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夜半の階梯 ―宵のハコブネ②―  作者: 朔蔵日ねこ
刺客

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刺客②

 民保協――民俗保全協会は、六花と蒼が所属している国の外部機関だ。近代化が進んで妖力を失い、絶滅の危機に瀕していた妖魔を保全するために創られた組織で、絶滅危惧生物と同様に妖怪をデータベース化してレッドリストを作成し、保護するための施策を講じている。百五十年ぶりに宝珠が現れ、妖怪たちは妖力を回復しつつあったが、その一方で人間への被害が増加した。特に、七月に起きた縊れ鬼による若者の首吊り自殺誘引は民保協にも深刻な影響を与えた。人間に致命的な害を及ぼす妖怪の扱いを巡って、それを含めて保全するか、選択的に駆除するかの議論が起こったのだ。そして、その問題は解決しないまま今に至っている。

「さっき、本部からメールが届いてたよ」

 今日はもともと、そのことで桃泉堂に集合する予定だったが、雄然が襲われたという報せで時間が早まったのだ。六花はふわふわのオレンジ色の縮れ毛をかき上げて、テーブルの上でノートパソコンを広げる。

 六花と蒼は民保協の調査員としてバディを組んでいる。まだ二十代と若く直情的な六花と、十歳ほど年上で冷静沈着な蒼。突然宝珠の力を得て戸惑っていた瑞貴に、なにかと協力してくれたのはこの二人だった。しかし、民保協本部からの縊れ鬼の駆除命令をきっかけに、二人はバディ解消の危機に直面していた。瑞貴とともに数々の妖怪と出会い、人間の都合で保護や駆除を決定することに疑問を抱いた六花と蒼は、本部の決定に反抗した。命令に反して縊れ鬼を生け捕りにして禁足地に封じた蒼は、本部に駆除完了の虚偽申告をした。それが元で、蒼は一時謹慎となり、現在も処分決定待ちなのである。

「まずは、協会規定の改定について」

 六花はパソコンの画面に目を落とし、読み上げていく。

「人間の生命を脅かす恐れのある妖怪を危険妖怪に指定し、警戒する。危険妖怪の措置については個別に検討し決定する。人間と妖怪の種族間の争いに発展するリスクを考慮し、駆除の決定は慎重に行う。必要に応じて、妖怪の代表との合議を行う」

 雄然は、番傘と羽織をテーブルからどけ、湯呑み茶碗に注いだコーヒーを三人分並べた。たちまち、辺りに芳しい香りが漂う。メールの内容を聞いた蒼は、軽く頷いている。

「百鬼夜行の後、ぬらりひょんが本部に接触してきたと聞いた。それで、妖怪と合議することを認めさせたんだろう。抜け目ないな」

 ぬらりひょんは、盆に百鬼夜行を起こした時に妖怪代表として瑞貴たちと協力し、民保協幹部との話し合いにも参加した。普段は穏やかな好々爺だが、妖怪の総大将と言われるだけあって交渉には長けている。

「妖怪の意見を聞いてもらえるようになっただけでも進歩ですね」

 瑞貴はごつごつした湯呑み茶碗を両手で包み、コーヒーを飲んだ。深みのある目の醒めるような香りが鼻腔に広がる。桃泉堂は完全に和の雰囲気ではあるが、雄然は大のコーヒー好きで、いつも豆から挽いたコーヒーを振る舞ってくれる。

「……蒼の処分についてのメールも来てるよ」

 パソコンの画面を見ている六花が、緊張した面持ちで言う。一方の蒼は椅子の背もたれに身を預け、腕組みをしたまま表情を変えない。

「陣野蒼の処遇について。縊れ鬼駆除の虚偽申告については、結果的に妖怪との衝突を避け、均衡の維持に貢献したこと、すでに所定の謹慎期間を満了していることから、追加処分は課さない」

 読み上げられた内容に、瑞貴は詰めていた息をふっと吐いた。良かった。最悪の事態は免れられそうだ。そう思って目線を上げて六花の顔を見ると、日本人離れしたその乳白色の肌に翳が差している。

「待って、これ……」

 六花はメールの続きを読んで、顔を強張らせた。

「陣野蒼は十月一日付で技術部に異動とする。陣野・島崎ペアは解散とし、陣野蒼の後任については追って通達する……」

 糠喜びだった。瑞貴は焦って二人の顔を見る。六花は唇を噛んでパソコンの画面を凝視したまま。蒼はわずかに眉をひそめていた。

「技術部……」

 低く唸るような蒼の呟き。心なしか嫌悪感のようなものが窺える。

「そんな……。追加処分は課さないって書いてあるのに」

「実質、左遷ということか」

 怒りを滲ませた六花に、雄然が困惑した表情で訊く。蒼は両手で口元を覆った。

「降格人事ではないからな。ただの異動の辞令だが……。技術部か……」

 珍しくあからさまに顔をしかめる蒼の言葉は、歯切れが悪い。蒼自身は、縊れ鬼の捕獲の計画の段階から、自分だけがペナルティを課されるように仕向け、六花とのバディ解消は覚悟の上だった。しかし、どうやら技術部への異動というのが、蒼にとっては問題らしい。

「そんなに嫌がるなよ、蒼」

 突然、店の入り口の方から男の声がした。低く地を這うような、どことなく厭らしさを含む声。一同はさっと扉を振り返る。まだ残暑の厳しいこの時期に、黒ずくめの服に身を包んだ大柄な男が、扉の鈴を鳴らすことなく入ってきて、雑然とした店内の向こう側に仁王立ちしていた。

「俺はちゃんと報告書に、模造刀に妖怪を斬った痕跡ありって書いてやったんだぜ」

 男は言いながら、ゆっくりと四人のいる店の奥に歩を進めた。暗く狡猾な笑みを浮かべた顔は彫りが深く、鷲鼻が魔女を彷彿とさせる。伸び放題の黒髪が片目を覆い隠し、露わになった方の目には尋常ならざる気味の悪い光を宿していた。

柊真しゅうま……」

 男の顔を見て、蒼は吐き捨てるように名前を呼んだ。

「相変わらず、この胡散臭い()()()の店に出入りしてるんだな」

「久し振りに顔を出しておいてその言い草か、柊真」

 雄然も不愉快そうに言う。黒い上着のポケットに両手を入れたまま、男はテーブルのすぐそばまでやって来て、雄然の苦々しげな顔を一瞥して鼻を鳴らす。雄然と蒼は男のことを知っているようだったが、六花は面識がないようで、訝るように男を見ている。瑞貴も三人の様子を見て戸惑っていた。

「この男はな、蒼の元・相方バディだ」

 座椅子からやや身を起こして雄然が言う。男は六花と瑞貴の方に視線を寄越した。唇の端には微笑を湛えているが、見下すような冷たい瞳だ。目を細めて二人を眺めると、にやりと嗤う。

池上いけがみ柊真です。民保協技術部の研究員で、蒼の()()()バディです」

 名乗った男は慇懃無礼な様子で一礼した。

「宝珠と……蒼の現在いまのバディか」

 柊真は喉の奥で呟いたが、二人にはあまり興味を示さず、すぐに蒼の方に向き直る。うっとりとした表情を浮かべて近付いてくる男に、蒼は身を固くした。

「俺が蒼を技術部に推薦したんだ。お前は賢くてセンスがいいからな」

 猫なで声でそう言うと、柊真は蒼の背後に回り込む。蒼の両肩に手を置き、覆いかぶさるように屈みこんで、蒼の耳に触れるほど唇を近づけた。

「また一緒に仕事ができて嬉しいよ、蒼」

 下卑た微笑を浮かべて、柊真は甘美な声で蒼に囁きかける。

「柊真、俺は……」

 蒼は、蛇に見込まれた蛙のように動けずにいた。らしからぬ蒼の様子に、六花は椅子から腰を浮かせかけた。その様子を柊真は目で捉え、煽るように言葉を継ぐ。

「こんな小娘とバディを組むより、俺の方がお前を……」

「やめろ、柊真。出て行け。ここは私の店だ。勝手な真似は許さん」

 強い口調で雄然が遮った。腰掛けたままではあるが、いつになく鋭い眼差しで柊真を睨みつけている。柊真は水を差されて白けた表情で、屈めた身を起こし、雄然を睨み返した。

「せっかく旧交を温めに来たのに冷たいな、雄然」

「お前はもう、昔のお前ではない。礼儀をわきまえろ」

 なおも厳しく言い放つ雄然に、柊真は肩を竦めた。そして、再び蒼に視線を向け、首を傾げて笑いかける。

「お前の顔を見に来ただけだ。じゃ、待ってるよ、蒼」

 柊真は切り揃えられた蒼の髪を愛おしそうに撫でて、身を翻す。そして振り返ることもなく桃泉堂を出て行った。扉が閉まると、蒼は目を閉じて深く溜め息をつく。

「大丈夫?蒼」

 六花が声を掛けるが、蒼はまだ凍てついた表情をしている。

「あの男……まだ蒼に執着しておるのだな」

 やれやれ、と雄然は首を振る。六花は怪訝な顔で男が出て行った扉を顧みた。

「なんなの、あれ」

 蒼は金縛りが解けたかのようにテーブルに両肘をつき、額に手をやった。

「柊真は、優秀な調査員だった。俺が調査員になりたての頃から育ててもらったんだが……数年前に精神を病んでな。しばらく入院して、復帰してからはずっと技術部にいる」

 ようやく蒼は平静を取り戻してきたが、おそらくこれが、蒼が技術部への異動を渋る原因だった。

「あれは、いつの頃からか蒼へのこだわりが強くなってな……。一緒の職場でやって行けるのか、蒼」

「正直、俺もあまり自信はないな」

 珍しく弱音を吐く蒼を見て、六花も顔を曇らせる。

「私だって、蒼とのバディ解消は不本意だよ。処分じゃないなら何とかならないか、本部に申し入れしてみる?」

「いや、本部には俺から言おう」

 蒼は自分を落ち着かせるためにコーヒーを口に含んだ。六花はこれまでに何度も本部に申し立てをして目を付けられていることもあり、やや分が悪い。今日は素直に引き下がり、溜め息をついてパソコンを閉じた。

「それにしても、雄然も気をつけて。襲ってきた相手が分からないと、またいつ同じことがないとも限らないんだから」

「そうだな。式神を使って警備させよう」

 妖怪が一旦落ち着いたと思ったら、今度は人間の方が騒がしくなってきた。心配事は尽きないな、と瑞貴は内心ごちた。

 桃泉堂から帰る直前になって、瑞貴は父親の千歳から預かり物をしていたことを不意に思い出した。

「あっ、蒼さん。これ、うちの父から蒼さんに渡してほしいって言われたんです」

 瑞貴は、リュックサックのポケットから飴色の液体の入った小さな管瓶を出し、蒼に手渡す。

「俺に?」

「はい。模造刀の手入れに使ってみてほしいそうです。霊力が高まるって言ってました」

 瑞貴の父親の千歳は化粧品メーカーの研究者で、仕事で漢方やハーブを扱っている。その傍ら、宝珠の力を得た瑞貴のために、妖魔に影響を与える香の研究などもしており、最近ではどちらが本職か分からくなってきている。千歳も寒月峰神社の巫覡の血筋で、妖魔の扱いの心得があるのだ。この香油も、妖魔を斬ることができる蒼の模造刀のために千歳が調合したものだ。

「そうか。ありがとう」

 蒼は管瓶を受け取り、丁寧に鞄の中にしまった。蒼と千歳は、縊れ鬼捕獲の時に一度会っている。それ以前にも、瑞貴が身に着けていた千歳手製のハーブの出来を蒼に褒められたこともあった。

 その日は、やや重苦しい雰囲気のまま解散になった。瑞貴も、ここ半年世話になってきた六花と蒼がバディ解消になるのは嫌だった。しかし、部外者に何ができるわけでもない。ましてや宝珠は、民保協本部から、妖魔に影響を与える要注意人物として警戒されている節もある。瑞貴としては、蒼が本部に掛け合うのを待つしかなかった。

※カクヨムでも同じ作品を掲載しています。カクヨムでは章ごと、なろうではパラグラフごとの掲載です。

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