行き遭い神③
その日、蒼は柊真のそばについて研究所に泊まると言った。佐竹と堤も研究所に残ることになり、瑞貴たちが家路についた頃には九時を回っていた。
「明日も学校なのに、悪かったな」
「うん。大丈夫」
そう言いながら、瑞貴は明日、漢字テストと単語テストがあることを思い出していた。家に帰って風呂に入ってから、どちらかの勉強を少しだけやろうと瑞貴は決めた。
「なぁ、瑞貴」
駅から家までの帰り道、橋を渡って大通りを越え、静かな住宅街に差し掛かったところで、千歳は改まった様子で切り出す。
「どうしたの?」
なかなか次の言葉を継がない千歳を、瑞貴が歩きながら窺った。夜道の街灯に薄ぼんやりと照らされた千歳は、遠い目をして星空を見つめている。冬の夜の空気は澄んで身を切るように冷たく、露出した頬や耳に迫った。
「お前の母さんが亡くなったのも、行き遭い神に魅入られたせいなんだ」
「え……」
唐突な千歳の告白に、瑞貴は戸惑った。
「でも、母さんは病気で亡くなったって……」
「お前が二歳になった年の夏前だ。行き遭い神に魅入られた悠花は熱を出して寝込んだ。熱は一週間、下がらなかった。衰弱した悠花は病院に入院して精密検査を受けたが、診断はつかないままだった」
千歳が瑞貴と話している時に母親のことを「悠花」と呼ぶのを瑞貴は初めて聞いた。普段通りの穏やかな口調ではあったが、根底に何か押し殺した感情があるようにも思えた。
「悠花は入院して一週間で亡くなった。多臓器不全っていう診断だったよ」
「暁父山の山の中で、行き遭い神に遭ったの?」
「ああ、そうだ」
不意に、瑞貴は喉元に冷たいものを押し当てられたような感覚に陥った。背中がぞわりと総毛立ち、心臓が早鐘のように打つ。
「父さん、それって、もしかして……」
千歳は足を止めて瑞貴の方を見る。瑞貴も一緒に立ち止まった。街灯の下のアスファルトに、黒々とした影が二つ並んで伸びている。
「悠花は、行き遭い神に攫われそうになったお前を、守ろうとしたんだ」
瑞貴は血の気が引くのを感じた。悠花の遺影の前にずっと供えられていた片方の小さな靴。そして、行き遭い神が落としていった、その靴の片割れ。行き遭い神が取り殺したかったのは、自分だったのか。
「僕のせいで……」
「違うよ、瑞貴。それは違う」
呆然として洩らした瑞貴の呟きを、千歳が強く否定する。
「誰かのせいとかいうことじゃないんだ。それは、池上くんと蒼くんのことでもそうだ」
千歳は小さな子供に言って聞かせるように、ゆっくりと諭した。
「いつか、瑞貴には言わなきゃいけないと思っていた。特に、お前に宝珠の力が顕現してからは、避けては通れないことだと覚悟はしてたんだが……」
俯いた千歳は語尾を濁す。
「池上くんの姿を見て、悠花がこんな風になっていたかもしれないと思ったら、動揺してしまった」
「父さん……」
いつになく気弱な様子の千歳を見て、瑞貴は逆に自分が冷静さを取り戻していくのを感じた。
「瑞貴。父さんは今でもあの山が怖いし、あの山を憎んでる。それでも、瑞貴が宝珠になった今、父さんも逃げずに向き合うべきなんじゃないかと思うんだ」
千歳は少し困ったような顔に、優しい微笑を浮かべる。慈しむような微笑だった。
「今度、ちゃんと寒月峰神社に帰って、おじいちゃんとも話をするよ」
「うん……」
二人は、家々の明かりが灯る住宅街を、マンションに向かって再び歩き始めた。漆黒の夜空に月はなく、数えるほどの星が儚い光を放っていた。
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