ、なるほど」

 瑞貴は思い出したように頷く。天狗や狐狸や河童のように全国に存在する妖怪にはネットワークがあり、百鬼夜行の時にもそのネットワークを頼りに参加を募ったのだった。これはもしかすると、いちかの方が詳しいかもしれないと思い、瑞貴はいちかにぬらりひょんからの手紙のことを話した。

『「妖怪(さら)い」と「傀儡かいらい妖怪」か。それは確かに橋姫の仕業かも』

「どういうことですか?」

『橋姫が妖怪を攫って、何かの方法で操ってるんじゃない?上条くんと戦ったっていう土蜘蛛や山地乳も、きっとその傀儡妖怪ってやつだったんだよ』

 確かに、橋姫のけしかけた土蜘蛛や鬼火や山地乳と戦った時の違和感は、意思も生気も感じられない空虚さから来るものだったのかもしれない。あれが傀儡妖怪だと言われれば、納得がいく。

「妖怪が妖怪を攫うなんて……」

『まだ確証はないけどね。これは思ったより深刻な事態だね』

 最初の吞気な様子からは一転して、いちかも真剣な顔になっている。

「鬼のされこうべも何かに利用するつもりで盗んでいったんでしょうか」

『まぁ、その可能性はあるね』

 瑞貴は頭を抱えた。鬼のされこうべを橋姫に奪われたことには、瑞貴も少し責任を感じている。不安げな瑞貴を見遣って、いちかは大きく頷いた。

『分かった。いちかも本格的に調べてみるよ。ぬらりひょんとも連絡を取ってみる。何か分かったら報告するから』

 力強くいちかは言って、片目をつぶって見せた。妖怪の世界ではまだ若輩ないちかだが、行動力がありしたたかで頼もしい。まずはいちかに相談して正解だったな、と瑞貴は安堵して、いちかのサロンを後にした。

※カクヨムでも同じ作品を掲載しています。カクヨムでは章ごと、なろうではパラグラフごとの掲載です。

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