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夜半の階梯 ―宵のハコブネ②―  作者: 朔蔵日ねこ
蠱毒

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蠱毒③

 その手紙を受け取ったのは元日で、千歳と一緒に近所の神社に初詣に行った帰り際だった。瑞貴がお神籤みくじ掛けに小吉のお神籤を結んでいる時に、近くの木にとまった鴉が落とし文をしていったのだ。鴉は飛び立つ時に瑞貴の顔の近くを掠め、柄掛山の天狗・檜扇坊ひおうぼうの声で「季仙坊きせんぼうの遣いだ」と囁いた。手紙の差出人はぬらりひょんだった。横長の和紙に書かれた腰文で、時代劇に出てくるような見た目の手紙だったが、内容は現代語で書かれていて瑞貴は安堵した。

『瑞貴、柄掛山の季仙坊にこの手紙を託す。無事に届くと良いのだが――』

 そんな文章で始まる手紙を携えて、瑞貴は新年早々、桃泉堂を訪れていた。

旧鼠きゅうそ?」

「そう。旧鼠の仕業じゃないかって言われてるの」

 六花が深刻そうな顔をして、瑞貴の目の前で溜め息をついている。桃泉堂には六花と蒼も来ており、瑞貴は奇妙な話を聞かされたばかりだ。

 年末にニュースになっていたブイ・ミューズの志布井社長が急死した件について、動物の咬み傷があったというのは事実で、齧歯類げっしるいの歯型と推定されているらしい。家ネズミよりだいぶ大きい歯型が、首筋に一ヶ所あったそうだ。しかし、それが致命傷とは断定できず、死因は不明のままだ。

「民保協のデータベースをさらっても旧鼠の登録はまだないんだけど、歯型から推測される体の大きさ的に可能性はあるんだよね」

「でも、死因が不明ってことは、その傷は亡くなったことと関係ないかもしれないんですよね?」

「そうなんだけど、一つ妙なことがあってね。咬み傷のすぐそばの皮膚に、摩利支天まりしてんを表す梵字が浮かび上がってたんだよ」

「志布井社長本人も、スピリチュアルに傾倒した好事家こうずかだったという話もある」

 六花の横で、蒼も頬杖をついている。報道されていない事件の詳細を、六花と蒼がなぜ知っているのか不思議に思いながら瑞貴が聞いていると、雄然も眉をひそめている。

「そんな捜査の極秘情報を、こんなところでベラベラ喋っても良いのか」

「相手が雄然と瑞貴ならね。むしろ、何か思い当たることがないか聞きたいくらい。これも調査の一環だよ」

「調査してるんですか?」

「国は俺たちに、探偵の真似事までさせたいらしい」

 驚いて瑞貴が訊くと、辟易したように蒼が言った。どうやらこの件は、国から民保協に調査依頼があったようだ。

「妖怪案件であれば、民保協に依頼が来るのは仕方ないけどね」

 六花も諦め口調だが、二人が困っているのは、手掛かりがほとんどないことだ。大きな齧歯類の歯型というだけでは、妖怪か動物かも分からない。

「摩利支天を表す梵字ということは”Ma”だな」

 カウンターでコーヒー豆を挽きながら、雄然がそらんじるように言う。その頭の中に梵字を描いているようだ。

「どれだけはっきりその文字が浮かんでたのかは知らないがな」

 あざのようなものがそう見えただけという可能性もあり、蒼は懐疑的だ。雄然は挽いた豆の香りを鼻腔いっぱいに吸い込んで堪能した後に、口を開く。

「それは、術士が関係しているのではないのか」

「……誰かが意図的に妖魔を操って、殺害したということか」

「摩利支天と言えば、隠形おんぎょうの力を持ち戦勝の御利益のある陽炎かげろうの神であるしな。利権が絡む世界では、そういうこともあるのではないか」

「今時、人を呪い殺したりできる術士なんて、いるのかな」

 六花の呟きを聞いて、瑞貴はふと、滝夜叉姫の蟇蛙がまがえるが言っていた『蠱術を使う陰陽師』という言葉を思い出した。雄然が術士の話を持ち出したのも、それを思い出したせいだろう。

「今度、現地調査に行くことになってるんだけど、もしよかったら瑞貴も一緒に行ってくれない?」

「日光ですか?」

 民保協の調査に協力するのは久し振りだ。夏前まではよく六花と蒼を手伝って妖怪の調査をしていた。今は千歳も民保協の職員であり、力を貸さない理由はなかった。

「さ、珈琲が入ったぞ」

 雄然が得意気な顔をしてテーブルに湯呑み茶碗を運んでくると、店内に少し甘みのある芳醇な香りが満ちていく。

「瑞貴にもらったこれ、みんなで食べてもいい?」

 それはクリスマスにタンジェリーナの予約を取ってもらったお礼として、瑞貴が六花に渡した洋菓子だ。瑞貴に彼女ができたことは桃泉堂の大人たちには一気に広まってしまったが、冷やかしたり揶揄からかったりされることはなかった。

「タンジェリーナのランチ、美味しかったです。店長さんも優しかったし」

「ああ。なんかね、私が瑞貴の名前で予約を取ったから、私が誰かと店に行くと思ってたみたい」

 ストロベリー味のフィナンシェを食べながら、六花が軽く笑って言った。瑞貴は、店長が六花に片想いをしていると言っていた小夜の言葉を思い出す。そう考えると、店長が最初にそわそわしていた理由が分かった気がした。クリスマスに二名で予約を入れたとなれば、それは気が気ではなかっただろう。まったく悪びれる様子のない六花の横で、蒼が片手で口を覆って笑いを噛み殺しているのが見えた。

「ところで、瑞貴も何か私たちに話があるって言ってたよね」

「ああ、そうでした」

 瑞貴は食べかけのマドレーヌをテーブルに置いてリュックサックを探り、ぬらりひょんからの手紙を取り出した。

「ぬらりひょんさんは今、京都にいるみたいなんですけど」

 ぬらりひょんは秩父を去る時に京都に行くと美弦に言い残しており、手紙の冒頭にもそう書いてあった。

「京都でちょっとおかしなことが起こってて、それを調べに行ったみたいです」

「おかしなこと?」

 手紙には『面妖な』と書いてあったが、瑞貴は意訳して話した。

 ぬらりひょんが調べているのは『妖怪攫い』と『傀儡妖怪』なるものだった。最近、京都で小型の妖怪が攫われる事件が頻発しているらしい。主にまだ若い妖怪が狙われやすく、鳥型妖怪から河童、天狗、狐狸に人型妖怪に至るまで見境ない。攫われる前には、当の妖怪やその一族のところへ女が訪ねて来るとも言う。

 瑞貴は何となく、橋姫のことを思い出していた。橋姫も、『洛中あやかし台帳』の中で京都界隈の妖怪を訪問して回っていた。

「で、傀儡妖怪っていうのは?」

 六花に促されて、瑞貴は手紙の続きを読む。傀儡妖怪という名は、ぬらりひょんがそう呼んでいるもののようだが、張りぼてのような生気のない妖怪で、人間のみならず妖怪の前にも出没し、脅かしたり、時には攻撃してきたりすることもあるようだ。

「操られているように見えるから傀儡妖怪というわけか」

 蒼も頬杖をついたまま頷いている。京都で起きている『面妖な』数々の出来事は、だいたいこの二つのどちらかに収束するということが分かってきたらしい。何らかの形で宝珠の力が必要になることもあるやも知れず心積もりを、とぬらりひょんの手紙は結ばれていた。

「心積もりって言われてもなぁ……」

「まだ相手が海のものとも山のものとも分からないんじゃ、何ともしようがないけどね」

 困惑する瑞貴に同調するように六花が言った。

「まったく。東は呪殺騒ぎで西は妖怪の異変か。物騒だな」

「本当に。私たちも他支部の案件に首突っ込んでる場合じゃないしね」

 六花と蒼にとっては、京都の事件はやはり管轄外のようだ。

「物騒と言えば、雄然の方は大丈夫なの?あれ以来、店に変わったことはない?」

 六花の言うあれ以来とは、雄然が怪我をした時のことだろう。その後再び空き巣に入られたことも、店にある鬼のされこうべが狙われていることも、瑞貴は雄然から口止めされていた。

「まぁ、案ずるには及ばん」

 平然とした顔で雄然は誤魔化す。瑞貴は口をへの字にしてそれを見ていたが、雄然はさらに言葉を継いだ。

「だが、値の張るものも置いているし、付喪神だけでは心許ないのでな、夜間は用心棒を雇うことにしたのだよ」

「用心棒?」

 現代では聞き慣れない言葉に、六花がびっくりしている。

「ああ。民間フリーランスの陰陽師だよ」

「陰陽師……」

「術士を雇うの?その方が胡散臭いんじゃない?だいたい、フリーランスって……どっからそんな人、見つけてきたの」

 瑞貴が呟いたのと、六花がまくし立てるのは同時だった。胡散臭いというのは、瑞貴も同感だ。

「まぁ、会えば分かるが、なかなか頼もしいぞ。そろそろ店に来るだろう」

 雄然が言い終わるか終わらないかのうちに、桃泉堂の扉が未だかつてなく盛大に開け放たれ、鈴がけたたましく鳴った。

「遅くなりました!雄然さん!」

 あれだけ重いこの店の扉を勢いよく全開にしてそこに立っていた人影に、全員が注目する。白いアランセーターにベージュのロングスカート、長い髪をポニーテールにした小柄な女性。

「櫻子さん⁉」

 驚いて、瑞貴は思わず立ち上がる。

「あっ!……何だっけ、あの……」

 息を弾ませている櫻子は、瑞貴を見てもどかしそうな顔をしている。

「おや、宝珠。知り合いか」

「そう!宝珠!……の上条くんね!」

 ようやく思い出し、すっきりしたように櫻子は快活な笑顔を浮かべる。

「櫻子さん、どうして……」

「桃泉堂の夜をお護りする用心棒、嵯峨野の陰陽師、今邑櫻子です!以後、お見知りおきを!」

 桃泉堂の入り口に仁王立ちになった櫻子は、胸を張り、自信満々にそう宣言した。

※カクヨムでも同じ作品を掲載しています。カクヨムでは章ごと、なろうではパラグラフごとの掲載です。

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