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夜半の階梯 ―宵のハコブネ②―  作者: 朔蔵日ねこ
化け灯籠

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30/35

化け灯籠①

 日光は雪が積もっていた。二月末の良く晴れた日、山の道路は除雪され、両脇に寄せられた雪が陽の光を受けて輝いている。

「凍結してなくて良かったね」

「ああ。普段、雪道なんて走らないからな」

 助手席の六花が、サングラスをかけて運転している蒼に話しかける。六花は白のダウンのコート、蒼はレザージャケットだが、二人とも雪山に行くには若干寒そうな恰好だ。瑞貴は蒼のBMWの後部座席に座り、時折射し込んでくる太陽の光のまばゆさに目を細めていた。

 志布井将孝社長の別邸は霧降きりふり高原にあった。大小の別荘が立ち並ぶエリアに山の中とは思えないほど開けた土地があり、森の中に唐突に、美しく剪定された庭を擁する厳めしい欧風の建物が出現する。

「さすが大富豪。別邸って言っても相当なお屋敷だね」

「六花の実家だって大差ないだろう」

「うちなんか全然、足元にも及ばないよ」

 蒼に揶揄からかわれて、六花はふくれっ面をする。二人の会話を聞いていた瑞貴は目を丸くした。

「六花さんの家って、そんなにお金持ちなんですか」

「六花のところはアパレル系の商社で、叔母さんはファッションデザイナーのリサ・オブリだ」

「えっ」

「叔母さんのことは関係ないでしょう」

 抗議がましく六花は言うが、リサ・オブリはファッションにあまり詳しくない瑞貴でも名前を聞いたことがある。バイトと言いながらモデルをしていることも、いつも奇抜な服を着こなしていることも高名なデザイナーの姪となれば納得だ。

「まぁ確かに、私が気楽にニートしてられるのは、親のお陰ではあるけどね」

 クリスマスにはタンジェリーナで実家用のケーキを受け取りに来ていたあたり、家族仲も悪くはなさそうだった。

 蒼は黒い鉄の門扉の外側にあるスペースに車を停めた。他の別荘群からは離れて独立した屋敷は森に囲まれ、長く伸びる山の道路には人一人いない。

「瑞貴は車で待ってて。外に出てもいいけど、あまり遠くには行かない方がいいよ。私たちは家の人に会ってくる」

 六花たちは今日、民保協を名乗らずに、動物咬傷被害の環境調査という名目で訪問することになっている。行政の委託業者という体なので、高校生の瑞貴が同行するわけにはいかないが、六花や蒼の方も行政からの調査員に見えるかどうかは疑問だった。

 インターホンを鳴らすと、しばらくして中から高齢の女性が出てきた。朽葉色くちばいろの地味な着物に前掛け姿で、住み込みの家政婦かなにかのようだ。痩せていて、皺の深く刻まれた顔は愛想がなく、むしろ怒っているようにも見える。老婆と言っても良さそうだが動きは機敏で、大門の脇にある小さな門を開けると、蒼と六花を招き入れた。瑞貴は、車のフロントガラス越しに女性と目が合った気がしたが、女性はしかつめらしい顔をしたまま二人を屋敷の中へと案内していった。

 車のエンジンは切られているので、残された瑞貴は部活用のベンチコートにマフラー、手袋という重装備といえど、寒さが身に堪える。車の中でじっとしているよりは、と瑞貴は周辺を歩いてみることにした。

 屋敷の正面の門扉の前に駐車された車を降り、瑞貴は庭がよく見える左手の方へと歩き出す。もっとも、庭は門と同じ黒い鉄の柵で囲われており、中には入れない。庭には並木のように配された植木が枯れた枝を広げ、ガーデンライトが等間隔に並ぶ中に花壇やベンチがあるようだが、今は一面、白い雪に覆われている。柵に沿って歩いてみたが、すぐに雪を冠する隆起した地面に突き当たり、屋敷の建物の方には進めなかった。瑞貴は一旦、車まで戻り、今度は門の右手側の柵に沿って歩いていく。こちらは敷地の外周が少し道らしくなっていて、建物の裏手まで回り込めそうだ。瑞貴は、リュックサックに付けた懐中時計の猫目石が薄い緑色をしているのを確認した。山の中には大抵妖怪がいるので、猫目石はだいたいいつもこんな色だ。

(敵意のある妖怪はいなさそうだな)

 そう思いながら、瑞貴はリュックサックにぶら下げた朱塗りの竹筒の栓を開けた。ポンという音とともに、二匹の管狐がするりと飛び出す。

『主さま!』

『主さま!』

 タカネとフウロは雪の積もった山の中でも元気いっぱいだ。暁父山も冬は雪が積もるので慣れているのだろう。

「お前たち、人を襲うような怪しい妖怪がいたら教えてくれ」

『『御意!』』

 瑞貴は少し泥濘ぬかるんだ雪の小径を、タカネとフウロを連れて歩いていく。黒い鉄柵は途中からブロック塀に変わり、屋敷の通用門と思しき大きな木戸が見える。道はそこで終わらず、塀に沿ってさらに奥へと続いていた。どうせ敷地内には入れないので、瑞貴は道なりに進んでみることにした。塀のすぐ脇を通る雪道は、寒月峰神社と離れをつなぐ小径より少し細いが、雰囲気はよく似ている。右側に立ち並ぶ高い木々はみな葉を落としており、枯れ枝を通して木洩れ日が落ちてくる。スニーカーの爪先が濡れて、染み入ってくる冷たい水が足趾を冷やした。

 ちょうど屋敷の裏手に回る角を曲がると、石灯籠が二つ立っていた。ざらつく灰色の石でできた灯籠は苔むして古びており、六角形の火袋の壁の一部が欠けている。灯籠の中台と竿にわたって、斜めに大きな傷があった。右の灯籠は右上から左下に、左の灯籠はそれと左右対称に傷がついており、最初はそういう意匠なのかと思ったが、近づいて見ると、まるで刀傷のように深く抉られていた。一対の石灯籠の奥には、屋敷の塀の陰にひっそりと隠れるように小さな祠があるのが見える。

『主さま!何かいます!』

『妖の匂いがします!』

 そばを歩いていたタカネとフウロが一斉に声を上げた。管狐の視線を追うと、祠の足元の雪の上に、二匹の大きな白い鼠がいる。

旧鼠きゅうそか⁉」

『そうかもしれません』

『捕まえますか?』

 管狐たちが身構えるのと、鼠たちがこちらに気付いて逃げ出すのが同時だった。二手に分かれて森の中へと走り出す大鼠を追って、タカネとフウロも飛び出す。

『主さまはここでお待ちを!』

『我らで捕らえてまいりますゆえ!』

「あっ、お前たち!」

 獲物を追う管狐たちの声は瞬く間に遠くなり、森の奥に姿を消した。山には慣れている管狐であり、いざとなったら竹筒に戻るように命じれば戻ってくるだろうと、瑞貴は後を追わなかった。

 瑞貴は二つの灯籠の間を抜けて、祠に向かって踏み出した。ひやりと、一段と陰湿な空気が頬を撫でる。祠の周りの三メートル四方ほどの空間には数センチの雪が積もり、地面を覆っていた。小動物の足跡がいくつか見られる他はまっさらな雪で、瑞貴が歩くと真新しい足跡がつく。祠の扉は閉まっており、観音開きの扉の合わせ目に貼られた梵語の護符が中ほどで破れている。護符は比較的新しいもののようだった。そして護符のちょうど真下、祠の中段に、小さなハタキのような、大きな筆のようなものがある。供えられているにしては乱雑な置き方だ。瑞貴は祠に近寄って、雪や風に晒されて少し汚れたそれを手に取った。

「それは払子ほっすというものだよ、坊ちゃん」

 突然、声を掛けられて、瑞貴は跳び上がりそうになる。振り向くと、先ほど門で六花と蒼を迎え入れた不愛想な老婆が立って、こちらを見ている。いつからそこに立っていたのか、足音も聞こえなかった。

「あっ……あの。すみません」

 勝手に入ったことを咎められると思い、瑞貴は祠から離れた。

「その払子はね、罰当たりな生臭坊主が投げていったものさ」

 老婆は顔の皺をいっそう深くして言った。この家政婦らしき女性は、屋敷の中で六花と蒼に応対していたのではなかったのか。六花と蒼はまだ屋敷の中にいるのだろうか。屋敷には他にも誰かがいるのか。いくつかの疑問が頭の中を駆け巡る中、瑞貴は老婆の姿に目を留めて、ぎくりとした。老婆の縦縞の入った朽葉色の着物の袷が左前になっている。左前といえば死に装束だ。普段から着物を着慣れた老婆が、袷を間違えるとは思えない。

 後ろで手を組み、表情を変えずに直立したままの老婆は、瑞貴を追い出す風でもなく、ただ深い皺の刻まれた顔でこちらを見ている。

次回の更新は2月1日21時の予定です。


※カクヨムでも同じ作品を掲載しています。カクヨムでは章ごと、なろうではパラグラフごとの掲載です。

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