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夜半の階梯 ―宵のハコブネ②―  作者: 朔蔵日ねこ
家族

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家族③

 アリステアの店主は十八時きっかりにやって来た。アンティークショップの店主にしては筋骨逞しく、蒼の言った通り両腕から衿元の首に至るまで、様々な紋章やルーン文字のタトゥーが所狭しと彫られている。王侯貴族のような金糸の刺繍の施されたボルドーのウエストコートを着ており、その上にウェーブのかかった長いモスグリーンの髪が無造作に垂れている。年の頃は四十代半ばほどだろうか。少し神経質で疑い深そうな顔立ちをした男は、社交辞令のような微笑を浮かべてテーブルの上に名刺を置いた。

「はじめまして。大澤おおさわ皇紀こうきです」

 名刺は漆黒の台紙に魔法陣のようなものが箔押しされ、その上にエンボス加工で名前が記されている。どことなく厨二感のある名刺だ。雄然が眉間に皺を寄せて名刺をしげしげと眺めている横には、櫻子が澄まして座っている。

 テーブルには大澤と雄然、櫻子が向かい合って座り、瑞貴たち三人はカウンターからそれを眺めていた。

「して、その鬼の髑髏どくろというのは、本物なんでしょうな」

 大澤が上目遣いに雄然を見て、疑り深く尋ねた。

「本物かどうかということは、実際に使う者にしか分からんでしょう」

 細い目をつむりそうなほど細めて、雄然は答えた。その返答が気に入ったのか、大澤は深く頷く。

「なるほど。実に誠実な答えだ」

 雄然は自ら席を立ち、カウンターの戸棚から、以前瑞貴が見せてもらった紫色の布に包まれた箱を出してきた。桐箱を包んでいた布を取り去ってテーブルの上で畳み、その傍らで桐箱の蓋を開ける。雄然は素手で大きな髑髏を取り出し、畳んだ紫の布の上に置いた。ごとりと、重々しい音がする。人骨としてはやや大きく、滑らかな頂面に二つの突起を持つ頭蓋骨。

「ほう……。これは素晴らしい」

 大澤が感嘆の溜め息を洩らす。手慣れた風に白い布手袋を嵌めて髑髏を手に取り、本当の取引さながらに丁寧にあらためた。

「これは確かに魅入られる。非合法な手を使ってでも手に入れたくなる気持ちが分かりますな」

 本気とも冗談ともつかない様子で、水沢は髑髏の表面を撫でた。

「貴殿の店でも妖力のある品を商っていると聞き及んでおりますが、貴殿ご自身も何らかの術を使われるのですかな」

「いえ。私の能力は目利きですので」

 いつになく無表情の雄然が慇懃に尋ねると、水澤も感情を見せずに応える。同業者同士、探り合うかのような応酬だ。

「では、帰り道に護衛をつけましょう。店までお送りいたします」

 雄然がそう言うと、櫻子が急にカウンターの方を振り返った。

「上条くん、お願いね」

「えっ、僕ですか?」

 予想していなかった指名に驚いて顔を上げた瑞貴に櫻子が言う。

「あ……はい。分かりました」

 突然のことに歯切れ悪く返答をする瑞貴を、大澤が一瞥する。あまりいい印象を持たれなかったな、と瑞貴は思った。

 偽の取引ではあったが、雄然と大澤は契約書を交わした。一目見ただけでは分からない無効な契約書に、大澤がサインをする。外法頭の価格の相場など想像もつかないが、契約書には法外な値段が記されている。これを護衛するとなると、責任重大だ。

「それでは確かに受領いたしました」

 再び紫の布に包まれた桐箱を自ら抱えた大澤の後について、瑞貴は桃泉堂を出た。日没の時間はとうに過ぎ、月のない夜空は黒くけぶっていた。水澤は、敢えてそうしているのか、狭い路地を縫って歩いていく。瑞貴の方を振り向きもせず、やはり信用されていないようだ。アリステアがどこにあるのか瑞貴は知らないが、徒歩で行ける距離ではなさそうで、どこかの駅に向かっていると思われた。

 桃泉堂を出る前に雄然に耳打ちされた通り、瑞貴は歩きながら右の掌の上にそっと小さな緑色のオーラの球を創り出す。前を歩く大澤の斜め後ろから、布に包まれた桐箱に向かって瑞貴はオーラを放った。ふわふわと儚げに飛んで行った淡い光が桐箱に達すると、紫色の布の隙間から、黄土色の煙が立ち昇る。

「おお……」

 大澤が驚いて煙を見上げる。その煙は、滝夜叉姫の蟇蛙が吐き出した緑の煙に似て、粒子が荒く濁っている。活力のオーラは本来、対象に宿っている妖力や霊力を増幅するものなので、鬼のされこうべはやはり何らかの力を帯びているようだ。

 大澤は歩みを止めることなく路地を進んだ。時折、スーツを着たサラリーマンやイヤホンを付けた学生とすれ違うが、都心の宵闇は互いに無関心だ。桃泉堂を出て十分近く経った頃、門の閉まった中学校の前を通り過ぎようとした時だった。

 頭上でバサバサッと大きな羽音が聞こえた。以前にも鴉に襲われたことのある瑞貴は、反射的に身を低くする。街灯の光を遮る影はかなり大きい。

「大澤さん!」

 大澤は左腕に桐箱をかき抱き、右手に青い目玉を模ったトルコの魔除けであるナザール・ボンジュウを掲げた。頭上の羽音は闇に紛れて静かに滑空すると、鉤爪のついた脚で桐箱を包む布の結び目を捉えた。しかし大澤は負けずと抵抗し、鉤爪から桐箱を奪い返す。黒い鳥。鴉より大きく、何より、頭部に人間の顔が付いている。人面鳥は陰険な目つきで片方の口の端をつり上げて嗤い、大澤に向かって青い炎を吐いた。ナザール・ボンジュウがぎょろりと目玉を剥いて、炎を跳ね返す。大澤の魔除けもやはりただの飾りではない。瑞貴はすかさず、掌を上に向けて赤いオーラを錬成しようとした。

「待って、上条くん」

 風のように割って入ったのは櫻子だった。櫻子は改良衣の上にさらに輪袈裟を掛け、手首に珠の大きな数珠を着けていた。ポニーテールの髪型以外はすっかり尼僧の身なりをした櫻子は、懐から出した人型に切られた和紙を手にすると、ふっと息を吹きかける。途端に、紙の人型は眉目秀麗な若い平安武士の姿に変化へんげして、腰の刀を抜き放つが早いか人面鳥に斬りかかった。

 櫻子が小さな錫杖を手に取り、振って鳴らすと、気圧が変化したかのように奇妙な無音が鼓膜を圧迫する。異層に移ったのだ。櫻子の作り出した異層は、遮るものの何もない灰色の荒野だった。

 櫻子の式神と人面鳥が激しい攻防を繰り広げる中、瑞貴は桐箱を抱きかかえる大澤とともに地面に伏せ、その周りに黒いもやのようなオーラで煙幕を張る。気配を断つ遮断のオーラだ。それを見た大澤は、瑞貴の力に初めて少し驚いたようだった。

 若武者の姿をした式神が大きく刀を振りかぶり、怪鳥の長い尾羽の先を斬り落とす。鳥は大きく羽ばたき、奇妙な声で不服そうにギャアと鳴き、羽毛を散らした。

「腕を上げたな、櫻子」

 灰色の異層を切り裂くようにして、空間の歪みから男が現れる。黒い作務衣を着た男のもとに人面鳥が逃げ帰り、その頭上を旋回した。櫻子は、錫杖を振り上げていた手を下ろし、仁王立ちのまま立ちすくむ。

「……やっぱり、兄さんだったのね」

 唸るように呟いた櫻子と、傲然とした表情の角刈りの男が、真向から対峙した。

※カクヨムでも同じ作品を掲載しています。カクヨムでは章ごと、なろうではパラグラフごとの掲載です。

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