蠱毒②
結局、瑞貴は自分で店を探すことを諦めて、六花に頼ることにした。瑞貴の知り合いの中では、六花が一番、女の子が喜ぶ店をたくさん知っていそうだと思ったのだ。瑞貴は、彼女ができたことを意を決して報告したつもりだったが、六花は事もなげに『そうなんだ。おめでとう』とメッセージを返してきた。クリスマスはもう一週間後に迫っており、お洒落で手頃なレストランやカフェの昼時の予約は大抵埋まっている。しかし、六花からはまもなく返信が来た。
『二十五日の十二時、タンジェリーナに瑞貴の名前で予約取ったよ』
タンジェリーナは、六花の幼馴染みが店長をしているカフェだ。どこにあるのかは知らないが、六花が桃泉堂に差し入れしてくれることがあり、妖怪にさえファンがいるほど味が良いことは瑞貴も知っている。差し入れもいつも特別製だと言っていて、店長は六花の頼みなら聞いてくれるようだが、こんな直前にクリスマス当日の正午の予約を取るとはわがままが過ぎるのではないか。聞けば、場所も原宿と表参道の間くらいの一等地だ。瑞貴は恐縮したが、六花からは『大丈夫だから気にしないで、楽しんできて』とだけ返事があった。瑞貴は六花に感謝して、小夜にメッセージを送った。
クリスマス当日、瑞貴は朝から夕食の仕込みをしていた。帰って来てからローストチキンをオーブンで焼き、シチューの鍋にルウを入れて煮込めば完成なので、五時過ぎに家に着けば十分間に合う計算だ。ランチの服装には、一番新しいパーカーとデニムパンツを選んだ。プライベートで出かける時は、魔除けのためにいつも薄くメイクをしているが、迷った末、しないことにした。
待ち合わせ場所には十分ほど早く着いた。天気はあまり良くはなく風が冷たい。だが、小夜も約束の時刻よりは早く着いたので、待っている時間はそれほど長くなかった。ファーのついた白いポンチョ型のコートを着て、濃いピンク色のチェックのスカートに編み上げブーツを履いた小夜は、さながら雪の精のようだ。
「瑞貴くん、待った?」
「いや、僕が早く着いただけだから」
煌びやかな都会の真ん中ですら小夜はひときわ輝いて、道行く人の視線を集めている。二人は曇り空の下、連れ立って店まで歩いた。
タンジェリーナは大きな通りから少し外れた小径にある、ペールオレンジの壁に白い枠の大きな窓のついた可愛らしい店だった。扉を開けると、正面にケーキのショーケースとカウンターが見える。ケースには、凝ったデコレーションの色とりどりのケーキが行儀よく並んでいる。カウンターの中には、白いコックコートに黒エプロンの男性とメイド服風の制服を着た小柄な女性が立っていた。軽くウェーブのかかった栗色の髪の男性はそわそわと落ち着かない様子で、メイクの濃いツインテールの女性がそれを横目で見て笑いを堪えている。
「あ、いらっしゃいませー。ご予約のお客様ですか?」
瑞貴たちに声を掛けたのは、女性店員の方だった。やや砕けた調子だが、明るく滑舌が良い。
「十二時に予約した上条です」
「えっ、上条……様⁉」
名乗った瑞貴に男性が反応した。なぜか驚いた表情で瑞貴と、そして小夜を見て、何かにピンと来たように、カウンターからいそいそと出てくる。
「お待ちしておりました。ご案内いたします」
男性の先導で、二人は店内に飾られたゴールドカラーの大きなクリスマスツリーのすぐそばのテーブル席に通された。タンジェリーナは店内もペールオレンジと白を基調にしており、テーブルにはオレンジ色の薔薇の模様のクロスが掛けられている。五つあるテーブル席はすべて二人掛けで、瑞貴たちを含めてすべてカップルで埋まっていた。
「ご注文はお決まりですか?」
男性は、先刻のそわそわした様子から一転して満面の笑顔を浮かべる。まだ若く、線の細い優男といった雰囲気だ。瑞貴は男性の打って変わった態度を少し訝りながら、小夜と相談して六花に薦められていたクリスマスランチコースを注文した。男性は注文を確認すると、軽い足取りで厨房に戻って行った。
ランチコースはクリスマスらしく華やかで、見た目も味も最高だった。小夜も喜んでくれたので、瑞貴は胸をなでおろした。メニューの中には以前食べたキッシュも入っていたが、半蔵濠に棲む河童の宮乃介の好物であるキューカンバーサンドはなかった。小夜は華奢な見た目に反して思いのほかよく食べ、終始笑顔だった。
満員御礼の店の扉が開いて、一瞬、屋外の冷たい風が店内に吹き込む。入ってきた人影を視界の端で捉えた瑞貴は、顔を上げてあっ、と呟いた。店のカウンターの前に立っていたのは、六花だ。六花はチラリと瑞貴の方を見て、小さく手を振る。
「店長ー。六花さんが来てますよー」
ツインテールの女性店員が厨房の中に声を掛ける。呼ばれて慌てて出てきたのは、先ほどの栗色の髪の男性だ。あれが店長だったのか。
「あの女の人、だぁれ?」
瑞貴が会釈したのを目ざとく見つけて、小夜が問う。
「ここの店を紹介してくれた人だよ。普段からお世話になってる人なんだ」
「ふぅん」
フォークを口に運ぶ手を止めて、小夜は六花を見ている。
「綺麗な人ね」
少し口を尖らせて、小夜は言った。確かに六花は中性的な美人だが、小夜の咎めるような視線は、まさかやきもちを妬いているのだろうか。
「六花。来てくれて嬉しいよ」
「実家の分のケーキ、受け取って行こうと思って。店が終わったら礼恩も来る?」
「もちろん行くよ。ちょっと遅くなるけど」
六花の表情は、桃泉堂で会う時よりいくぶん幼く見える。一方の店長も相好を崩して浮き足立っており、隣でツインテールの店員がニヤニヤしながらそれを見ている。店長ということは、あの男性が六花の幼馴染みだ。
「あの店長さん、あの人のことが好きなのね」
ようやく微笑を浮かべて、小夜が小声で囁いた。
「六花さんは幼馴染みだって言ってたよ」
「そうね。店長さんの方が片想いなのかも。あの女の人は、家族と話してるみたいだもの」
恋愛に関して奥手な瑞貴にはよく分からないが、そう言われればそう見えないこともない。男性の方が明らかに舞い上がっていて、六花はいつも通り気負わない感じだ。しばらく談笑した後、六花は店長から大きなケーキの箱を受け取って帰って行く。店長は店の外まで出て、それを名残惜しそうに見送っていた。
コースの一番最後には、店長が自らデザートを運んできた。
「こちら、《《予約特典》》のスペシャルデザートになります」
可愛らしくデコレーションされたブッシュドノエルに挿した花火が弾け、フルーツとマカロンが添えられた白いプレートにはチョコレートで『Merry X'mas SAYO』と書かれている。瑞貴は今朝になって、六花が彼女の名前を訊いてきたことを思い出した。あれは興味本位というわけではなく、こういうことだったのか。
「わぁ、素敵。サプライズね。瑞貴くん、ありがとう」
小夜が歓声を上げて喜んだので、瑞貴は六花の心遣いに感謝しつつ笑顔で頷いた。
「じゃ、私からもこれ、プレゼント」
デザートを食べる前に、小夜は綺麗にラッピングされた包みを瑞貴の前に差し出した。瑞貴はそこで初めて、自分がクリスマスプレゼントを用意するのを忘れていたことに気付く。デートの店を探すことで精一杯だったのだ。六花が店長にスペシャルデザートを頼んでおいてくれたことで、なんとか面目を保てたようなものだ。
小夜からのプレゼントは、コバルトブルーの色をした手袋だった。
「時間がなかったから、手編みではないんだけど」
はにかんだように笑う小夜に、瑞貴は丁寧に礼を言いながら、手触りの良い手袋をつけてみた。彼女からクリスマスプレゼントをもらえる日が来るなんて、少し前なら想像すらしていなかった。嬉しそうに店の照明に両手をかざす瑞貴を、小夜もにこやかに眺めていた。
※カクヨムでも同じ作品を掲載しています。カクヨムでは章ごと、なろうではパラグラフごとの掲載です。




